2018/03/18

塩野七生「ギリシア人の物語Ⅰ」感想

 全三巻。

 第一巻がペルシア戦役、第二巻がペロポネソス戦役、第三巻がアレクサンダー大王の東征となっているらしい。

 まずは第一巻から。

 「ローマ人の物語」を読んでいたので、正直「ギリシア人の物語」なんて、たいしたことないだろうと高をくくっていた。ハンニバル対スキピオや、カエサル対ヴェルチンジェトリクスのような、胸躍らせるドラマなんか、さすがにないだろうと。ところがこれがとんでもない思い違いだった。もうすでに、ギリシアの重装歩兵たちは、後のローマ軍のような包囲殲滅作戦を、騎兵抜きの歩兵だけで実現させ、数で優るペルシア軍に圧勝していたのだ。「マラトンの戦い」である。先勝報告をアテネに伝えるべく40キロを走り抜いた男の故事が、「マラソン」の語源になったという例のやつである。

 さらにそれに続く「サラミスの海戦」も、世界史の教科書に登場し、名前だけは知っていたものの、それが海上でどのような包囲線を展開したのか、どのようにドラマチックなものだったのかは、本書を読むまで知らなかった。

 また、映画「300」で有名になった、スパルタ兵300人がペルシア軍相手に死闘を演じ、全滅した例のエピソードも登場する。この「テルモピュライの戦い」が、対ペルシア戦において、ギリシア側に悲壮な決意をさせるための重要な伏線となっている。それが本書を読むとよくわかる。

 という風に、「ローマ人の物語」に一歩も引けを取らないドラマチックさなのだ。多分に塩野七生氏の想像による書き加えがあるのだろうが、無味乾燥な歴史の教科書を読んでいたのではちっとも伝わってこない、想像もできない、当時のギリシア人たちの熱い思いがひしひしと伝わってくる点、本書を高く評価したい。

 さあ、次はこれも世界史の教科書で、名前だけは知っている「ペロポネソス戦役」だ!

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2018/03/10

彩瀬まる「くちなし」感想

 短編集です。女性が主人公で、しかもどの女性もなんだか感情表現がねじくれています。従来からある価値観に意義を差し挟みます。例えば結婚しない女は価値がないとか、子を産まない女は価値がないとか・・・にです。おかげで異性関係がうまくいきません。そのうまくいかなさ加減を、短編ごとに手を変え品を変えてしつこく訴えてきます。ですから全部一度に読むと、げんなりしていしまいます。一つずつ読むことをお勧めします。

 SFの手法を使っていておもしろいなと思ったのは「花虫」。

 カタツムリに寄生し、カタツムリの行動を夜行性から昼行性へとコントロールし、わざと鳥に発見されやすくして鳥に捕食させ、今度は鳥に寄生する、というおそろしい寄生虫ロイコクロリディウム。本作は実在する恐怖の寄生虫を美しくアレンジし、人間に寄生させて、愛情のコントロールを行うという設定。はたして寄生虫にコントロールされた愛は、本物なのか? 偽物だとわかった上で、人はそれを拒絶できるのか? 今の幸せな毎日を捨てて、本当の感情を手に入れようと思うのか? 「愛こそすべて」という従来の価値観に、真っ向から異議を唱えた大作(笑)となっております。結構ぞわぞわしながら読みました。

 一番のお気に入りは「愛のスカート」。変人ファッションデザイナーを好きになってしまった主人公。ところが彼は、さほど美人でもない子持ちの人妻に恋をしている。傷心の主人公が彼に創作上のあるアドバイスをしたところ、大ヒット作品「愛のスカート」ができあがり、おかげで彼は一躍売れっ子デザイナーに。彼も主人公も、成就しない恋とわかりながら、それをこれからも育てていくだろうことを予感させて本作は終わります。本短編集の中では異色と言えるほどに明るい展開であるところがいいですね。報われない愛でも、「自分は彼の成功に貢献している」というささやかな自己満足が得られるのならば、こういう展開もアリではないかと思ったりします。

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2018/02/25

山本弘「君の知らない方程式」感想

 BISビブリオバトルシリーズ第4作です。

 ビブリオバトルは、最近新聞でも取り上げられるようになってきており、徐々に知名度が上がってきているように感じます。

 何人かの発表者が、自分が読んで気に入った本を、順番に一人5分の持ち時間で紹介します。聴衆は、全員の発表が終わったら、一番読みたいと思った本に投票します。一番票を多く獲得した本の紹介者が勝ちというゲームです。

