June 28, 2009
押井守監督の話題作、 やっと見ることができました。しかもブルーレイディスクがレンタルできたので、大画面で細部にまでこだわりまくった映像を心ゆくまで堪能。本当に大満足の一本でした。
まず背景やメカニック関係ですが、ぼかしやハイライトを効果的に入れていて、リアルそのもの。ベスパがコーナーにさしかかると、シート下のバネがカーブの内側だけぎゅっと縮む様子まで描写するなど、徹底して細部にこだわっています。それに対して登場人物は、ほとんど輪郭のみ。色も必要最低限しか使わないというたいへん平面的な表現をしています。非現実的な描写と感じました。登場人物が、キルドレという特殊な生命であることの意味が、絵として強烈に印象づけられたような。
しかも、静止画として見た時には非現実的なのに、動きは超リアルなキルドレたち。ほんのわずかな、何気ない仕草。それを丁寧に時間をかけて一つひとつ積み上げていくように描写していきます。
自分たちキルドレは、戦争をするために創られた生命(キルドレ=キルとチルドレンからの造語と思われます)。ならば自分たちに生きる意味はないのか?
それを必死に探しあてようとしているように感じられました。
ストーリーも強烈です。国民に平和を実感させるために、企業が代理戦争をするという世界設定からしてまず、皮肉たっぷりです。キルドレは、そのために使い捨てされる人口生命体。国際紛争はすべて話し合い(=金)で解決するという平和な社会に、生まれた時からどっぷり浸かっている日本人に、平和のために犠牲になっている者たちへの思いを馳せろと、ひりひりするような感覚で訴えているように感じます。
老化現象のないキルドレたち。彼らは戦死した後、名前も姿も記憶も新しくなって甦り、再び戦場に戻ってくる。でも、新聞を読み終えた後、几帳面にそれを折り畳まないと気が済まないとか、煙草に火を点ける時に使ったマッチを必ず二つ折りにするとか、基本的なパーソナリティは以前と変わらない。リセットされたはずの記憶の中で、戦争という死と隣り合わせの状況の中で、彼らは自分たちが今ここに生きていることの実感を必死で探そうとする。いったい、生は死を思うことでしかリアルに感じられないのだろうか?
風や光、毎日繰り返される穏やかで何気ない日常の中に、生を感じる一瞬。そういった繊細な描写が印象に残る作品です。
劇中の音楽もすばらしいのですが、効果音も大変リアル。ぜひこの非現実的なのにリアルな世界を、よい環境の装置を使って体験して欲しいと思います。
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June 01, 2009
何年か前に、児童虐待をテーマにしたよく似たタイトルの小説がありましたが、本作はそれとは何の関係もありません。そもそもスペイン映画ですし。
原題は「エル オルファント」直訳すると、孤児院。制作はギレルモ・デル・トロ。前作「パンズ・ラビリンス」では色彩の恐怖に酔いしれましたが、今作は色よりも音が怖い怖い。暗いシーンが多いんです。びびりながら見ました。
伏線の張り方が絶妙です。
まずオープニング。子どもたちの手が壁紙を次々にぺりぺり引っぺがすと、その下から監督やらプロデューサーやらオープニングクレジットが現れるという仕掛けになっています。これは一体どういう伏線なのかと思いながら見ていました。映画中盤で気づくと思いますので書きますが、心の奥底に隠していた、思い出したくない過去が、次々に暴かれていく・・・という意味なのですね。
さて、本作のヒロインであるラウラは37歳。幼少期は孤児院で育てられ、途中で里親がついて、孤児院から出たという経歴が語られます。孤児院には全部で6人の子どもたちがいた。その子たちが、過去にトマスという孤児に過ちを犯したらしい。
ラウラ本人は気がついていないらしいのですが、どうやら心の奥底に罪の意識があるようです。ラウラは、孤児である自分を育ててくれた恩返しとして、シモンという名の少年を養子とし、さらには孤児院を経営しようと考えます。でも、封印している本当の自分の心、自分では気がつかない深層心理から考えると、これは過去の過ちに対する贖罪なのではないでしょうか。
途中でドッペルゲンガーの話が出てきます。もう一人の自分。これはヒロインの心の状態を暗喩しています。
シモンがピーターパンを読んでからラウラに聞きます。「ウェンディは年をとる?」「そうよ、だからネバーランドには戻れないの」「ママは何歳で死ぬの」「ずっと先よ あなたが大人になってから」「僕はならないよ大人には 友達も」「友達?」「6人いる」「なるわよ」「なれないんだ」怖い伏線です。
シモンは行方不明になります。犯人は冷静に消去法で考えると自然にわかります(登場人物そんなに多くないですから)。ラストはこの監督らしく、キリスト教的には一見ハッピーエンド、でも実は非常に残酷な終わり方をします。
人は見たくないものを見ようとしない。この冷たい真理を、ぐさりと観客に突きつけてくる映画です。
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May 25, 2009
エジプトの警察音楽隊が異国の地イスラエルで迷子になってしまう話と聞いていたので、見る前から、きっとこんな話に違いないなどと、勝手に話を想像してました。そのうえ、DVDを借りる予約をずいぶん前からしていたのにもかかわらず、なかなか順番が回ってこなかったので、待っている間にまだ見ぬ作品へのイメージがどんどん勝手に膨らむ膨らむ(笑)。
エジプトとイスラエルは、中東戦争のこともあり、たぶん仲が悪い国どうしなんだろうから、最初は敵対視したり、異国の文化にとまどったりしながらも、少しずつ相手も自分たちと同じ感情を持つ人間であることに気付き、お互いの文化を理解し合う話・・・みたいな。そんで、政治家同士は相手を理解しようとしなくても、警察音楽隊は両国の親善大使となりイスラエルの人たちと仲良くなっていって、いろいろ道を教えてもらったり、食事をお世話になったりしながら、お返しに演奏を聴かせて、そんで最後は目的地に着き、そのころにはメディアにこの音楽隊のことが大々的に取り上げられていて、一目見ようとイスラエルじゅうの音楽愛好家や、平和を望む人たちが集まり、大感動の演奏会でしめくくる・・・みたいな(笑)。 某日清製粉の「音楽に国境はないっ!」 みたいな?
全然違いました。年老いた楽団団長が、過去を悔いる話でした。若くて軽率な行動をする自分の部下に、息子を重ね合わせて見る話でした。国籍に関係なく、人は所詮孤独なんだという真実を、あらためて見せつけられる話でした。そして人は、その孤独に耐えられず、愛という幻想をいつまでも見続けようとする。そんな哀しさがビシバシ伝わってくる話でした。
よかったです。
ラストの演奏会のシーンで、この警察音楽隊の真の姿を見ることが出来ます。団長、指揮するだけじゃあなかったんですね。
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March 16, 2009
世界各地で長期にわたってロケを行い、ついに完成。ほとんどCGを使っていないそうですが、その映像はまるでマジックのよう。色彩美、構成美をその目で見てください。一級品です。ぜひ大画面で!
珊瑚礁の海をゆったりと泳ぐ象、どこまでも黄色の砂漠、くるくる回るイスラム教徒、出口のない迷宮、バリ島のケチャ、青い壁の町並、印象に残るシーンだらけです。
現題は「The Fall」、ストーリーはまさにタイトル通り、いろいろ落ちる話です。時代は映画の黎明期、場所はアメリカ。主人公は小さな女の子アレクサンドリア。オレンジ農場でお手伝いをしていて木から落ち骨折入院。病院二階の窓から、下を歩く美人の看護師さんに手紙を落とします。ところがその手紙は、風のせいで、別の入院患者ロイの手に。彼は映画のスタントマン。落ちるシーンで下半身不随の重傷を負い、恋人にはふられ、世をはかなんで自殺を考えます。
アレクサンドリアは、ロイが語る叙事詩(大ボラ話)の続きが聞きたくてたまりません。六人の個性豊かな(衣装も素敵な)男達は、はたして復讐を成し遂げることができるのか? ロイは、聞かせてあげるかわりに、モルヒネを薬品棚から取って来るよう少女に言います。
普通の監督なら、この少女はまず間違いなく美少女をキャスティングするでしょう。しかし、本作は違います。前歯が抜けていて、ややぽっちゃり気味で色黒の、でも表情の豊かな愛くるしい女の子です。話が進むにつれ、この少女がどんどん魅力的に見えてきます。
ロイの語るホラ話は、登場人物のキャラクターが、その時の彼の精神状態によって微妙に変わります。二人に関わりのある人たちも、突然役割を与えられてこのホラ話に登場したりします。例えば美人の看護師さんは、敵役のフィアンセとして登場。アレクサンドリアはハッピーエンドを期待してわくわく話を聞きます。でも期待を裏切る哀しい結末に、少女は「どうして死んじゃうの」涙を流す。ロイはハッピーエンドにできない自分の心の弱さを語る。自分の世界が絶望に満ちていると。その時少女はロイの見ている世界が、一面的なものに過ぎないことを、つたない言葉で指摘します。
たいへんよく出来た脚本だと思います。
オープニングとエンディングに使われる曲は、ベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章、通称「葬送行進曲」です。モノクロの落下シーンにドンぴしゃでハマっています。
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March 03, 2009
原題は「ルオマ的十七歳」つまり「ルオマの十七歳」となります。中国雲南省、ハニ族の美少女がヒロインです。地図で見ると中国南部に位置し、ベトナムと国境が近いようです。
映像的には棚田の美しさがひたすら印象に残ります。それも田植え前、水を張り水牛で丁寧に耕している時期のものが画面一杯に、様々な角度、様々な時間帯で映されます。水面は鏡のように空を映すので、晴天ならば青に、夕暮れ時であれば橙色に一面が支配されます。棚田と棚田の境界線が絶妙な曲線を描き、人の作ったものでこれほど美しいものがあっただろうかと思うほど。ぜひ大画面で見るべき映像です。
この美しい棚田をバックに、ヒロインが携帯音楽プレイヤーで聞く曲が、どうやらエンヤであるらしい。計算し尽くされた多重録音とイコライジングにより、徹底して耳あたりいい音に仕上げてあるエンヤの曲は、心を癒すBGMとして、たいへん効果的に使われています。もちろん農業従事者や現地の人が見たら、「勝手に美化するんじゃねえ。現実はこうじゃねえよ。」みたいな反論は出るでしょうが、娯楽作品として見た場合、ため息ものであることは間違いないでしょう。
次に、ハニ族の風習、伝統文化がたいへん興味深い。二つほど紹介します。
・田植え前に、若い男女のグループが互いに泥玉を投げ合うことで豊作を祈ります。この時、自分の好きな人に泥玉を投げて意思表示する風習がある。
・結婚の前夜、祝いの席で、花嫁は本当に好きだった男と別れの杯を交わす。つまり、経済的な理由などにより、好きなんだけど結婚できなかったというケースが、この地方には(いや昔はどこでもそうかな?)多々あったということでしょう。
いずれの風習も、映画の中ではストーリーにうまくからめてあって面白いです。
メインのストーリーはわかりやすいもので、田舎の美少女がカメラマン志望の男と恋に落ち、都会の絵の具に染まりそうになる。という、よくあるパターンです。
ルオマの相手の男、優しいんだけど、地道に仕事をしてお金を稼ぐという事ができない性質の人です。金がないので、家賃は滞納しっぱなし。ルオマから買った焼きトウモロコシの代金が払えず、かわりに携帯音楽プレイヤーを貸し与える。家賃のほうは、つきあっている女に支払ってもらおうとしますが、男の煮え切らない態度に激怒した女から、ついに見放されるという始末。
そんな男に、ルオマは少しずつ恋してしまいます。
ルオマの愛らしい表情に、見ている方としては、この恋がうまく行かないで欲しいと強く願わずにはいられません。「こんな男といっしょになっても、絶対幸せにはなれないぞー。さんざん貢がされたあげく、別の若い女が見つかった途端に捨てられるのがオチだぞー」と、心の中で叫びながら見てました。
男はルオマに、都会のビルでエレベーターに乗せてあげるよと約束します。ルオマはお祖母ちゃんに、行ってもいいでしょ? と聞きます。でも、お祖母ちゃんは何も答えない。翌日家を出て行くのはお祖母ちゃんのほう。
セリフで多くを語らず、映像で語ろうとする作品です。ネタバレになるので書けませんが、特にラストの演出はよかったと思います。
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February 21, 2009
香港映画です。カンフーなんたらとか、なんたらサッカーとか、大ヒット飛ばした人の監督作品らしいです。
一見ハリウッド映画っぽいです。ETを最新CG使って香港風に焼き直してみました~、みたいな作品かな? と思いながら見ました。でも違いました。どこが違うか?
1 ET(本作では7号、通称ナナちゃん)は、ちっともすごい能力を発揮しません。断線した扇風機をちょこっと直すだけで体調不良に陥るというテイタラクです。
2 主人公の男の子はちっともいい子じゃありません。テストの点を偽造したり、カンニングしたりと、父親の期待裏切りまくりです。でも結構リアルな設定だと思います。
3 主人公はいじめられっ子ですが、ET(ナナちゃん)がそれを直接救うことはありません。なんと、主人公が自力で解決していきます。このシーンは結構じーんときました。いつも猫型ロボットが助けてくれるせいで、いつまでたっても自立できない○○太・・・みたいにならなくてよかったです。
4 終盤、ET(ナナちゃん)は、かなりすごいことをするんですが、主人公はそれに気づかぬままです。さらに主人公はET(ナナちゃん)が不在であることにへこんだりせず、逆に自らの成長の糧とします。この脚本、私はかなり高評価を与えたいと思います。
ラストシーンはまあ、おまけですね(笑)。お父さんの恋がうまくいかないのもGOOD!