 本作の登場人物は、それぞれ読書傾向に偏りがあります。SFが大好きな主人公、ノンフィクションしか読まない堅物、ボーイズラブ専門の女の子、ラノベ大好きな美少年などなど。

 私はSFは割と好きなジャンルなので、本作の主人公が紹介してくれた「冷たい方程式」は、すごく気になりました。それだけじゃなく、ビブリオバトルで紹介された本はどれも読みたくなるものばかり。「それどんな商品だよ!本当にあったへんな商標」なんかホント今すぐにでも読みたい!

 私の勤務校の図書室には、生徒を図書室に誘いこむために、ラノベ系の本をかなり大量に取りそろえています。私はラノベ系は「キノの旅」シリーズや「涼宮ハルヒ」シリーズあたりまでしか知りません。今回、本作を読んで、あらためてラノベの名作の数々を知ることができました。「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」「僕は友達が少ない」などなど、背表紙のタイトルはいつも見て、知ってはいたのですが、巻数が多いので、手にとって読んだことはないのです。ああ、読みたくなってきた・・・。 

 今はそんなに読書にさける時間がないので、退職後の楽しみにとっておくとしましょう。

 苦言を一つ。作中のビブリオバトルは、毎回楽しく読ませてもらっているのですが、それとは別に存在する、登場人物たちの三角関係のドラマ、ラストの解決方法には無理があると思います。嫉妬心は、自分のDNAを次世代に残すために有利だから、長い年月の進化の過程で、消えることなく残されてきた本能だと考えられます。本能に無理して逆らうと、ろくでもない未来が待ち構えているはず。一夫多妻制が認められていた「源氏物語」だって、嫉妬心に狂う同僚や怨霊のせいで、女性たちがたいへんな目に遭っているじゃないですか。

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2018/02/18

武田康男「地球は本当に丸いのか? 身近に見つかる9つの証拠」感想

 中学校3年生の数学の教科書に、3平方の定理が出てくる。発展学習として、水平線までの距離を求めようというコーナーがある。もちろんこの答え、高さ次第で距離は随分と変わってくるわけだ。

 というわけで本書の登場である。

 一般的な大人の視線の高さ1.5Mだと、水平線までの距離は4.6キロ。富士山の高さ(3776m)だと230キロ。本書には323キロ離れた和歌山の山奥から、富士山の頂上撮影に成功した時の写真が載っている。これは新聞でも取り上げられていたので、見た記憶のある人も多いだろう。

 勤務先の生徒に、戦艦大和のマニアがいるので、大和の測距儀の高さからだと、何キロ先が見えるのかを調べてみた。高さ約30mなので、水平線は約21キロ先ということになる。その向こうは見えないというわけだ。

 ちなみに大和の主砲の射程距離は約46キロ。見えない距離にいる敵を撃っても、当たりっこない。これでは宝の持ち腐れではないかと思うかも知れない。だが、敵艦も大和と同じく高さ30mのブリッジを持っているとしたらどうだろう。ぎりぎり敵艦のてっぺんが見える距離、それがほぼ大和の射程距離ということになる。目視で狙って撃てるではないか!

 もちろん、発射から着弾までには時間があり(50秒前後)、狙った場所に着弾したころには、敵艦は違う場所に移動している。ずれを観測して、次の相手の位置を予測し、次弾を発射するのだが、敵艦だって、まっすぐ移動するような事はしない。だから、素人が考えても、これではとても命中しそうにないことがわかる。計算では、命中率は5%もないそうで・・・。使えないなあ(笑)。まあ、威嚇として(それ以上近づいたら撃つぞ的な)使うのなら意味があるのかも。

 本書はその他にも、スマホのGPS機能を使って地球の大きさを計算する方法や、空気の密度の差により、大気中の光線が曲がる性質から、実際に水平線が見える距離を計算する方法「地上大気差」(条件にもよるが、約6%遠くが見える)、さまざまな蜃気楼の写真など盛りだくさんな内容で飽きさせない。特に写真の美しさは、いずれもため息モノで、見ているだけで、ちょっと幸せになれる!