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January 18, 2009
フランス映画です。
監督は「髪結いの亭主」「親密すぎるうちあけ話」のパトリス・ルコント。
古美術商のフランソワは徹底した仕事人間。自分の誕生パーティーの席で「今日はある葬儀に顔を出したんだが、参列者は夫人も含めてたったの七人だった」と言ったところ、「お前の葬式には誰も来ないだろう」と突っ込まれます。さらに、共同経営者の女性からも「アナタには本当の友達がいない」とさげすまれ、ならば今月中に親友を連れてくると反論。落札したばかりの20万ユーロの壷を賭けると宣言してしまいます。この壺というのが、紀元前5世紀のギリシアの壺。親友の死を嘆くあまり、流れる涙をこの壺にためて故人の墓に安置したという、まさしく友人の証、その象徴として本作では扱われます。
さて、フランソワは帰宅後さっそく親友候補リストを作成し、上から順に当たっていきます。そして彼は、ただちに自分が仕事以外では誰からも必要とされていなかったという事実を知ります。ショックを受け、あわてて友人を作ろうとしますが、作り方が分からない。仕方なく書店に入って「友達を作る方法」という本を探すのですが、見つかりません。恥ずかしいので店員に小声で聞くのですが、「友だちを作る方法ですね?」と客の前で大声で返され、穴があったら入ります状態に。このあたり、なかなか意地悪な演出です。
さて、そんなフランソワ、偶然出会った人懐こいタクシー運転手のブリュノが、初対面の相手とすぐに仲良くなる特技を持っていることを知り、「友達作りのコツ」を教えてくれと迫ります。
こうして友達作りのレクチャーが始まるのですが、そんなものは、コツとか技術とかでどうこうできるものではないわけで、当然のことながら失敗の連続。さらに、フランソワが一方的に親友と思い込んでいる小学校時代のクラスメートからは「俺たちは敵同士、お前はクソ野郎で、クラス中がお前を嫌っていた。ムカつくうぬぼれ屋。今も同じだな」と罵られる始末。おまけに、最後まで壺の競売を競った相手から「君にあの壺を持つ資格はない」と言われてすっかり落ち込みます。
この後、ブリュノに誘われてサッカーの試合を見た帰り、いっしょにバカなことをするうちに、二人の間に友情らしき物が芽生えてくるのですが、では一緒にバカなことをすれば親友になれるのか? 相手のために自分が犠牲を払えば、相手は親友になってくれるのか? 映画は見る者に疑問を投げかけてきます。
「"誰とでも"友達になれるってのは、"誰とも"と同じ。人は孤独なんですよ」という台詞には深く納得。どんなにあがこうと、所詮人は孤独。それを直視するのが怖いから、人はいろいろなもの(ケータイとか)にすがろうとする。
さらに映画の後半で、実はブリュノにも、今友達と呼べる相手などいないことが明らかになります。かつて親友に手痛く裏切られた過去を、今も引きずっているのですね。
映画では、フランソワは友人がいないだけでなく、実の娘からも無視される毎日。ところがブリュノはあることがきっかけで、娘から尊敬され、信頼されます。親友を作るヒントがちらり。
「親友の条件は、相手を尊敬する気持ちがあるかどうかだ。相手を尊敬し、大切に思う気持ちがないと、その人のために自分の何もかもを投げだそうという気持ちにはなれない」以前何かの本で読んだ覚えがあります。
「苦楽をともにする、その積み重ねが互いの信頼を深め、友情をはぐくむ」というのも聞いた覚えが・・・。
さて本作、ギリシア友情の壺がラスト30分で何度も重要な役を果たします。ぜひご覧あれ。
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December 07, 2008
アメリカ資本のインド映画です。
冒頭の急行列車に飛び乗るシーンから、まったく観客を煙に巻く演出で笑えます。父の死後、男3兄弟が急行列車で母親に会うため旅をするというストーリーのはずなんですが、勝手で子どもっぽい行動ばかりするため、中盤で列車から強制退去させられます。あとは歩いたりバスに乗ったり・・・タイトルの急行列車、一体どうした(笑)?
兄弟のくせに外見がまったく似ていない3人。性格もまったくバラバラです。でも、3男の書いた短編小説を、次男がトイレで泣きながら読んだりするなど、ところどころに兄弟の仲の良さがちらりと見えたりします。また、長男が食堂車で弟たちのメニューを、全部勝手に決めてしまうあたり、いったいどういう専制君主的性格なんだ? と思ってたら、終盤で理由がわかります。たんに母親のやり方を受け継いだだけだったんですね。
その母親がまた、勝手に行方くらまして「私はここで必要とされているの」とか、自分の居場所探しやってるもんですから、せっかく遠路はるばる母に会いに来た3兄弟はガッカリ。でも、そのおかげで3人とも、旅に出る前よりもちょっとだけ自立できたみたいだし、お互いの心の痛みもわかりあえたみたいだし、そんな映画です。
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November 24, 2008
北京オリンピック開会式の演出には賛否両論ありましたが、東京オリンピックの演出は、ブルーインパルスのジェット機がスモークで空中に五輪の輪を描き、平和の象徴ハトが一斉に飛び立つというものでした。映画はハトの大群に恐れをなす選手や、ハトのフン害に憤慨する選手、いっこうに飛ぼうとしないへそ曲がりのハトと戯れる選手など、テレビの中継では見られない、ちょっと変わったシーンにカメラを向けます。
もともとは3時間以上あったものを、市川監督が2時間に編集しなおしたのが本作だそうです。印象的なのは冒頭のシーン、鉄球でビルを破壊するシーンで始まります。思わず「あれ、間違えて浅間山荘借りちゃったかな?」と思ってしまいました。各種会場を建築するためのシーンだったんですね。
たくさんの選手や観客をカメラは次々に撮るのですが、美女は必ずアップです。それに対して男はたいてい集団でワンカット(笑)。
見ていて驚くのは風景の美しさ。聖火ランナーが段々畑や海岸や瓦屋根の住宅街を、もくもくと煙を出す聖火を持って誇らしげに走るのですが、1964年の日本って、こんなに美しかったんだ・・・とため息が出るほどです。富士山バックに走るシーンもすばらしい。なんだか神々しさを感じるほどです。
競技のほうは監督の趣味で(?)カットされまくりです。アメリカ対ソビエトのバスケット決勝戦なんかほんの数秒(笑)。そのかわり、女子バレーボール、いわゆる東洋の魔女の決勝戦は克明に撮っています。
最後、ソ連選手のオーバーネットという、映画のストップモーションで見ても、なんだかわけのわからないポイントで日本は優勝を決めるのですが、その後の、勝ったのになんとも釈然としない様子の日本チーム監督を、カメラは延々と撮り続けます。
さて、先に市川監督は男のアップを撮らない、みたいなことを書きましたが、例外はマラソンのアベベです。先頭を一定のリズムを刻んで孤独に走り続けるアベベを、監督はアップで、スローモーションで、ロングで、俯瞰で、さまざまな技法を使って撮り続けます。おかげで、当時哲学的とまで言われたアベベの表情に、たっぷりと感情移入することができます。
北京オリンピックは、「おお、すげえ。金と人を惜しげもなく使ってるぜ」的な感動でしたが、本作で見る東京オリンピックは、それとはまったくベクトルの違う感動でした。自然に選手の内側からにじみ出てくる物を、カメラは見逃さず捉えた。そういった人の感情の揺れ動きに対する感動でははいかと思います。よかったです。
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October 27, 2008
浅田次郎原作の小説を映画化したものです。
時代は幕末。さえない武士である主人公に、3人の神様が次々に取り憑きます。一人目の貧乏神が西田敏行、二人目の疫病神が赤井秀和。二人とも立派なおっさんです。でも、三人目の死神はなんと女の子で、名前はおつや(お通夜)。笑える設定です。
さて主人公、死神に取り憑かれ、死を身近に感じるようになってから、残された人生をいかに自分にとって意義あるものにするかを考えます。でもストーリーとしては当たり前過ぎて、ちょっと肩すかし食らった感じです。これって、難病系お涙頂戴物と同じパターンじゃないですか? ガンで余命半年とか宣告された人が、残された人生どう生きるか考えるようなストーリー、たしかたくさんありましたよね。
「メメント・モリ(死を思いながら生きよ)」という言葉がありますが、人間交通事故や脳梗塞などで、いつ死ぬかわからないんだから、常に死神とご一緒してるようなもんですよね。「ああ、今日も無事生き延びちゃった。ラッキーだなあ。」くらいに毎日思っておくのがよろしいのではないでしょうか?
ラスト10分あたり、なんだか浅田次郎特有の美学(あざとさとも言う?)が鼻につく作品でした。こういうのに平気な人はどうぞ・・・。
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October 13, 2008
スティーブン・キング原作のアメリカ映画です。
スプラッター&クリーチャー恐怖系の映画なんですが、設定は日本の有名なテレビゲームによく似ています。軍が極秘裏に開発した生物兵器が事故で町中にうようよ・・・逃げ場を失った人々はどうやってこの危機を乗り越えるのか・・・みたいな。
ところが本作の真の恐怖は、実は人を襲う生物兵器ではありません。周囲の霧(ミスト)の中には生物兵器がうようよ。霧の入ってこないスーパーマーケットの中は安全らしい。でもその閉鎖空間に閉じこめられた客たちの精神状態が、徐々に崩壊していく様子が、実に恐ろしい。
「人は生まれつき善人なのよ」
「いや、それは違う。人は二人以上いると殺し合いを始める。だから法律と政治が必要なんだ」
「人は皆、現実に耐えられなくなると、何かにすがりたくなるものだ。そう、つまりあそこで、神のお告げを語っている女の言うことを聞くようになるだろう。そして、あの女は神の怒りを鎮めるため、必ず生け贄を神に捧げろと言い出すはずだ。」
極限状態に追い込まれたとき、人はどんな本性を現すのか? おそろしいセリフのオンパレードです。
ラストはあまりにも理不尽な、「監督そこまでしますか」と叫びたくなるような、あざとい終わり方をします。脱出前の子どものセリフが伏線となっているので、見ていてある程度は予測できると思いますが、それにしても「ひどい!納得できない!」と言う人も多いでしょう。でももし、これと似たような事態が現実に起きたとしたら(本作のような生物兵器の登場はまあ、ありえないとしても、地震や台風のせいでライフラインが切断され、おまけに町中疫病が・・・くらいはありそうです)。
確かに本作で主人公は間違った選択をした。でもその時、自分だったらどうなんだろう? 本作は途中で何度も観客に選択を迫るシーンがあります。あなたならベストの選択ができますかとでも言うように。自分だったら・・・、子どもを救いに家に戻る夫人を見殺しにした? 銃を取りに行く男を引き止めなかった? 薬局に薬を取りにいった? あの女を撃ち殺してくれてありがとうと言った? ああ、なんだかもっとひどい選択をしそうな気がしてなりません。
そう思うと、本作のラストに対する批判は、それはあくまで結果論。たまたま結果がそうなってしまったとしか、言えないのではないでしょうか?
小野不由美の「屍鬼」もこれに近いテイスト(作品のテーマが、怖いのは実は人の方というあたり)だったのを思い出しました。
あ~怖かった・・・。
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September 28, 2008
ディズニー映画です。
魔女の呪いにより外見を醜くくされてしまった主人公が、真実の愛を手に入れる話です。この手のディスニー映画とくれば、名作「美女と野獣」を思い出します。
「美女と~」はCGを取り入れたアニメでしたが、本作はCGを取り入れた実写です。また、男女の立場が入れ替わり、さらに呪いが解ける条件が多少違ってきています。
いずれのヒロインも、運命に流されるのではなく、自ら運命を切り開こうと前へ一歩踏み出す所に、共通点を感じました。
本作のヒロインは、鼻以外は整った顔立ちをしています。鼻も、確かにブタの鼻なんですが・・・この設定はかなり微妙だなと感じました。もうあとちょっと、ブタの鼻らしさが強調されていたら、同じくディズニーのアニメ「ノートルダムの鐘」みたいな結末になっていたのではないでしょうか? 「クレオパトラの鼻があと○センチ○○かったら・・・」という話はよく聞きますが、本作も、視聴者がヒロインに感情移入するためには、あれがぎりぎりの造形だったと思います。
また母親は、「主人にはホクロのことは結婚するまで隠していたの」とか「ここをもう少し整形すればもっとよくなるわ」「整形がいけないこと? 娘の幸せを願って何がいけないの?」などと、問題発言を連発します。
教え子に、色白ですらりと背が高く、顔立ちも整っていて学力優秀、性格も良いという、まさに非の付け所のない女の子がいました。ただ、鼻のてっぺんに小さなホクロがあったのを、この映画の母親を見て思い出しました。
小さなホクロも、ブタの鼻も、気になる人はおおいに気になる。気にならない人は全く気にならない。外見に対する受け取り方は、人によって千差万別です。ただ、今の世の中、整形でいかようにも顔は作れるようになりました。ならば、心の方をどう作るか。こちらをテーマにした映画が見たいなと思いました。
と言うのも、ヒロインのペネロピは、外見による不幸を気にしすぎた両親により、お屋敷の中で、同年齢の友だちと一切関わることなく幼児期、思春期を過ごすという設定だったからです。人は、他者との関わりの中で、人と人ととの距離感など、大切な人間関係を学んでいきます。ぺネロピにはその場が全く与えられていませんでした。他者から隔離された世界では、心が十分に育たないはずなのですが・・・。
他者との距離のとり方がわからず、不登校やケータイ依存症に陥る子どもたちが増えてきました。その根っこの部分には、本作の母親のような存在があるのかもしれません。
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September 20, 2008
邦画です。
荒川良良初主演です。今までにも、「ピンポン(窪塚洋介主演)」や「ロボコン(長澤まさみ主演)」などで、一度見たら忘れられない脇役として登場していましたが、ついに主役ときましたか。
ただ、実質的には木村佳乃がドラマの中心人物と言えます。カメラのシャッターがうまく押せない。エレベーターのボタンを押そうとして指を骨折する。商品の上にコーヒーをこぼしてしまう・・・マンガチックなほどドジな女性という設定で描かれています。だから、せっかく就職しても失敗の連続で辞職することに。
そんな彼女が、良良君を中心とした、ちょっと大丈夫じゃない人たちとの交流の中で、少しずつ自分の居場所を見つけていくという、ほのぼの系ドラマが一本、中心にあります。でも、本作は随所に出てくるほのぼのギャグに価値がある映画とも言えます。特に、劇中で蟹江敬三が歌う「米の歌」には爆笑しました。この感覚は邦画「茶の味」の劇中音楽「山」と似ています。
さて、本作に登場する、ちょっと大丈夫じゃない人たちは、劇中でそれぞれ第三者から、どこがダメなのかをズバッと指摘されます。「君はみんなから好かれようとする。八方美人だよ。」「いざとなると真っ先に逃げ出しちゃうし、人のことはさんざん批判するくせに、自分が批判されたら怒り出す。」「今まで、死ぬ気で何かに立ち向かったことあるか? ないだろ?」グサグサ刺さる言葉です。映画のタイトルは「全然大丈夫」ですが、セリフだけ聞くと、これはかなり大丈夫じゃない感じです。でも、何しろほのぼの系の作品ですから、このシリアスな展開も、ほのぼの~と、時にはギャグも交えて流れていきます。
ラスト近くに披露される、熊のぬいぐるみに抱かれる少女の絵がよかったです。
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September 06, 2008
アメリカの映画です。でも主な舞台はアフガニスタンです。原作者もアフガン出身です。
先日伊藤さんがタリバン勢力に拉致され殺害されました。タリバンって何? アフガニスタンってどんなところ?