 

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2018/02/04

麻生芳伸編「落語百選 春」感想

 最近NHKの「超入門! 落語 THE MOVIE」が面白い。

 落語家の噺にあわせて役者が完璧な口パク演技をするのだが、これが最高に楽しい! 特に女性陣が、浮気する亭主にヤキモチ焼いたり、若旦那をなんとも言えぬ色気で誘惑したりと、いい雰囲気出しているのである。また、時々思わぬ役者が登場したりして、(例えば元大関の把瑠都が大入道役で出てきて、かいがいしくお米を研いだり食器を洗ったりするのだ)見る者を楽しませてくれる。案内役の濱田岳もまた、とぼけたいい味を出している。

 というわけで、本作を借りて読んでみたら、つい先日(2月1日)放送されたばかりの「崇徳院」が載ってたりする。映像で見た後に原作を読むと、また一段と楽しいということを発見。また、話の後に解説があって、時代背景などの勉強ができるのもいい。

 過去放映作だと「三方一両損」「饅頭こわい」「粗忽の使者」「松山鏡」「猫の皿」などがある。

 タイトルの最後に「春」とあるから、当然「夏」「秋」「冬」もある。一冊25編、4冊で100編という勘定だ。テレビと一緒に楽しみながら、読み味わっていきたいと思う。

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2018/01/20

藤崎彩織「ふたご」

 直木賞候補作。でも、とれませんでしたね

 小説というよりは、日記を読んでいるような感覚でした。読みながら、デビュー間もない頃、セカオワがNHKの音楽番組の取材に応じていたのを思いだしました。地下室で曲を作っているフカセとサオリの二人、どちらも病的な目をしていたことが深く印象に残る番組でした。そういう意味では、二人はまさしく当時、「ふたご」のように同じ心の病を抱えていたわけですね。

 本作には、この二人が、病的どころか、まさに病気そのもの(てんかんを発症する重度のADHDと、重度の鬱病)で苦しんでいる様子が、これでもかこれでもかと、執拗に、しつこく、エグく描写されています。セカオワのデビュー当時の楽曲「虹色の戦争」の歌詞は、おそらく若い時のこの二人のあやまち(小説には出てきませんが)がモチーフとなっていると考えられます。

 小説を読む楽しさはほとんど感じませんでした。変わりにこの二人がどういう関係だったのか、まるで週刊誌のゴシップ記事を読むような感覚で、ページをめくり続けました。人の不幸はやっぱり楽しい。バンドとしては一定の成功を収めていますが、この二人が普通の人の幸せを手に入れることは、おそらくないんじゃないでしょうか。

 序盤で月島(フカセですね)は「俺からすれば、みんなが一体何が面白くて人生を生きているのか全く見当がつかない」と言います。また、終盤で主人公は「お前に才能はない」という声が頭の中に響くようになります。さらに「自分にしかできないことは、一体何なのだろう」と悩むのです。

 先日中学3年の男子生徒が、作文に「生きることに意味なんてない。ただ、人生は楽しんだ者の勝ちだ」と書いてきました。

 また、中学3年の国語の教科書に、鷲田清一氏のエッセイが載っているのですが、そこでは「人と違う何者かになろうとする生き方の苦しさ」を述べています。自分にしかできないことを探すのではなく、周囲の誰かと助け合いながら何かを成し遂げる。それが本当の大人の自立というものなんだよと。

 本作は、だから中3レベルでも十分答えに到達することのできる悩みについて、あーでもないこーでもないと、うだうだ考え続けたらしい男女の日記です。

 「スターライトパレード」以後、セカオワの楽曲はゲーム音楽やディズニーパレード音楽的なワクワクドキドキファンタジー方向に進み、二人の病的な部分は表に出てこなくなりました。おそらく二人以外の誰か(おそらくナカジン)がそっちへ舵取りしたのでしょう。このまま商業主義的に成功する方向で行くのだろうと思っていたのですが、でも、こうして小説で二人の心の闇の部分を出版物にしてあきらかにしてしまった以上、それを今後楽曲に反映させるのかどうか? このバンドの進む方向に、ちょっと興味が沸いてきました。

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2018/01/06

川上和人「鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。」感想

 帯に「売れてます! 笑えます! 続々大増刷」とあり、そんなに話題の本だったかと思いながら手にとって見ると、帯のはしっこに小さな文字で「ただし鳥部門(笑)」とあったりする。