この映画の前半は、アフガンに住む子どもたちの遊びの文化「凧揚げ大会」をたいへん立体的でスリリングなカメラワークで見事に撮影しています。そして後半はタリバンによって凧揚げを禁止されるなど、イスラム原理主義が支配する抑圧された社会が、乾いた砂のタッチで描かれます。
ドラマとしては前半、パシュトゥン人である富裕階級の少年が、少数民族である下層階級のハザラ人を差別、虐待するシーンが描かれます。主人公はそのシーンを物陰から目撃していながら、親友であるハザラ人を助けることができなかった。人と争うのが嫌いだからです。でも、親友を見殺しにした自分の情けなさに耐えられなくなった主人公は、この後どんどんイヤな奴になっていきます。
後半、いじめっ子であったパシュトゥン人の富裕階級少年は、成人して今度はタリバン勢力の指導者階級となり、再びハザラ人の子どもに虐待を加える。やはり大人になった主人公は、今度は身を挺してでもハザラ人を救おうと、治安悪化著しいアフガンに戻るのですが・・・。
「確かにあんたは、目の前のたった一人を救うことができるかも知れない。だが、他の残った子どもたちは誰が面倒見るんだ?」難民キャンプの子どもたちを養うため私財を投げ打ったアフガン人がいます。彼に痛いセリフを言われて、主人公はゴニョゴニョと口ごもります。
「何をしに戻ってきた? ソ連が侵攻してきた時、アメリカに逃げたくせに。」タリバン指導者層になったいじめっ子にそう言われて主人公は、やはり強く言い返すことができません。
そう、つまり主人公は外部からタリバンを見ている我々と同じなのです。争って相手を傷つけるのも自分が傷つくのも嫌だ。でも、苦しんでいるアフガン人はたくさんいる。その中のたった一人を救い出し、自分はよいことをしたんだ・・・などと考えるのはものすごい偽善である・・・。
主人公にも、これで少年時代の罪滅ぼしができるなどと考えるのは、まったくもって噴飯ものだということがわかってきます。
でも、じゃあ、だったら何もしないのか? この作品の原作者、そして監督が伝えたいメッセージはその一点にあると思われます。
「将軍、彼をハザラ人と呼ぶのは止めてください。彼には名前があります。」
人と争い、人に逆らうのが苦手だった主人公は、最後に静かにこう言うのです。
非人道的な社会に住む子どもたちを救うため、力で闘うことができないのなら、言葉で訴える。ペンで訴える。そして、映画の力でもって、沢山の人たちに呼びかけていく。この作品は作者なりの解答なのだと思います。
映画の原題は「カイト ランナー」・・・凧を追う人とでも考えればよいでしょうか? このシーン、とてもファンタジックです。
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August 10, 2008
ハリウッド映画です。
ブルース・リーの「燃えよ!ドラゴン」を下敷きにしたと作品解説にあります。主人公がチャイニーズマフィアのアジトに潜入すると、そこではたくさんの若者達が卓球の基本練習を、勇ましいかけ声とともに一糸乱れぬリズムで行っているというシーンとか、まさしく「燃えよ!ドラゴン」。笑っちゃいました。ただ、主人公が、かつては天才卓球少年と呼ばれた、でも今はピンポンを使った大道芸で生活しているさえない中年男という設定になっています。この設定のおかげで、少年時の敗戦のトラウマが、何度も勝負所で顔を出すのですが、これがドラマにちょっとだけ深みを与えていてよかったです。
随所にアメリカらしい脱力ギャグが散りばめられています。そのギャグのせいで、制作費に25億円かけたと宣伝していますが、一体どこにそんなにお金がかかっているのか、よくわからないまま最後まで見てしまう映画です。キャストが結構豪華なので、出演料にだいぶかかったのかな?
試合でのハイスピードなラリーはCGで見事に描かれています。ただ、本物の卓球の迫力を楽しみたいのなら、幸い北京オリンピックが始まりましたので、そちらで本場中国の選手のプレイを見ることをお薦めします。
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July 27, 2008
ティム・バートンお得意の人形アニメです。主役の声を当てるのはもちろん、ジョニー・デップ。モノクロに近いこの世の人々と、カラフルなあの世の人々の対比が非常に美しい映画です。ストーリーもわかりやすく、ひたすら王道路線を突っ走ります。
あの世の花嫁が健気で涙を誘います。さらに、ラストシーンの美しさには魂が救われる思いがします。一級のファンタジーとして仕上がっているうえ、説教臭さがなく、むしろブラックな笑いがあちこちに出てくるので、死後の世界を題材にしているのに、キリスト教の「神を信じて善行を積めば天国へ行ける」的な胡散臭さを感じません。むしろ、現世への迷いが吹っ切れて成仏するラストシーンは日本人の宗教観にぴったりなのではないでしょうか? キリスト教も、宗派によってはいろいろあるということなんでしょうか?
あの世で、主人公がかつて飼っていた犬と再会するシーンがあります。骨だけなんですが、とってもかわいいです。
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July 20, 2008
ディズニー映画です。
主人公はさえない男の子。彼のクラスに、ある日ちょっと変わった女の子が転校してきて、そこからドラマが動く・・・というのはまあよくあるパターン。ただ、少女を演じるアナソフィア・ロブが、かなりの美人です。キーラ・ナイトレイ(パイレーツ・オブ・カリビアンのヒロイン)が12歳くらいの時には、きっとこんな感じじゃなかったかなと思ったほどです。
さて、そのアナソフィア、物語の中盤で主人公と初めて教会に行った帰りに、とんでもない発言をするシーンがあります。
「キリストは私たちの罪を背負って死んだ」
「それ、信じてる?」
「聖書にある」
「押しつけはきらい」
「聖書は信じなきゃ。信じてないと死んだ時地獄に落ちる」
「それ誰に聞いたの?」
「聖書を信じないと地獄に落ちるよ」
「神様は人を地獄に落としたりしない」
え? そんなこと言ってもいいの? ディズニーでしょ? そんな、キリストの存在を否定するような発言、全アメリカの子ども向けに言ったりしてもオッケーなわけ? びっくりしました。
そしたらやっぱり案の定です。物語は終盤、少女の突然の事故死という理不尽な展開を見せます。どう考えてもこれは「キリストを信じないから罰が当たった・・・」いわゆる見せしめでしょう。彼女を失って落ち込む主人公を父親が「あの子は地獄になんか落ちてないよ」と言って慰めますが、死後の世界がどうのこうの言う以前の問題でしょ? と思わず突っ込み!
そっか~、アメリカの子ども向け映画では、神を冒涜するとたとえ美少女でも死んじゃうんだ~。ディズニー映画って、こわいなあと、初めて思いました。もっとも、無宗教な日本人(かつて天皇を神と信じて痛い目にあった日本人のほとんどは、以後神の存在には眉唾つけるようになった)が見るからこういう感想になるのかも知れませんけど。
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July 06, 2008
ミュージカル仕立てのハリウッド映画です。おなじみティム・バートン監督とジョニー・デップの顔合わせ。果たして名作「シザーハンズ」を超えられるのか?
モノクロに近い暗い色調の画面に、真っ赤な血が飛び散りまくります。ラストシーンの美しさは芸術的。このシーンを撮りたいがために、バートン監督はこの映画を撮ったのでは? と思えるほどです。なにしろ、ジョニー・デップとは別に、若い男女のロマンスも物語の中で同時進行するのですが、そちらの結末はそっちのけでエンディングを迎えますから。
昔、子どものために絵本「ピーターラビット」を読んでやった記憶がありますが、印象に残っているのは母ウサギがピーターに「マグレガーさんのキャベツ畑にだけは入ってはいけませんよ。あなたのお父さんはあの畑で捕まって、パイの具にされて食べられちゃったんです。」と教え諭すシーンです。パイの具にされてって・・・ヨーロッパではウサギの肉をパイに入れるのか? それって一体どんな味なんだ? 父親のそんな悲惨な最期を息子に聞かせるって、そんな話、小さな子どもに寝る前に聞かせてもいいものなのか?
本作は、ピーターラビットのこのエピソードの元となった連続殺人事件を映像化したものです。「言うこと聞かないとスィーニー・トッドにパイにされて、食べられちゃいますよ」って、やっぱり元ネタからして、聞いたら恐くて寝られんじゃないか~。
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June 15, 2008
アメリカの映画です。でもインド映画です。監督は名作「モンスーン・ウェディング」のミーラー・ナーイル。
いつまでも子離れできない母親と、アメリカ文化にすっかり染まってしまい、家にちっとも寄りつこうとしない息子ゴーゴリ。でも父親はあわてず騒がず、息子にゴーゴリの本をプレゼントします。
自分の名前には、一体どういう意味が込められているのか。子どもはいつそれを親から聞くのか。それを知った時、子どもが親に抱く思いはどのようなものなのか。映画の中盤で、ていねいにそれが語られます。
こんな子に育って欲しい。という願いとはまったく乖離してしまった親の一方的な趣味でしょうそれは! と突っ込みたくなるようなネーミングの子どもが多い昨今、この作品はじっくりゆったりと、家族のつながりの温かさと、守るべき文化が我が家にあることに対する感謝を描きます。
たとえ家族が遠く離ればなれになってしまっても、同じ価値観を尊び、同じ文化を尊重して生きていた時間があれば、家族は距離と時間を超越していつまでも永遠なのだなあと、見終わった後にじんわりと感じました。
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June 01, 2008
松尾スズキの同名小説を原作者自ら脚本・監督で映画化した異色ドラマです。
以前職場の研修で「正常な人と、そうでない人との境界線は非常に曖昧なものである。自分では正常だと思っていても、他人から見れば異常である、というのはよくあることだし、多かれ少なかれ、みんなある程度は異常を抱えているものである。だから、境界線のレベルを下げると、多分かなりの人が精神疾患と判定されるのではないだろうか?」みたいなことを聞きました。自分の幼少期を鑑みて、なるほどそのとおりと思ったものです。授業中だろうがなんだろうが、一たびしゃべり出すととまらなくなり、人を傷つけてしまうようなこともポンポン口に出して、ついには廊下に立たされる事の繰り返し。自分は今で言うADHDに当てはまるのではないか? 黒柳徹子の「トットの欠落帖」を読んだ時など、「これは他人事ではない!」と強く思ったりしたものでした。
本作は、自分では正常だと思っているのに、精神科の閉鎖病棟に強制入院させられた主人公が、そのあまりに非人間的な待遇に対し愕然とするというストーリーです。例えば、自殺願望の強い患者は五点拘束具で再び自殺することのないようがんじがらめにされるとか・・・いろいろ出てきてこのあたりかなり刺激的です。
ちなみに拘束具と言えばエヴァ・・・エヴァと言えば庵野秀明・・・だからなのかどうかは知りませんが、本作では主人公を最初に診る医者役として庵野さんが登場します。
さて、本作のヒロインは、果たして正常なのか異常なのか? 好きでもない男性と結婚したあげく、ダンナを自殺に追いこんじゃったり、病院に見舞いに来た彼のおしりをさわると、なぜか気分が落ち着いちゃったり、重度の不眠症で、睡眠薬のお世話になっちゃったりと、客観的に見てかなりグレーゾーンに入っちゃってるような感じです。
でも、最初に書いたように、多かれ少なかれ、みんなそういった、人には言えないような普通ではない部分を多少なりとも抱えて生きているわけで、だからこそ、一歩間違えたら自分もこの異常な精神科閉鎖病棟という世界に、強制入院させられるかも知れないわけです。そう思いながら見ると、この映画はまったく他人事ではなくなります。さらに、自分では治ったと思っていても、実は根本的な治療法など、ほとんどないわけで、再入院する患者のほうがむしろ多いということも、この映画はラストでさらりと描写します。
ちなみに本作に出てくる看護士さん、みなさん本当によい人ばかりです。主人公は閉鎖病棟を抜け出すことでいっぱいいっぱいなため、その点に気がついていないように映画では描写されていますが。もちろん作者は客観的にそのあたり、わかっているわけです。それは、冷静に自分の置かれた状況を見つめるもう一人の自分がいる、いわゆるメタ認知力が作者にはあるということを示しています。
蒼井優が拒食症患者として登場します。もともとスリムな女優さんでしたが、本作ではほんとうにガリガリガーリーで、役のために一体どれほど減量して撮影に臨んだのか、その役者さん魂に心打たれます。
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May 17, 2008
時効警察の三木監督の作品です。そういうわけで、役者さんもかなり重複してます。ただし、三浦友和は今回が三木監督作品初ではないでしょうか? 金融関係(借金回収)役の男を見事に演じています。若い頃の二枚目イメージからは想像できないです。しばらく三浦友和と気がつきませんでしたから。
例によって小ネタの連続なんですが、ラストの疑似家族団らんのシーンはかなりじーんときます。なぜか? 疑似家族の一員として、なんだかわけのわかんない姉ちゃんが出てくるんですが、彼女の存在が、このラストのカレーライスのシーンを大変意味深いものにしているのです。オダギリジョー、三浦友和、小泉今日子の三人だけでは、あそこまで深みのあるシーンにはならなかったでしょう。どこにどの役者を配置すると、どんな効果が生じるか。そのあたりをきちんと把握している三木監督に脱帽です。
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April 29, 2008
「かもめ食堂」南の海ヴァージョンという感じの映画です。出演者も一部同じですしね。あと、かき氷屋さんなんかは、吉元ばななの「海のふた」っぽいです。
瀬戸内の小島で6年ほど暮らしていた時期があり、よくぼーっと海を眺めてました。釣りをしながらだったりバーベキューしながらだったり、外回りの仕事の合間だったりとシチュエーションはいろいろ。最初のころは街に帰りたい気持ちが強くて、自分で望んで島に来たのに、なんだか島流しにあったような気持ちで、遠くにかすんで見えるビルの影を見ていました。フェリーがゆっくりと水面を滑っていくのを見ると「あれに乗れば帰れるんだ。なのに・・・なぜ自分は、コンビニもない、ケータイも届かない(当時のことです。今はちゃんと届きますよ!)この島にいるんだろう。」などど負の感傷にふけったりしたものです。特に夜の海は、対岸の街の明かりが美しすぎて、なんだかにじんで見えたりもしました。が、しばらくして島の生活に慣れてくると、だんだんたそがれるのが得意になってきて、ただひたすらぼーっと海を眺めて命の洗濯をするように(笑)。
最近毎日朝の7時から夜の10時まで(しかも残業手当なし)働きづめという忙しい毎日が続いているせいか、つくづくもう一度あのころに帰りたいと思います。
そんな、たそがれたい人たちに、いっとき疑似たそがれ体験を味わわせてくれるのがこの映画です。
そうそうこの映画、何度もおいしそうにビールを飲むシーンがあります。見てるとついがまんできなくなり、お店まで買いに走ったりしてまったく困りました。
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April 19, 2008
こうの史代原作のマンガを映画化したものです。
映像的にさほど特筆するべきシーンはありません。なんとなくテレビのホームドラマっぽいです。色がいいとか、カットのつなぎ方や構図がいいとか、象徴的な小道具や背景があるとか、そういった特徴はなくて、わりとわかりやすくドラマは進行します。ついでながら、麻生久美子の広島弁はかなり不自然です。でも・・・本作で特筆すべきはやはり原作のよさを生かしたシナリオでしょう。特に開始31分あたりからの麻生久美子の独白には、たまらず号泣してしまいました。被爆によりPTSD(心的外傷後ストレス障害、突然の衝撃的出来事 を経験することによって生じる、特徴的な精神障害)となった女性の思いがストレートに伝わってきます。自分はあの時、死んだらいいと思われていた人間なんだ。自分は幸せになってはいけない。お前の行く道はそっちではない、とどこかで誰かが言っている。
戦争によるPTSDをテーマにした映画には、以前紹介した「あなたになら言える秘密のこと」がありますが、本作「夕凪の街」には、放射線被曝による悲しみが世代を越えた今も続いているという後日談「桜の国」があり、原爆がいかに特異な兵器であるかがひしひしと伝わってくる点、高く評価できると思います。
なおかつ、ヒロシマ、ナガサキともに語り部さんたちが次々に高齢のため一線を退いており、また両市とも修学旅行先としてほとんどの学校から選ばれなくなってしまいつつある現在、原爆がヒロシマとナガサキに何をもたらしたかを若者にストレートに伝えることのできる貴重な作品となるのではないでしょうか?
以前にも書きましたが、原爆の哀しさを全世界の人々に伝える義務が、世界で唯一の被爆国である我々日本人にはあると私は思っています。一人でも多くの人がこの作品に触れてくれたら、と心から願っています。
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April 11, 2008
もう十年以上も前の映画になるでしょうか。なぜそんな古い映画を今とりあげるのか? それはチベットの中国侵略がこの作品の後半で描かれているからです。各国で続く聖火リレー妨害事件で、この映画を思い出したからです。暴力を否定し、中国との対話を求め続けるダライ・ラマ14世の姿が、この作品をもう一度見る気にさせたのです。
主演は若き日のブラッド・ピット。今のようにハリウッドハリウッドしていなくて、デビュー当時の天然かつ野性的な美しさを保っています。特にあのサラサラの金髪。日本人がどんなに上手に髪を染めても、あの美しさは手に入れられないでしょう。髪を金色に染めることで自己主張しようと考えている若者には、こういう本当の金髪の美しさを、ぜひ一度見てほしいと思います。それでも染めるというのなら、それはそれでよし。
さて、そのブラピ、実在するオーストリアの有名な登山家ハインリヒ・ハラーを演じます。前半は自分の野心のためなら平気で友人を利用する、自己中心的でイヤな人物として描かれますが、チベットで暮らすようになってから、徐々に周囲の人たちに感化され、変化していきます。まあ定番のドラマなんですが、でも現地の若い女性にふられるシーンとか、なかなかよいです。
「俺はこんなに二枚目なのに、なぜ彼女は俺ではなくてあいつを選ぶのか???」
セリフではなく、目でブラピが語ります。
やがて少しずつ、その理由がわかるようになる。つまり人の心がわかるようになる。一番を取ることの幸福よりも、周囲の人々の思いを大切にすることの幸福を大切にしたい。こうして少しずつ人として成長していくハラーの姿を、カメラは静かに追います。
さらにハラーは、ダライ・ラマ少年の家庭教師係となるのですが、このダライ・ラマ役の少年がまた素晴らしい。純真で知的好奇心旺盛な黒い目玉がくるくる動きます。
ハラーはダライ・ラマと接するうちに、ヨーロッパに置いてきた自分の息子を、彼に重ねて見るようになります。ところがそんなハラーを、まだ中学生くらいの年齢のダライ・ラマ14世が教え諭すのです。
「あなたは私を自分の息子のように思っていますか? でも、私はあなたの息子ではありません。あなたはあなたの息子に会うべきです。」
このシーンはとても大好きです。ハラーはダライ・ラマ少年にこう言われて、しばらくすすり泣くのですが、思わずこちらももらい泣き・・・。
普通なら「私もあなたのことを自分の父だと思っています」とか答えそうなものではないでしょうか? この年齢なら、たいていは自分を中心に世界を見るものではないでしょうか? 父のように自分を慕ってくれる人物を、わざわざ故国に帰すようなセリフを、どうしてこの少年は、こんなにもさらりと自然に言うことができるのでしょう。
実話をもとにした作品だということですが、このセリフが、本当にダライ・ラマのセリフだとしたら、この若さでこんなことが言えるなんて、やはりダライ・ラマ14世はただものではないと思いました。なんでも、血筋による跡継ぎ制度ではなく、輪廻転生により、全く違う家庭の子どもとして生まれ変わった後継者を、僧たちがチベットじゅう駆けずり回って探し出し、ダライ・ラマを名乗らせるそうです。そういうわけですから、若くてもそこはダライ・ラマ。まさに聖人の生まれ変わりです。
テレビで見る、お年を召されたダライ・ラマ14世も、やはりどこか超然とした人格者の風格を漂わせています。あの地には、ひょっとすると、本当に輪廻転生があるのかもしれません。
本作、後半で中国のチベット侵攻が生々しく描かれるため、当然中国での撮影は許可されなかったようで、ロケ地はアルゼンチンだそうです。が、監督談によると、実は一部、中国当局にばれないようこっそり現地ロケをしたのだとか。そんなわけで、監督さんもブラピも、現在にいたるまで中国への入国を禁止されているようです。
ラスト近く、故国に帰ろうとするハラーに、友人がバター茶をふるまうシーンがあります。カップになみなみと注がれたバター茶は、飲んではいけない。なぜならこれは、再び君がこの地に帰ってきた時に飲むためのものだから・・・。なんて素敵な文化なんでしょう。
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April 10, 2008
スペイン・メキシコ・アメリカ合作映画です。ハリウッド映画ではないので、主人公に安易なハッピーエンドはやってきません。奇跡もおきません。ファンタジー映画と宣伝されていましたが、つらい現実から逃避するために空想世界で遊ぶ少女の物語ととらえたほうがいいようです。
現実の過酷さを映像で表現しようとしたため、かなり残酷でショッキングなシーンが多いです。そのため12歳未満は視聴制限がかかっています。小さいお子さんと一緒に「ハリポタ」見るような気分で見てはいけません。むしろ倉橋由美子「大人のための残酷童話」に雰囲気は近いです。
監督さんは、思春期に入りかけた多感なヒロインを、たいへん魅力的に撮っています。彼女に何を着せて、どこから光を当てて、どの角度から撮ればいいか、かなりこだわって撮ってらっしゃいます。グロテスクな怪物たちとはかなり対照的です。映像美という宣伝に関してはあたっていたようです。
現実世界から目をそらそうとするヒロインに、母親が「もうあなたも大人なんだから、現実がどんなものかわかるはず。」みたいなことを言うシーンがあります。でも娘はファンタジーの世界にこだわる。やがてやってくる悲劇的な現実。
ラストはフランダースの犬でした。日本人の宗教観では、あのエンディングは納得できないでしょう。なにしろ「千の風になって」が大ヒットするような国ですからね。死んだら風になって(つまり自然界に還り)残された人々の記憶の中でだけ生きる歌なわけですから。映画みたいに、死んだ後でご褒美もらっても納得できないでしょう。ある意味本作はたいへんキリスト教的な終わり方をします。
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March 02, 2008
イタリア映画です。
3人の監督が、一つの列車の乗客たちのドラマを、リレー形式で紡いでいく作品です。ですから三つの短編でできています。
短編のうち、2作目の監督がアッバス・キアロスタミ。イランの名監督です。「友だちのうちはどこ」という名作がありますので一度ぜひご覧下さい。
1作目と3作目が、どちらもなんとなくストーリー展開が読めるのに対し、2作目のキアロスタミの作品だけは、正直読めませんでした。独特の長回しによる撮影方法は以前と同じで、パンが少なく、二人の登場人物が会話するシーンでも、カメラは片方の人物の表情をずっと撮り続けます。この手法が今回は効果的にストーリー展開に絡んできます。ケータイの着信音が鳴るシーンなんか、笑っちゃいました。
また、この手法は客観的にストーリー展開を追うことができます。ラストで将軍の未亡人がホームに降りるシーンも、主観的に撮れば「自業自得だ。ざまあみろ」という場面なんでしょうが、前述した理由により、二人の登場人物のどちらか片方にだけ感情移入することがありません。付き添いの青年の気持ちもわかるけど、未亡人の哀しさもわかる。結果として、ドラマにぐっと深みが出ています。
この感覚は非常に強烈な印象となって、観た後もしばらく残ります。登場人物みなに、監督の視線は平等に降り注がれます。いわば神の視点で作られた作品とでも言えばいいのでしょうか。不思議な作品です。
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February 11, 2008
イギリス映画です。
もとはドイツ語で書かれたオペラなんですが、そういうわけで、全編英語で歌われています。これはかなり興ざめです。雰囲気がすっかりヤンキーになってしまっていますから。
舞台をモーツァルトの時代から第一次世界大戦に移したとか。映画の序盤で、イギリスが世界で初めて実戦投入したレトロなデザインの戦車に乗って、夜の女王が登場します。このシーンはなかなかインパクトあります。だって、なんだか巨大トラクターに乗ったアメリカのトウモロコシ農場の奥さんに見えたりしたものですから(すいません)。
かと思いきや、映画の中盤ではこの夜の女王、空を自在に飛びまくり、口からは超音波攻撃を放つという、ギャオス顔負けの大活躍を見せてくれます。特におそろしいまでのあのコロラトゥーラ・ソプラノ超音波攻撃には、聞いていて「こ、これは人間技じゃない。」と、真っ青になりました。結構アンプの音量をあげて聞いていたものですから、途中でスピーカーが煙出してぶっ壊れるんじゃないかと思ったほどです。
タイトルは「魔笛」ですが、むしろパパゲーノの「魔法のチャイム」のほうがよっぽどキュートだし、役に立っています。追っ手の兵士たちが、「あ~勝手に体が動いていく~」状態になるシーンは最高。こんなチャイムがあったら、本当に世界中の紛争が解決できそうです。
さらに、終盤でのパパゲーノとパパゲーナのバカップルぶりには、「はいはい、もう二人で思う存分好き勝手やってちょうだい。」感がいやが上にも強まります。
なんだか主役の二人よりも、脇役たちのほうがよっぽど魅力たっぷりだったんですが、これでこの映画、本当によかったんでしょうか(笑)。
とにかく存分に楽しめる映画でした。
でも、やっぱりできればドイツ語ヴァージョンで聞きたいなぁ。
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January 27, 2008
邦画です。
初めて読んだ伊坂幸太郎がこれでした。したがって、今でも特別な思い入れのある作品です。映画化されると聞き、自分が作品に持っているイメージが崩されたらどうしよう、見るのをやめたほうがよくはないか。そんな思いが心の中を80%くらい支配していました。なにしろ「陽気なギャングが地球を回す」では、ずいぶんがっかりさせられたものですから。
よかったです。
110分というと、最近の映画の中では短い部類でしょうが、伊坂ワールドのエッセンスがぎゅっと凝縮された感じで、間延びしたところが無く、ラストのスタッフロールも含め(見てくださいね。笑えますから。)すっかり大満足の一本でした。ネタばれになるので、これ以上書けないのがもどかしいです。
キャスティングが素晴らしかったと思います。瑛太、松田龍平、濱田岳、関めぐみ、4人ともぴったりはまっていました。映像化はむずかしいと思われたトリックも、見事自然に、本当にすんなりと見る側の心に入ってきます。演出的には、乾いた叙情がなんとも言えません。監督さんの力量なんでしょうか?