 理系人間が書いた面白い本は、去年、前野ウルド浩太郎著「孤独なバッタが群れるとき」を紹介した。本作も同じように面白いのかと思って読んでみたが、残念ながら、「孤独なバッタ・・・」ほどは面白くなかった。 

 本作はあちこちに、受けを狙った表現や親父ギャグが出現する。例えば「次の敵はいよいよピッコロ四人衆だ。付け焼き刃の修行ではかめはめ波は少ししか出なかったので、調査前年からクライミングジムに通い始める」というような感じ。・・・実に親父っぽい。

 一方「孤独なバッタ・・・」は、受けを狙った訳ではないのに、ナチュラルに、天然に、面白い。そこがすごい。

 笑いが、作為的かそうでないかの違いは大きい。

 とはいえ、おじさん世代が嬉しくなってくる表現もある。一例として、アカガシラカラスバト、愛称アカポッポの頭がなぜ赤いのかを説明する章を引用しよう。

「ザク等とジオングには大きな違いがある。前者はいずれも量産型のカスタムモデルに過ぎないが、ジオングは1機しかない試作機だったということだ。(中略)ここで小笠原に視線を戻すと、オガサワラカラスバトという別のカラスバトの分布記録があることに気付く。この鳥は、アカポッポと近縁のやはり全身が黒いハトだった。これが、いわゆる量産型ザクである。(中略)アカポッポの頭が赤いのは、オガサワラカラスバトと形態的な差別化をするために進化した帰結と考えると、実に合理的である。」

 ガンダム世代なら、この説明でアカポッポの頭が赤い理由が一発で納得できること間違いなし。つまり本作は、読者の年齢層が限られる点に問題があると言えよう。

 本作は、実は最後の第六章が、本当の執筆理由ではないかと思われる。

 2011年、ハワイのミッドウェイ環礁で新種の鳥が見つかった。実は筆者は、同じ鳥を2006年に発見していながら、「他の人にも簡単に見つけられまいし。今、忙しいし」といった理由から、新種としての論文発表をほったらかしてしまったのである。「あぁ、やってしまった。いや、やらないでしまった」という猛烈な後悔が、本書を執筆するエネルギーとなったのではあるまいか。

 最初から最後まで、一貫して親父臭い表現が続くのだが、それさえ我慢できれば、本書はなかなかに楽しい一冊であると言えよう。

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2017/12/30

松永淳+田中渉「きっと嫌われてしまうのに」感想

 以前、このコンビの作品「ラブかストーリー」を紹介したのですが、相変わらず本作も、人前で持つには恥ずかしい表紙をしていて困りました(笑)。

 大どんでん返しが売りの青春小説です。

 とはいえ、途中であちこちにヒントが差し挟まれているので、結末を薄々予感しながら読むことができます。このあたりのさじ加減は絶妙! でも、読みやすい口語調の文体なので、じっくり考えもせず、先が知りたくてどんどん読んでしまい、あああそうだったのか・・・というパターンに(笑)。

 このパターンは乾くるみの名作「イニシエーション・ラブ」と似ています。

 ついでに言うと、中学生が読むにはちょっと・・・なシーンが多発するところも同じ(笑)。高校生以上におすすめします。 

 きちんと分析しながら読みたいという方は、年表を作りながら読むといいでしょう。特に震災の発生年と、パンダの来日年と、中日の山本昌投手が最多勝投手となった年。あと、ケータイが高校生に普及しだしたのが、いつごろだったか。

 タイトルの意味もラスト近くで「すとん」ときます! 泣かせます。

 世間では全く話題になっていない本作ですが、エンターテイメントとしてなかなかな小説だと思います。あとはドストエフスキーの「罪と罰」と関連する部分に、もう少し必然性があれば・・・とか、過去の大震災をこの手の作品で扱っていいのか・・・とかがクリアできていれば、文句なく第一級のエンターテイメント小説と言えるのではないでしょうか。

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2017/12/24

佐藤 究「Ank : a mirroring ape」感想

 SF小説です。

 しかも大風呂敷広げすぎの(笑)。

 きちんとした科学的な説明を求める人は、本書を手にしてはいけません。理系の人が読んだら唖然とすること間違いなし。

 科学的知識をうまく使って、読者を鮮やかに別世界へ連れて行ってくれるタイプのSFでもありません。つまり騙し方が下手。

 ネタバレになるので、ぼかして書きますが、人間のAという能力は、遺伝子Bの有無に関連がある、とおっしゃるのです。さらに人間がCという状態になっている時間と、太陽のDの時間は同じであるとも。・・・一体どこにその根拠が? 論理的な説明も証拠もなく、一体誰がこんな話を信じるのか? あんたはどこかの宗教団体か?

 元ネタとなる類人猿やDNAに関する科学的知識は、ネットで検索したり、出版物を読んだりすれば、誰でも手に入れられるものばかりです。どこかのすごい大学に入る必要はありません。むしろそれらの比較的ありふれた知識ををどう料理するか、そのアイディアのほうが、SF小説を創作する上でのキモなのですが・・・。

 そもそもミラーニューロンが働かない人間(共感能力が欠如する)も、世界には一定数以上いることがわかっているので(いわゆるサイコパス)、人類の何割かは、本書の暴動に巻き込まれない可能性があると思われます。

 さて、そういったSF部分のいい加減さには目をつぶって、サスペンス部分に注目して読んでみると、これがまた、テンポが悪いのです。例えば、半分ほど読んだところで、暴動を引き起こした犯人と、その手段が判明するのですが、そこから作者が引っ張る引っ張る(笑)。同じような展開が何度も繰り返されます。これ、後半は半分にならなかったのでしょうか? 私は読んでいて飽きました。

 

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2017/12/03

中村航「無敵の二人」感想

 ボクシング小説、しかも実話ベース

 北海道出身の元日本ライトフライ級チャンピオン畠山昌人と、彼を育てた女性トレーナー赤坂裕美子(本作では「ひかる」という名前で登場)のドラマ。

 最初は「ねえ、ムシケン! ぐるっとやって、ねえ、ぐるっと!」というひかるのセリフでスタートする。ムシケンは「ちょっ、ちょっち、ひかるちゃん!」などど声を出す。もちろん、ムシケンとは具志堅用高のことで、現在読売新聞で自伝が連載中なのである。それによると「ちょっちね」というのは、「ちょっと」という意味ではなく「そうですね」であるらしいのだが、本作では「ちょっと」の意味で使われる(笑)。

 いきなり世界チャンピオンと遊ぶ小学生の女の子のシーンで始まるのだから、驚きである。さらに本作、ひかるの小学生時代の天衣無縫ぶりがこれでもかと描かれる。ひょっとしてこれはボクシング小説ではなく、ひかるの担任教師ナカザワの教員苦闘ドラマなのか? と思ったりする。だが、読んでいる最中は「ボクシングはいつになったら始まるのか」とか、そんなことはこれっぽっちも思わず、ただただひたすら、男子軍団のリーダーで、しかも女子たちからも慕われている赤沢ひかるの人間的魅力にとりこになっていたのである。

 ちなみに小学生時代、ひかるは同級生の田川君と親友の誓いを交わす。当然これは成長してからの伏線かなにかだろうと思いつつ読むわけだが、残念ながら田川君はこれっきり二度と出てこない(笑)。同じく中学生になったひかるは、男友だちのイケダくんから「おれたち、付き合おうぜ」と告白され「あー、うん」とOKし、しばらく付き合うのだが、このイケダくんもこれっきり二度と出てこない・・・。この潔さ(笑)。いやあまさしく実話ベースだなあ。赤坂ひかるがどんな子どもだったかを語るための一登場人物としての扱い(笑)。

 (さらについでに本作、ひかるたちはガンプラに夢中になったりする。ザク、旧ザク、グフ、ズゴック、ドム、ゲルググ、ジオング・・・)

 この少女が、25歳になった時、父親の入院を機にボクシングジムを継いで、トレーナーの道を歩むのだ。

 もう一人の主人公畠山が登場するのは138ページになってから。ここから本作は本格的なボクシング小説になっていく。しかもこの畠山のボクシングスタイルが、とてつもなくストイックでかっこいい。試合前に右の拳でとんとんと左胸を叩く。試合が始まると愚直なまでに前進し、内側からコンパクトに連打する。やがて試合後半になり、持久力に勝る畠山が、ついに相手を一方的に連打する時間がやってくる。畠山の「絶対時間」・・・。正直しびれた。途中審判のミスジャッジによる不運にも見舞われるが、そこからの再起シーンが、またとてつもなくかっこいい。

 ボクシングファンのみならず、やんちゃでわんぱくな少年少女時代の話が大好きな方は、本作は必読であると言えよう。

 

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