できれば今後、すべての伊坂作品は、監督、プロデューサーも含め、このスタッフで映画化してほしいものです(無理か・・・)。
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January 13, 2008
フランス映画です。
以前「プリンス&プリンセス」で紹介したミッシェル・オスロ監督の新作アニメです。
一見2Dかなと思いましたが、人物の顔のアップを見ると、どうも3Dらしい。でも体は単色で妙に平面的に描かれているし、構図も古代エジプト文明によく出てくる真横からのものが多く、やっぱり2Dですか? でも、やたらと出てくるイスラム風モザイク模様は、やっぱりコンピュータ処理? そのうち映像の持つ芸術的なまでの美しさに、そんな細かいことなんかどうでもよくなってきて、ひたすらうっとりと画面に見入ってしまいました。もうここまでくると、アニメじゃなくてアートです。また、「プリンス&プリンセス」では影絵の美しさが売りでしたが、今回も、アズールと小さなお姫様が木に登って夜空を見上げる影絵の場面なんか、ため息ものです。
特典映像で監督がこれら映像マジックのからくりを話してくれます。え、背景はそうやって撮ってあるの? って感じでびっくりです。日本のアニメは、これとは正反対の手法を取る場合が多いですから。
ストーリー自体は、囚われの妖精を救いに行くという、まあよくあるお話なんですが、舞台設定がイスラム文化圏とヨーロッパ文化圏の入り交じった地点のようで、(途中、主人公が通過する町では、キリストの顔が描かれた建築物が廃墟になっていたり)それがストーリーの展開上でも、また美術的にも実に絶妙なバランスで、見ていて知的好奇心が次々に沸き起こってきます。まさしく異国に迷い込んでしまった。そんな感じが味わえます。そういった点でまさしく第一級のファンタジーアニメです。
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December 30, 2007
アメリカ映画です。
いちおう実話をベースにしたお話らしいです。札付きワルの高校生たちを、社交ダンスで矯正しようとする先生の話なんですが、最初は「おいおい、そんなんで生徒が先生の言うことを聞くわけないだろ?」って感じでスタートします。
生徒は、先生に実力があると認めた時、初めて言うことを聞くものですからね。
と思ってたら、バンデラスおじさん、露出度高めの衣装に身を包んだ美女を引き連れて教室に登場。ビシバシッと情熱的なタンゴを決めて、生徒の心をがっちりつかみます。
一度生徒からの尊敬を得れば、あとはスイスイ。ほっといても生徒は自分からダンスに熱中していきます。でもまあ、ラストシーンはちょっと行き過ぎっぽい感じです。
日本にはナンチャンがダンスに挑戦する、なかなか優秀なドキュメンタリー番組があり、それと見比べると本作の高校生たち、なんで急にあんなに上達しちゃったんだろうなあ。途中思い切り端折ってないですか? などと思ったりもします。
また、なんでここまで高校生のためにがんばるのか、なにがバンデラスおじさんを、ああまで突き動かすのか? 実は自分も昔は・・・みたいな過去が明かされたりするのかなと期待しながら見たのですが、残念ながらそういうエピソードはありませんでした(笑)。
でも、社交ダンスのレッスンに反対するPTA連中に対し「社交ダンスは相手を信頼するところから始まる。それが相手に対する敬意と同時に自尊心を育むことにつながる。そして、自尊心の育った生徒は、自分の将来を大切に考えるようになる。その結果、彼らは非行に走らなくなる。」というバンデラスおじさんの説得はなかなかツボをついていると思いました。こういうのを心の教育っていうんでしょうね~。道徳を教科の一部にしようとしているどこかの官僚も、これ見てもう少し考え直してほしいものです。
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December 09, 2007
邦画です。少女マンガが原作です。
山陰は石見(いわみ)の片田舎にある学校が舞台です。複式学級と言って、一つの教室で違う学年の生徒たちが勉強する、そんな少人数の学校です。
ヒロインは中学生の右田そよ。演じるのは夏帆。石見弁で、自分のことを「わし」と言いますが、「わし」と言っても、美少女はやっぱり美少女だなぁというのが正直な感想(笑)。原作ではそよは大根足らしいのですが、ついでに自分が美少女であることを、まったく自覚していないらしいのですが、演じる夏帆も実にその雰囲気をたっぷり持っており、ぴったりのキャスティングではないかと思われます。
で、そこへ登場イケメン転校生大沢君。ラストで(ネタバレ)高校に進学した彼の姿が見られますが、その高校は今時珍しく、頭は坊主刈りという校則らしいのですね。で、坊主頭でもイケメンさんはイケメンさんだなぁというのが正直な感想(笑)。
さて、ヒロインのそよは、イケメンの彼が着ているかっこいいジャケットが欲しくなって、もらっちゃうのですが、交換条件として、「チューしてもいい」と言うのです。「それって、売春と同じなのでは?」というのが我が家の娘(高2)の感想。
ゆったりとした時間の流れと、「行って帰ります」に代表される石見弁のほのぼのさ加減。そして、田舎町の人々に多く見られる、お人好し度の高さ。少しばかり閉鎖的な人間関係。それゆえに、お互い細やかに心が通じ合う温かさ。そういったものがじわじわと感じられる映画です。ただ、あちこちのシーンにちらりと顔を出す寂しさが、この映画の価値を少しばかり高めていると思います。その寂しさの正体は、やがてこういうほのぼのとした世界が、この日本から一つ、また一つ消えていくんだろうなという予感から来るのだろうと思います。
私の住む香川県も、かつてはあちこちに小規模のへき地校がありましたが、今では統廃合されて、ほとんどなくなってしまいました。田舎からどんどん子どもがいなくなっているのです。
そんな今の日本にあって、この映画は絶滅寸前の天然記念物的な作品と見ることもできます。まさしく日本最後の田舎の天然系美少女物語・・・。
「天然コケッコー」ってタイトル、実はそのあたりまで計算してるんでしょうか?
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November 25, 2007
ベストセラー小説を映画化したものですね。ちょっと自分の守備範囲とは違うタイプの作品なので、読んでいなかったのですが、映画は評価の高さゆえ観ることにしました。
ストーリーそのものは、なかなか自立できずいつまでも母親に経済的援助を受け続ける田舎の男が、やっと親孝行をし始めたときには、母親はすでにガンに蝕まれていた・・・というお話で、冷静に見ていくと、主人公のその駄目さ加減には、ほとほと嫌気がさします。
ただ、映画として見ると、オダギリジョーがその駄目駄目な雰囲気を醸し出すことに見事に成功しており、彼以外にこの役を演じることは不可能なのではないかと思えるほどです。
同時に、母親役の樹木希林の、やや目の焦点の定まっていない表情がまたすばらしい。特に駄目駄目な息子から「留年したから学費をおくれ。」と言われても、なかなか現実が飲み込めずにとまどう表情や、初めて息子と大都会東京を歩く時の「これは現実なんだろうか」というような表情などは最高です。この役もやはりこの人しか演じることができないのではないかと思われます。
ちなみにオカンの若い時役を演じた内田也哉子は、樹木希林の実の娘だそうですね。道理で雰囲気がよく似ていると思いました。
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November 18, 2007
邦画です。
原作は「一瞬の風になれ」で一躍有名になった佐藤多佳子。必死にしゃべれども、さっぱり売れない落語家と、日常生活でコミュニケーションがうまくいかずに悩む3人の男女。両者がお互い触発されて、ちょっとだけ前進するという筋立てです。
東京に引っ越してきたけど、関西弁を理由にいじめにあう小学生村林君。その役の男の子が抜群にいいですね。主人公の師匠はベテラン伊藤四朗。祖母役を八千草薫。二人ともさすがにうまいです。
でも低予算映画だったのでしょうか。配役にかけるお金はここまでで力尽きてる感じです。例えば、主人公が惚れていた女子大生は、確か原作ではもっと美人だったはず。映画では・・・申し訳ないんですが、第一印象は「え? のび太のお母さん?」
村林君の天敵である少年も、スポーツ万能で秀才のはずなのに、なんだか存在感ありません。元プロ野球選手の湯河原も、細すぎてちょっと迫力に欠けます。
あ、でもヒロインの香里奈はよかったです。ず~っと硬い表情だったのが、ラストでふわっと柔らかく笑うシーン、なんとも言えずよいです。
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November 03, 2007
邦画です。「パッチギ」の続編ですが、前作でキョンジャと恋に落ちた康介君は、今回はどこにも出てきません。
前作は康介とキョンジャの間に横たわる河が、日本人と朝鮮人を分断するものの象徴として使われていました。そして、若い二人がどうやってこの河を乗り越えていくかが映画の縦糸でした。「イムジン河」のテーマ曲も、この河の象徴性を一層引き立てていました。
しかるに今作では、この河のような象徴が登場しません。前作と比較して物足りなさを感じる方が多いようですが、私は象徴となるべき物がない点に大きく不満を感じました。
同時に、在日朝鮮人だからこうなった、という必然性に欠けるストーリー展開にとまどいました。キョンジャが、一夜を共にしたイケメン芸能人に結婚生活をほのめかした途端捨てられるシーンがありますが、これは在日朝鮮人だから捨てられたわけではないように思えます。彼が結婚できないことの理由としてキョンジャの出身地をあげたのは確かですが、もともと朝鮮・日本人に関係なく、若いフレッシュな女優の卵と、楽しい一時を過ごすことしか考えていなかったと思われます。相手が誰であれ、結婚のことなんか、これっぽっちも考えていなかったはずです。
そもそも、キョンジャは「彼は遊び人だから気をつけてね」というような忠告を受けていたはずです。在日朝鮮人だから遊んで捨てられたというよりは、遊ばれたあげく捨てられるだろうことに気がつかなかった(自分に都合の悪い展開に対し、意図的に気がつこうとしなかった)キョンジャに落ち度があったように感じられるシナリオになっています。
アンソンの息子が不治の病にかかる必然性も、やはり感じられません。難病の不幸は在日朝鮮人・日本人の別に関係なく降りかかるものでしょう。
キョンジャが、戦争から逃げたことで生き延びることのできた父に対し、感謝を述べるシーンがありますが、これを述べるのも在日朝鮮人である必然性はないでしょう。「国のために尽くすことよりも、一人一人の身近な人の命のほうが大事だ」と、戦争を経験した私の母(日本人ですが)も大昔に言っていましたから。たぶん当事の日本人のほとんどが、公的な場では「お国のため」と言いつつ、私的な場では「国よりも大事な物がある」と思っていたのではないでしょうか。ただ、それを人に言わず内に秘めることに美学があると考えていた人も多かったのだろうとは思います。
公的な場で無自覚に私的なことを優先させる昨今の風潮に対しては、見ているこちらのほうが恥ずかしく感じます。でも、戦時中のように思想統制し、極端な方向に走るのはやはりまずいでしょう。私の母は「戦時中はみんな人前でお国のためとか言って、かっこつけてたのよ」と切り捨てていました。
あ、あと小ネタ一つ。
アンソンの息子の名前はチャンス君。
元WBCスーパーフライ級チャンピオン徳山昌守も、在日朝鮮人で本名はホン・チャンスでしたね(彼のファンでした)。
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October 14, 2007
ブラジル映画です。
実話に基づいています。ブラジルの国民的歌手、ゼゼ・ヂ・カマルゴ&ルシアーノの半生を描いた映画です。ラストのコンサートでは本人たちが出演して歌を聞かせてくれます。
前半の、小さな兄弟がバスターミナルで生活費を稼ぐためにけなげに歌うシーンが、実によかったです。アコースティックな録音も素晴らしく、よい再生装置を持っていれば、抜群の臨場感を味わうことができると思います。
息子のために教育長にかけあって学校を作ったり、手持ちの穀物や家畜を売り払って楽器を買い与えたり、はては、電話リクエスト攻撃をしかけたりと、父親本人が、「いかれた父親だった。」と自分のことを言っていますが、息子本人も、「家族みんながいかれていたのさ。」と言うあたりに、ブラジルの、何よりも家族を大切にする国民性が伺えます。
また、「おれたちの夢はどこで間違ったんだろう」という父親に「あなたの夢よ。私は子育てをしただけ」と返す母親も、すごいなあと思いました。成人したゼゼも、当初はまったく売れず、スタジオ録音しても、いつそれが発売されるのかわからない状態。奥さんは内職で家計を助けます。夫が、「これでは娘を養っていけない。明日から働きに出る」と言うと、「あなたの仕事は音楽よ」と言うのです。母親と言い、奥さんと言い、ブラジルの女性はすごいですね。
兄も弟も、最初はひどい音痴だったのが、なぜか途中から抜群にうまくなるあたりが、「本当に実話ですか」とつっこみたくなる部分だったり(笑)。
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October 06, 2007
よしもとばなな原作です。
はっきり言って、これはキャスティングのミスでしょう。
主役のアルゼンチンババアを鈴木京香がやるのは無理がありすぎ。そこはかとない色気があってぜんぜんババアじゃないです。石材業の父親を、役所広司がやるのも、不自然。にじみでるインテリっぽさが、石屋さんの雰囲気にそぐわないです。
ストーリーに関してですが、原作は「よしもとばなな」ですから、もっとほわんとしてました。父親がアルゼンチンババアの所にいると知ったときは、たしか娘のみつこは笑い出したはずですし。こんな親子のすれ違いをメインに据えた悲壮で重々しいドラマじゃなかったはずです。首にコルセットを巻いた状態で、父親が捨てた墓石を一輪車に乗せて押していくシーンなんか、痛すぎて原作の雰囲気ぶち壊しです。「よしもとばなな」の小説のヒロインは、たいていの場合、どんなに悲惨な状況下に置かれても、すっと肩の力を抜いて、状況を自分なりに柔らかく受け止めるタイプだったように思うのですが。
それから、父親が屋上で作る曼荼羅は、原作を読むと結構イメージがぱーっと膨らむ部分なんですが、映画ではなんだか中途半端な扱いでがっかりでした。
映像的には全体的に緑色のかぶったような場面が多くて、すごく不自然に感じたんですが、これは我が家の液晶テレビとの合性の問題なんでしょうか?
みつこ役の堀北真希は、今風の派手な美人顔とは違うんでしょうけど、切れ長の目があいかわらず美しく魅力的です。本作は彼女の美しさを鑑賞するための映画なのかもしれません。
あとエンディングは、歌とイラストがよかったです。あのあたりだけ、なんだか「よしもとばなな」っぽかったです。
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September 16, 2007
ナガサキの語り部さんの話は、職業柄8回ほど聞いたことがあるのですが、その中のお一人のお話が、今でも鮮烈に記憶に残っています。
その語り部さんには妹さんがいて、ナガサキで肉親を亡くし、妹さんと二人だけ生き延びたそうです。しかし、妹さんは熱線で顔に受けたケロイドが治らず、そのせいで、小学校で差別を受けるのです。当時、原爆がどのような兵器なのかをくわしく知っている民間人はいませんでした。だからケロイドは、原爆がもたらした伝染病だと勘違いした者が多かったらしいです。「近寄るとうつる。」「あっちにいけ。」「ピカがうつる」という言い方だったらしい。
妹さんは、路面電車に飛び込み自殺をしました。姉である語り部さんは、ばらばらに引きちぎられた妹さんの肉片を、一つひとつバケツに拾い集めていったそうです。
この話を他人にできるようになるまで、ずいぶん年月が必要だったそうです。戦後50年ほどたって、やっと少しずつ当時のことが語れるようになった。それまでは、思い出したくない、封印しておきたい記憶だった。いや、思い出そうとすると、心がばらばらに引きちぎられる思いがして、しばらく呼吸が止まったようになり、身動きがとれなかったそうです。
なぜ、自分は生き残ってしまったのか。なぜ妹は死んだのに私は今ここにこうして生きているのか。
そういう思いが常にぐるぐると頭の中を占有し続けたそうです。
PTSDという症状にあてはまるんでしょうか、こういうの。
戦争が終わって数十年たつと、人はその悲惨さ、過酷さ、非人間的な行状の数々を忘れてしまいます。しかし、それでは再び同じ悲劇が繰り返されてしまう。だれかが、そういう事実があったことを後生に伝えなければならない。語り部さんたちが、本当は封印したい過去を、むりやり絞り出すように子どもたちに語るのは、そういう使命感があるからでしょう。
二重人格が発生する理由を、以前何かの本で読んだ記憶があります。現実がその人にとってあまりに過酷すぎる時、人は、その現実を体験しているのは自分ではない、別の人間が体験しているんだと思いこむことで、心が現実の過酷さに直面しないですむようにするのです。そうしないと、あまりの過酷さに、自分の心が壊れてしまう。二重人格は、自分の心の崩壊を防ぐための自己防衛本能がなせる症状だというのです。
以上、この映画の後半を見る上で知っておいた方が、より理解が深まるのではないかと思うので書きました。
あちこちに絶妙な伏線が張られていますが、個人的には、中盤の「実は○○○ないんだ」という男の告白が、ラストでの心揺さぶられるセリフに関わってくるシーンが、大のお気に入りです。
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September 08, 2007
アメリカ映画です。
マリー・アントワネットはオーストリア人。14歳の時に政略結婚のためフランスへ渡るシーンから始まるのですが、冒頭に書いた理由により、フランス語もドイツ語もまったくしゃべりません。すべて英語です。
ヒロインを演じるのは、スパイダーマンの彼女役キルスティン・ダンスト。この人のどこがいいのか、私にはどうもよくわからないんですけど、アメリカでは人気の女優さんらしいですね。日本人とは美意識が違うんでしょうか。体型的にも、B90W50と言われるアントワネットとはほど遠いような・・・。
映像はパステル・ブルーの美しさに感心。パステル・ピンクもやたら出てきますが、当方男なので、そちらの色にはあまり反応せず(笑)。
物語は、ほぼアントワネットの視点からのみで構成されます。アントワネットが見ることのできなかった、あるいは見ようとしなかった出来事は、ばっさり。その結果、映像も宮殿とその周辺オンリー。だからなんとなく箱庭的でスケール感に欠けます。まあ、実際に「アントワネットの知っている世界はこういう狭いものだったんだよ。」と言われれば、「なるほどそうかも。」と納得しそうです。
待望の子供が産まれて、ご褒美に建ててもらったプチトリアノンでの生活は、自然素材や自然の食材に包まれて、現代アメリカ東海岸の知識階級人っぽくナチュラル・オーガニック指向で描かれています。でもその生活のせいで「王妃、支出があまりに増大しております。」とか言われるんですね。自然食は確かにいいんだろうけど、それって所詮お金持ちにしかできないことなの? と、ちょっとヒガんでみたり。このあたり、奥田英朗の「家日和」所収の最終話「妻と玄米御飯」を思い出してしまいました。
バックに流れるポップな曲は、なかなか映像にぴったりです。1980年代に放送された「ポッパーズMTV」を彷彿とさせてくれます。
男性監督はCGにお金をかけまくった映画をよく作りますが、女性監督はファッションやスイーツ、ポップミュージックにお金をかけまくるんだということがよ~くわかる一作です。
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August 12, 2007
ドイツ映画です。
ベルリンの壁崩壊以前に、東ドイツに実在したシュタージという名の諜報機関。その一員として、主人公ヴィースラー大尉は、劇作家ドライマンとその恋人であり女優でもあるクリスタの生活を一部始終盗聴し始めます。
このヴィースラー、前半は血も涙もない、ただ冷徹に党のためスパイ活動をする男として描かれます。それが映画中盤あたりから徐々に変化が見え始めます。
盗聴するヘッドフォンから聞こえてくるピアノ「善き人のためのソナタ」。不協和音を多用した、現代人の不安な心を表現した曲にじっと聴き入るヴィースラー。
こっそりドライマンの部屋から失敬してきたブレヒトの詩集を読みふけるヴィースラー。
エレベーターに乗って自室に戻ろうとするヴィースラー。そこに入ってくる小さな男の子。父が家庭内で漏らした東独のスパイ活動への愚痴を、ヴィースラーの前で何の気もなしに言ってしいます。それを聞いたときの、ヴィースラーの無表情ぶりがたまりません。
ついには、保身のため大臣の意のままになろうとして酒場で自暴自棄になりかけているクリスタを、一ファンのふりをして励まし勇気づけたりします。前向きに生きる勇気を得たクリスタは、大臣の所へは行かず、恋人ドライマンの部屋へ。二人の熱い抱擁が始まります。
その後、部下の残した盗聴記録(二人は激しく愛し合う。)を見てのヴィースラーの一言。「いい記録だ。」 それを全くの無表情で言うところが、すごくいいです。
こうしてヴィースラーは、盗聴を続けながらも少しずつ、二人の活動を陰で応援していくようになります。
結局ヴィースラーは、上司にその報告を怪しまれ、地下の閑職に追いやられます。「定年するまでだ。20年は長いぞ。」冷徹な上司の一言にも、やっぱり全く動じる様子を見せず、無表情なヴィースラー。
ところが20年も経たずにベルリンの壁が崩壊。老人となったヴィースラーは、ダイレクトメールをアパートのポストに配る(?)という地味な仕事で生計を立てます。相変わらす無表情で。
一方ドライマンは、壁崩壊後に大臣と再会し、自分が完璧にシュタージに盗聴されていた事実を知ります。それなら何故、自分は反体制分子として逮捕されなかったのか? 自分を守ってくれていた誰かがいたのだろうか? それは一体誰?
ドライマンは新たな作品を書きます。大きく書店の広告に出るドライマンの顔。その顔に気づいたヴィースラーは書店に入り、ドライマンの新作を手にします。表紙をめくると、そこには作者ドライマンからのあるメッセージが。それを目にしたヴィースラーは、本をレジに持って行きます。若い店員が聞きます。贈り物ですか? それに対してのヴィースラーの返事・・・その時の表情・・・。
よかったです。130分を超える長編ですが、このラストシーンの感動を味わうためなら何でもないと思います。ラストのヴィースラーの微妙な表情の変化をお見逃しなく。この時のために、それまでずっと無表情を通してきたのかと思うほどです。
エンドクレジットで流れる弦楽器の、最後の高弦の息苦しくなるような響きが、またなんとも言えません。
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August 04, 2007
中国(香港)映画です。でも原作は酒見賢一。「後宮小説」で第一回日本ファンタジーノベル大賞を受賞された方です。
マンガで連載されていた時に、ちょくちょく読んだことがあります。その時は、主人公の革離が、梁城防衛という目標達成のため、やたらと理詰めでクールだったのが印象に残りました。
映画では、女性との恋愛ドラマを入れる必要があったのでしょう。冷徹になりきれず、人情や愛に流されていく革離が描かれています。特に、墨家が見捨てた小国・梁の防衛に、墨家には無断で一人やってきて、しかも実戦は今回が初めてというあたり、墨家の天才戦術家集団の中でも、若手の青二才的存在としてキャラ設定されているのかもしれません。
それでも本作は、革離に向かって投げかけられる数々の痛いセリフが秀逸で、ぐさぐさと観る者の心に刺さります。
「 革離の負けです。革離は人間の本性を見落とし嫉妬を招いた。助けた相手の信用さえ得られなかったのです。完全な敗北でしょう。」
「 笑わせるな! 戦いはお遊びなのか? お前は民を持ち駒にして責任も負わず逃げたのだ! お前こそ戦の張本人だ。」
墨家が目指す専守防衛と日本の自衛隊。革離の掲げる、兼愛が戦争をなくすという理想。映画の中に、今の日本との共通点をいくつも見つけられるはずです。そんな情勢の中、革離の青さがとても魅力的な作品です。
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July 22, 2007
ちょっと地味なタイトルで損をしているのでしょうか。制作がディズニーということで敬遠する人もいるかも知れませんが、「この夏は、何にも見たい映画がないよう。」という方にとりあえずお薦めします。
アメリカの児童文学が原作です。たしか5年ほど前に、中学校の図書室にあったのを借りて呼んだ記憶があります。夢中になって最後まで一気読みしました。DVD観て気に入ったら、ぜひ原作もご一読を。
今回5年ほどたっているので、ほどよく粗筋を忘れていて、でも、見ているうちにどんどん思い出すという、ちょうどいい忘れ具合での鑑賞でした。
主人公の少年は窃盗罪(無実ですが)で、砂漠のど真ん中の厚生施設に送り込まれます。そこでは焼けつく太陽の下、一日一つ人格形成の名目で、深さ、直径ともに1.5Mの穴を掘らなければならない。ところがその砂漠の下には主人公たちの先祖の哀しいドラマが眠っていた。ドラマは現在と過去をいったりきたりします。そして両者がラストでは見事に一つに収斂されていくというパターン。爽快です。
「穴」というタイトルは、本当にこういう穴だったんだなあと、映像を見てつくづく感じ入りました。これはやっぱりアメリカ大陸の砂漠のど真ん中が舞台だからこそ生まれた小説なんだと。赤茶けた大地の中に無数にぽこぽこと開いた穴は、ファンタジー映画なんだけど、やたらリアル感があります。そういう過酷な状況が丁寧に描かれているからこそ、後半のありえないようなストーリーの展開にも、違和感なくのめり込むことができました。
日本でも、ゲーム感覚のサバイバル小説が何冊か売れているようですが、舞台が頭の中で考えて作りましたというのが丸わかりで、どうにもイマイチです。神は細部に宿る。やっぱり作家は、外に出て実体験したことを肥やしに書くものなんでしょう。
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July 15, 2007
手塚治虫の原作は連載中にリアルタイムで読んだ口です。下を向いた百鬼丸の顔から目玉がぽとりと落ちるシーンは、かなり衝撃的でした。TVのアニメも毎回見てました。「おまえらみ~んなホゲタラだ~い」というエンディングの歌もまだ覚えてます。たしか九尾の狐のエピソードは、アニメ映画にもなったはずで、おぼろげながら記憶が残っています。
さて、その「どろろ」が今回実写になりました。期待はやはりCG技術ですね。だって、どうせドラマ部分は巨匠の原作にかなうわけありませんから。
出だし、いきなりインドチックな衣装の女性が怪しくダンスするシーンで始まります。舞台を日本でない、国籍不明のどこかの国にしたかったとのことですが、その必然性が全く感じられません。ロケ地がニュージーランドだからですか?
取り戻した手や足がにゅううっと生えてくるシーンはなかなかよかったです。ワイヤーアクションはまあ、こんなもんかな。敵の剣先の動きを全く見もせず、やたらくるくる回る隙だらけの剣劇は、やっぱり「見てないのになんでかわせるんだよ。」と突っ込みたくなります。でも、百鬼丸演じる妻夫木君が実に美形で、止め絵のたびに見ていてほれぼれしました。この点は高評価!
原作でお気に入りだった「金小僧」や「万代さま」が、今回出てこなかったのはちょっと残念。次回作(作るのか?)で出してくれるのかな?
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June 11, 2007
ずっと、レンタルして見ようと思ってたのに、なかなか手に入らず、そうこうしているうちにテレビで放映されました。
香川県の財政がここまで苦しくなった理由が、本作のラストあたりで語られています。
「国から地方への補助金が出るというのをあてにして、巨額のハコモノを造るのはいいが、近い将来国からの地方交付税はばっさりカットされます。 結果、巨額の赤字が発生しますよ。それでいいんですか?」
まさに今の香川県そのものです。でも、国が地方を切り捨てるだろうということは、映画でも語られたとおり、県庁の方々はある程度予測していたはずです。それなのに、○ンポート高松やら、香川県○史博物館やら、本当によくもまあ、堂々とあれだけ無駄なものを造り続けられたものです。 映画でもそうでしたが、県庁の人たち、本当はどうなるか、みんなわかっているのに誰も止めなかったんでしょうね。そもそも、県民のほとんど誰も、こんな借金してまであんなもの造ってくれなんて言ってなかったはずです。(特に歴○博物館!)おかげで現在、福祉政策に回すお金やら公務員の給料やら、市町村にまわす補助金やらがまったく足らず、さまざまな基金(貯金)を取り崩してもやっぱり足らず、まさにお手上げ状態。第二の夕張市はうちんとこかい!!
そういうわけで、地元民としては、まさに涙無くしては見れない作品でした。 ラスト、心を入れ替えたように見えて、実は入れ替えてない知事、「香川県がこんなになったんは、一歩先よりも今現在ばっかりしか考えんかったあんたのせいじゃ。」と画面に向かって吠えましたよ、しくしく。
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June 04, 2007
邦画です。
なぜ讃岐うどんはここまで香川の文化として定着しているのか? なぜあの値段で、あの品質が維持できるのか。おいしいうどんに必要なのは良質な小麦粉とおししい水なんですが、讃岐うどんの原料である小麦粉はほとんどオーストラリア産だし、特においしい水が豊富な土地柄というわけでもなし。むしろ慢性的に水不足(笑)。別においしいうどんを作るために、その土地が香川県でなければならない必要性はどこにもないはずです。(最近になって香川県産の「さぬきの夢2000」という小麦粉を使ったうどんも出回っていますが、どうもオーストラリア産の小麦のほうが品質的にもコスト的にもよいようです。)
この疑問に対する解答を以前ある講演会で聞いたことがあります。それはセルフサービスが通用する県民性にあるというのです。
ここまで安くて、しかも人情味あふれる店が多数存在できるのは、客と店との間に信頼関係があるからだというのです。他県では、自己申告制によるお勘定など、考えられないとのことです。
ちなみに自己申告制とは次に述べるようなものです。
香川の地方のうどん店は、たいてい元が製麺所であり、学校給食や病院などに麺を納めることでわずかばかりの収益をあげていました。だから、近所の人のためにとりあえず製麺所でも食べられるようにしましたという形の店が多いのです。
そういうわけで、来店したお客相手にもうけようという意識があまりないため、お店のおじちゃん、おばちゃんは、客が何を注文したか、いちいち伝票に書いたりしません。食べた後、客が何と何を食べたか、お店の人に自己申告する形が主流です。
これは店側にとって、余計な店員さんを雇わなくてもすむため、そのぶんうどんの値段を低く抑えることができます。反面、客側も普通の飲食店のようなサービスは受けられません。ネギは自分で裏の畑に行って取ってきて刻めとか、どんぶりと箸は自分で持ってこいなどの、香川では有名なエピソードも映画の中で登場しますが、まあ、そんな感じです。
さて、讃岐うどんブームが巻き起こったころ、映画にあるように県外客が大挙押し寄せ、田舎道が大渋滞になったのは事実です。また、その客の中には代金を払わずに店を出て行く人がいたため、赤字になった店が続出したという話も聞きました。自己申告制というシステムに不慣れな客が多かったとして、その事情を差し引いたとしても、採算などほとんど度外視でうどんを提供してくれているお店の事情も考えてほしかったなあと思います。
黙っていても、正直に食べただけの代金を払っていくのが、香川の県民性なのだそうです。これはセルフサービスのガソリンスタンドが全国的に見て香川県にやたらと多いというデータからも裏付けされているそうです。
さて、映画の方ですが、主演のユースケさんは、細かい演技ができない方なんでしょうか? ナイーブなところもあるらしい役所なのに、あまりそういう風には見えませんでした。むしろ大雑把で無神経? 常に一本調子の大声でしゃべってましたけど、そういうキャラを演じていたんでしょうか? とにかく魅力的に見えませんでした。そもそもお箸の持ち方からして変ですよ。
主人公のお父さん役はなかなか渋い人なんですが、煙草吸うんですか? うどんにヤニの匂いが移りませんか?
ヒロインの小西さんは停め絵で見るとさほど魅力的ではないのですが、動いている姿を見ると実に魅力的です。でもうどん打つ時はそれなりの格好して欲しいものですが。
エンディングはなんだかよくわかりません。ああいう終わり方で本当に良かったんでしょうか?
まあ、なんだかんだと地元民なので辛口批評しましたが、でもうどんブームを懐かしく思い出すことができました。映画みた翌日にはしっかり地元のおいしいうどん屋に行きましたしね。
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May 27, 2007
韓国映画です。
でも音楽は久石譲です。巨大猪も出てきます(笑)。
朝鮮戦争まっただ中、「え? 戦争なんてやってたの?」みたいなド田舎の村で、北の兵士と南の兵士、それにアメリカ兵が共同戦線を張るという設定のファンタジー作品なのですが、「アメリカ大嫌い!」というテーマがビシバシ伝わってきます。
ラスト、村を守るために、彼らは共同してアメリカ軍と戦います。あ~あ、戦っちゃうのか~って感じです。
最近、韓国海軍は最新鋭イージス艦を就航したようですが、これも、アメリカ軍の助けを借りずに自国を防衛するためだそうで、ご立派なことです。
日本は国際間紛争を全て話し合い(=金)で平和的に解決すると公言している国なので、平和のためにもみんなしっかり働いて税金を納めましょう。
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May 20, 2007
邦画です。恩田陸の原作を映画化したものです。
本屋大賞受賞作はこうしてみると、毎回映画化されていますね。ということは来年は「一瞬の風になれ」が映画化?
原作の細かい心理描写を映像表現するにはちょっと無理があったようで、代わりに、あってもなくてもどっちでもいいようなエピソードがいくつも挿入されています。
歩き方もたらたらと、本当にこんなスピードで80キロ歩けるのかと思うくらいのかったるさです。私も20年ほど前、健脚大会なるものに参加しました。早朝にバスで県境まで送り込まれ、そこから学校まで、ざっと25キロの道のりを歩いて帰ってこい。ラスト5キロ、運動部は走れというものでした。その時の記憶ではもっと真剣に歩いてたように思います。たらたら歩いてたら日暮れまでに帰れそうになかったからかな?
本作の見所はやはりヒロインの多部未華子でしょう。意志の強い、ちょっと陰のある孤独な少女役がぴったりはまります。高校では「辛口娘」と名付けられていたようですしね。
多部未華子が泣くシーンに、はまってしまって困りました。それまでひたすら孤独にがんばっていた少女が、ある時限界を超えてしまい、自分の感情をコントロールできなくなる。その瞬間がぐっときます。「ルート225」でもそうでした。多分それが見たくて私は多部未華子の出演作を見続けているのかもしれません(笑)。
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May 16, 2007
2006年夏に上映された邦画、アニメです。「○○戦記」見ずにこっちを見ればよかったです(笑)。
リアルタイムでNHKのテレビ放送を見た口です。最後、ラベンダーの香りに大事なことを思い出しそうになりながらも、結局思い出せないまま通り過ぎていくヒロイン。あのエンディングが最高によかったです。その後の原田知世主演の映画も、妙な特殊効果にややヘキエキとしましたけれど、全体に尾道の魅力たっぷりで、最後ヒロインが彼との出会いに気づかず廊下を歩いていくシーンがこれまた素晴らしく、あれはあれでよかったと思います。
さて本作ですが、あちこちでタイムパラドックス(時間旅行をすると必ず生じる矛盾のこと。古典的なSF小説では、この矛盾をどう解決するかが作者のアイデアの見せ所でした。例えば過去に戻るとそこには必ず過去の自分がいるはずで、万一過去の自分に遭遇したらどうなるのか? どちらの自分が本来の自分なのか? とかです。)が解決されておらず、細かいことを言い出すときりがありません。自分が過去にタイムリープした時には、自分以外の人の未来を書き換えることができるのに、他人の力でタイムリープして過去に戻った主人公はなぜ未来の記憶が消えずに(書き換えられずに)あるの? とかです。まあ、でもそういう説明のつかない部分に目くじら立てるより、本作は迷わずヒロインの魅力にどっぷりつかるべきでしょう。
ラスト近く、ヒロインが泣くシーンがいいです。小さな子どものようにひたすら大泣きするのですが、これがものすごいカタルシスになります。心が浄化されます。人の気持ちを、自分の都合で勝手に書き換えてしまったことに対する深い後悔。純な気持ちがビシビシ伝わってきて、心を揺さぶります。
ラストは、今までの二作品の雰囲気を残すなら、「おまえこれ知ってるのか」「ううん、知らない」としらを切って、彼が未来に帰るのをぐっと耐えて見送る・・・とかがよかったかな?
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April 21, 2007
邦画です。
中学生の職場体験学習が全国的に広まってから、ずいぶんになります。10年くらいはたちましたか? 最近になって○○大臣が「最低5日の職場体験学習を義務づけろ」とか言っていたような気がします・・・。できるのか(笑)?
さて、その職場体験学習に関連づけて、必ず行う授業が、働くことの意義その三要素(職業三要素とかよく言われます)です。たいてい学級活動の時間に、さらには道徳もからめて行います。簡単にまとめると以下のようなものです。
1 社会性、 その仕事は誰かから(社会から)必要とされている仕事である。その仕事を通して、自分は社会に必要な存在なんだと実感できる。
2 個人性、 その仕事は自分の個性(特技)を生かすことができる仕事である。自分の好きなことと職業が一致しており、仕事が楽しい。
3 経済性、 その仕事によって自分が経済的に自立することができる。家族を養うことができる。
ところが、本作のヒロインは、どうやらこの授業を受けずに社会人になってしまったようです。あるいは授業中寝ていたか?
そういうわけで、ヒロインは三要素の2、つまり自分の特技を生かすイラストレーターの仕事を東京でやっているんですが、2ばかりにこだわり、1と3の要素を軽視したため、たった1年で自主退社という羽目に陥ります。
たまたま父親が骨折で入院したため、実家に帰って父の代わりに電気店を切り盛りします。そうこうするうちに、少しずつ1、つまり社会性に目覚めていくというストーリーです。
お話としてはまあ、ありがちなパターンです。そういうわけで、前半のヒロインの強情さにはちょっとヘキエキとするかも知れませんが、がまんして観ましょう。後半さわやかになるのはもちろんお約束。
驚いたのはヒロインを演じる上野樹里です。今まで彼女の出演する映画は5作、テレビは1作ほど観てきましたが、さわやか系、ほのぼの系、天然系など、様々でした。でもいずれも目がくるくるとよく動く、愛くるしいキャラだったように思います。今回のようにぶすっとした腫れぼったい目の女の役は初めてで、しかも見事に演じています。黙って見せられたら、最初上野樹里と気がつかないんじゃないでしょうか? 目だけでなく、顔全体までもが異様に腫れぼったいのは、常に寝不足状態にでもして撮影にのぞんだのか? とか想像したりしました。
しかし、この映画、中学の職場体験学習事前授業で使えるかもしれないなあ。
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April 15, 2007
アメリカ映画だと思います。舞台はメキシコのはずですが、登場人物は英語しゃべってますから。
プロレスの試合のギャラを孤児院の子どもたちのために使った実在の人物をモデルにした話だそうですが、この設定、「タイガーマスク」とそっくりですね。だから、ああいうシリアスなお話かと思ったら大違い、パッケージの写真を見て分かるとおり、主役は完璧にメタボリック入ってます。しかも監督が「バス男」のジャレット・ヘス。ベタなギャグの連発で、普通はそれがポンポンとテンポよく連発するのでしょうけど、この監督の場合、それがなんだか微妙な間の取り方なんです。慣れるまで、ちょっと時間がかかりますが、はまり出すと、結構ツボにきます。オート三輪に乗る時の、アクセルを指先でつまむ妙な儀式(笑)とか、あと、ラスト近くの試合のシーンで、主人公が苦戦しているところにあこがれのシスターが応援に来てくれる場面があるのですが、普通あの場面でスローモーションでにこやかに手を振るか? とか、まあ独特の演出が多いですね。
そうそう、主演のジャック・ブラックが試合の前に控え室で愛の歌を歌うんですが、これ、私は結構ツボにはまりました。
主人公がプロレスをする動機も、最初は特に「孤児のため」を意識しているわけではありません。途中神に祈りを捧げている時になんとなく気がつくみたいな(笑)。でもそのあたりが、我々の感覚と違うところなんでしょうね。普通試合でギャラがたくさん入るようになったら、まず自分の欲望を満たすか、あるいは自分のために投資するのが普通の日本人だと思います。それが孤児達のために食材を買っちゃったりするところが、ああ、メキシコだなぁと思いました。その食材なんですが、孤児の一人が「ああ、野菜サラダが食べたい」とつぶやくんですね。それで赤や黄色のパプリカをたっぷり使った色とりどりの野菜サラダを振る舞うんです。いや~、あれは本当においしそうでした。
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February 18, 2007
地元の「映画友の会(だったかな?)」で上映されていたのを見てきました。
よかったです。第30回日本アカデミー賞の各賞(なんと5部門も)を総なめにしたのも、うなずけます。
まず時代設定がよかった。昭和40年ですか? 国内の石炭産業が斜陽になり、次々と炭坑夫たちがリストラされていく場面が、なんだか今の時代とダブって見えます。
失業した彼らを再雇用するために会社が考えたのが、レジャー施設「常磐ハワイアンセンター」。ネットで確認するまで、今も営業しているとは知りませんでした。地元の方、これ読んでたらごめんなさい。
同じ炭坑の町夕張市が、ハコモノ作りまくったあげく財政破綻したのと比べると、はっきり明暗わかれたんだなあと、ため息が出てしまいます。柳の下にドジョウは二匹いなかったということでしょうか?
蒼井優が、その特技を最大限に生かしています。彼女がここまで踊るシーンは、「花とアリス」以来だと思います。「ハチミツとクローバー」みたいに黙っているよりも、こっちのほうが、ずっと蒼井優らしいように思います。
母親が娘の踊る姿を見て、それまでの考えを改めるシーンは、抑制が効いていて、かえってジーンときます。名作「リトルダンサー」を思い出しました。そういえば、あれも炭坑の町のお話でしたね。
フラダンスの先生(松行泰子)が列車に乗って町を去るシーンで、蒼井優が先生に気持ちを伝えるシーンがあります。お約束の別れのシーンではあるのですが、「ああ、こういう風にフラダンスを使う手があったのか!」と心から感心しました。
実話を元にした映画ということで、地元の方々は当時きっとこれに近い、いやこれ以上の葛藤を抱えていたんだろうなと思うと、感動も2倍3倍です。
蒼井優の親友、早苗役を演じた徳永えりが、なかなかいいです。蒼井優と二人で最後までがんばるのかと、本気で思ったくらい存在感ありました。それだけに途中、大人の事情により夢半ばにして町を去らなければならないシーン(しかも行き先が前述の夕張!)は、見ていて悲しかった。この作品をきっかけにブレイクしてくれることを願っています。
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February 11, 2007
邦画です。
アダルトチルドレンのお話です。そのままではどうしようもなく暗くなってしまうので、音楽や踊りでエンターテイメント調に仕上げてみました、という感じ。全体の色彩も、やたらと原色こってり乗せています。ラスト30分で、松子の一生に救いがあるように持ってきているので、見終わった後の印象は「ああ、よかったなあ。」となると思います。
ところで、アダルトチルドレンをネットのフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で検索すると、
『親の愛情が無条件の愛ではなく、何らかの付帯義務を負わせる「条件付きの愛」が問題となる。これが継続的に行使される家庭では、子どもにとって親の愛を受けるためには常に親の意向に従わなければならず、親との関係維持のために生きるようになり・・・』
とあります。まさに、病気の妹にばかり向かう父親の愛情を自分に向けさせようとあの手この手で苦闘した松子そのものです。さらにその症状として『本音を言えるような場面で嘘をつく。 他人と親密な(心の通った)関係がもてない。 常に他人から肯定され、受け入れられることを求めている。 従うことに価値がない場面でも、従いがちである。 自立的な判断と思考の欠如・周囲の期待に合わせようとする。 ストレートに「いやです」が言えない。甘えと愛情、依存、しがみつきの区別がつかない。 自分を殺して、違う自分、期待されている自分を演技してしまう。 』 などがあげられていますが、これらもまさしく松子そのものです。ストリッパーという職業や、AV女優という職業を選んだ女性はかなりの高確率でアダルトチルドレンであるようです。このあたり、くわしくはノンフィクション「AV女優」をご一読ください。
そういった現実を知った上でこの映画を見ると、「ああよかったな。」では 済まされない気持ちになります。「ああよかったな。」と思うのは見ている我々であって、決して松子本人が救われたわけではないからです。
多少なりともアダルトチルドレンが生まれる環境で育ったことのある人が、この映画を見た場合、松子の生き方に激しく同調するものと思われます、主演の中谷美紀もおそらくそうなのではないでしょうか。
この映画が大ヒットしたということは、日本にはそれだけ不健全な家庭が数多くあるということになるのでしょうか?
すべての家庭が、どうか健全であってほしいと強く願わずにいられません。
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February 04, 2007
邦画です。
「時効警察」や「亀は意外と速く泳ぐ」と同じ三木聡監督の作品です。なんでも2002年には完成していたそうです。電車男のヒロイン伊東美咲が、幻想世界の少女役で出演しているんですが、そういうわけですごく若いです。
三木監督の作品ですから、例によって小ネタの連続なんですが、本作は特にそれが徹底しています。いちおう本筋らしきストーリーはあるのですが、まあ、あってなきが如しです(笑)。怪しいキャラが次々出てきて息つく暇もありません。
ヤクザさんに、「お前らどうやって食ってんだよ」と聞かれ「いやそれが不思議なんすよ、こう一日ブラブラしてても何かしら食えちゃったりして。」と答える主人公たち。ニートが問題になりだす以前から、就労に関する価値観をテーマにした作品、さりげなく撮ってたんですね(笑)。
川の中で生活している変なおじさんが登場します。インバさんと言います。この人のセリフが、三つほどあるんですが、いずれも名言ばかりです。なにげに本作のテーマに深く関わってたりします。なんだか心にしみる今日このごろです。
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January 28, 2007
邦画です。
妻が去年の秋に劇場で見て、帰ってきた時にまず最初に言ったセリフが「美形が次から次へと出てきて、幸せな気持ちに浸ることができました」というものでした(笑)。
少女コミックが原作の美大生群像劇です。去年「のだめカンタービレ」という音大生群像劇が大ヒットしましたが、この映画も美大生の生活を見事に描ききっています。普通の人とはちょっと違うファッションセンスの学生たち。キャンバスの雰囲気も違います。小物も細部にいたるまでこだわっています。
ヒロインのはぐみは、絵を描かせれば天才的。子どものころにみんなが持っていたはずの「匂いだけでも絵を描ける」感受性を今も失わっておらず、鮮やかな色彩の作品をダイナミックに描き上げます。ただ、こういうキャラはたいていの場合社交性に欠けていて、一人でどんどん暴走するか、奇妙な行動を繰り返して周りから完全に浮くかする(のだめもそうでしたね)ものなんですが、本作では「一人で外で食事ができない」口数の極端に少ない、でも言う時は「あの彫刻、一週間前の方が良かった」と核心をずばり突く。けれども全体としてはハチミツのようにふわふわとした柔らかい輪郭の少女として描かれています。それを蒼井優が見事に好演。
本作でお気に入りのセリフをいくつか。
「いいかげん負けることも覚えないと、こっから先の人生、たいへんなことばっかりですよ」
「本当におればっかり恋してたんだなあ」
その他多数(笑)。ネタバレになるのでこれ以上は自粛。
5人の登場人物が全員片思する切ないお話なんですが、はぐみに恋した竹本君の天然記念物的まっすぐ素直キャラが、この作品を暗くしていません。いいですね、櫻井君。
時々流れるピアノのシンプルな旋律がまた美しい。音楽は菅野よう子さん。映画音楽だけでなく、アニメやゲームミュージックの世界でも有名な方ですね。
家で32インチの液晶テレビで見始めたら、妻が「なんでこれを小さい画面で見るの? せっかくうちには100インチがあるんだからそっちで見ればいいのに」。忠告に従って、100インチに換えて見たところ、これが大正解。次々に出てくる巨大作品を心ゆくまで堪能することができした。皆さんにもぜひ大画面で見ていただきたい作品です。
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January 14, 2007
邦画です。
江國香織の同名小説を、森田芳光が映画化したものだそうですが、原作は読んだことありません。
三十すぎた兄弟が、仲良く暮らすお話です。男二人で毎日一体何をするのかというと、紙飛行機を作って飛ばしたり、DVDを観たり、鉄道模型にはまったり。オタクと言えばオタクな二人です。あんまり仲良くオタクの世界にはまってしまっているモノだから、いつまでたっても結婚できないのでしょう。
とはいえ女性にまったく興味がないわけではない。ドラマはそんな二人が、レンタルビデオショップのきれいな店員さん(沢尻エリカ)や小学校の先生(常盤貴子)をカレーパーティーに招待するところから動き出します。と言いたいところですが、二人とも基本的にいい人すぎるものですから、激しくドラマが動くこともなく、むしろ兄弟以外の人物のストーリーのほうがあれこれドラマティックだったりします。
現実にこんな兄弟が身近にいたら、まず間違いなく「変な兄弟」と思ってしまうでしょう。それに本当の生身の男であれば、あんなきれいな女性が接近してきたら、もっと煩悩が悶々と立ち上がり、こんなノホホンとした人生は送れないと思います(笑)。
でも、女性の立場で見れば、もし本当にこんな兄弟がいたら、天然記念物か人間国宝にでも指定して、大事に保護したくなるのかもしれません。ラスト近くの、沢尻エリカとその妹(北川景子)の会話のシーンでそう感じました。
兄弟の母親役になんと、中島みゆきが出演。ちょっと変な兄弟を育てたやっぱりちょっと変な母親役を好演しており、かなりびっくりです。小学校の先生役を演じている常盤貴子や、間宮兄の会社の上司役を演じている高嶋政宏も、ひょっとして新境地を開拓したんじゃあないでしょうか。今までとは違うイメージで熱演しており、こちらもびっくりしました。
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December 16, 2006
アメリカのコメディ映画です。
粗筋としては、かつてプレイボーイでならした初老の男に差出人不明のピンクの手紙が届きます。それはかつて男がつきあった女性からのものらしいのですが、はて一体誰なのやら? 男は差出人を確認するための旅に出る・・・という感じです。
普通のコメディと違って、わかりやすいギャグはありません。まず、「あれ、今の何か変だぞ?」という情報を、必要最小限に示します。その後思い切り長い間が入ります。見てる方としてはその時間に「さっきのは一体なんだったんだ?ひょっとしてあれか? いや、それともあっちのほうか? え? だとしたら、これってすごく間抜けなんじゃあ?」などといろいろ想像してしまいます。ついには耐えられなくなって笑ってしまうという感じです。
ラストシーンなんか、とくにそのパターンが大爆発! ぐるぐる回るカメラの中心で主人公も観客も同時に「え、今のはひょっとして???」状態に突入します。
主役のビル・マーレイがまた、哀感漂って実にいいです。旅先で「もう帰る」とかなんとか言いながらも、事故で死んでしまったかつての彼女の墓参りもちゃんとするマメさがまたなんとも。 きれいな中年女性(結構有名どころばかり)や若いお姉さんもたくさん出てきます。旅の間にカーラジオで聞くCDがまたいい感じです。
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December 09, 2006
タイの映画です。
ふざけたタイトルですが、実際はアフロがサッカーするというよりも、タイの山岳少数民族であるサガイ族がサッカーする話ですね。
当初、少林サッカーをまねて、タイ風味に仕上げたお手軽映画かなと思っていました。随所にそういうシーンはありますし、本家に比べてCG処理が思い切りチープなのも笑えました。サガイ族がサッカー国王杯獲得のため密林からバンコクに出てきて、都会の毒に負けそうになりながらも栄光を掴むというストーリーもありがちな展開です。監督が八百長試合で負けることにより借金を返す道を選ぶか、サガイ族のサッカーに対する情熱を取るかで葛藤するあたりも、まあお約束。
しかし、本作の見所はそんなところではありません。、タイ国王がタイ人にとってどのような存在であるかを示すためのもう一つのストーリーがからんでくるのです。ラストシーンは、今の日本映画界では決して創れないような神々しい光に満ちあふれています。こう来るとは予想もしていなかったので、はっきり言って度肝を抜かれました。昔は日本の天皇陛下にも、これくらいの御威光がおありだったのかもしれませんね。
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November 11, 2006
邦画です。
原作は藤野千代。1999年に芥川賞を受賞した方ですが、本作は児童文学として書かれました。中学校の図書室にあったのを、4年くらいまえに読んだ記憶があります。不思議なエンディングで、強く印象に残りました。普通はこういうパラレルワールドにはまりこんだ兄弟は、知恵を出し合って無事元の世界に帰るというのがパターンなんですが、そうはなりません。
理不尽かつ納得できない世界に反発し、そんな世界に対して自分にできることは何かを考え、ベストを尽くしてみる。それでも世界が変わらないなら、その時はその世界に適応して生きていくしかない。自分が変われば世界は案外何でもない顔をして、自分を受け止めてくれる。どんな世界でも、そこで生きていこうという気持ちがあれば、それなりに生きていくことができる。
作品では姉弟がパラレルワールドに迷い込んだ設定になっていますが、現実ならば、例えば突然交通事故で両親が死んでしまった。そしてその事実を受け止めることができない姉弟の心象世界という風に見ることもできます。このあたり、見る者がさまざまに想像を膨らませることができます。
さすが芥川賞作家の作品。児童文学とはいえ、奥が深いです。こういう結末は、普遍的なメタファーとなって、読者の心をゆさぶりますね。昨今のチャラチャラと林立した新人賞の作品とはひと味違います。
映画も原作の雰囲気をていねいになぞっています。なんといってもキャスティングがすばらしい。クールで強い姉役の多部未華子といい、情けない弟役の岩田君といい、ぴったりはまってます。特に多部未華子の、少女が成長する途中で見られる、妙に潔癖でそれでいてどこか不安定な雰囲気は、深く印象に残ります。
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November 04, 2006
伊坂幸太郎原作の映画です。
原作とはストーリーを大幅に変えています。従って原作を読んだ人もラストどうなるか、わからないようになっています。
ただ、原作では成瀬がもっと完璧に「敵を欺くにはまず味方から」を実践していたのに対し、映画では愛に走ってしまったらしく(笑)、予想外の登場人物にかき回されたり、果ては味方にまで出し抜かれるなどあちこち詰めの甘さが目立ちます。伊坂幸太郎FANの娘が「こんなの成瀬さんじゃないやい(怒)!」と憤慨しておりました。見終わった後の爽快感に乏しいのも、そのあたりに原因があるのかも。
愛に走らないほうが伊坂幸太郎テイストが出ると思うんですがねえ。
終盤のカーチェイスで、交通整理ロボットが何体か出てきます。最後のロボットの顔に張ってあった写真って、もしかして・・・。
あ、あとエンディングロールが始まっても、必ず最後まで見ることをお勧めします。
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October 23, 2006
原作は2年以上前に読んだのですが、おかげでほどよくストーリーを忘れており、新鮮な気持ちで映画を見ることができました。義弟義弟と冷たく言い放ち、博士とはなんでもないふりをする浅丘ルリ子が怖かったです。原作ではどういう関係でしたっけ?
主演の深津絵里。登場した瞬間、「お師匠様!」と画面に向かって叫んだ西遊記Fanは、私だけでしょうか(笑)?
初めて深津絵里を見たのは、友人が持っていたレーザーディスクの映画でした。タイトルは忘れましたが、女子高生3人組が水源地を求めて旅する話だったような・・・。その時は、まさかこんなに息の長い、演技のできる女優さんになるとは思ってもみませんでした。もうだいぶお年を召していると思うのですが、本作ではさりげないカワイ子ぶりっこが何とも言えません。
大人になったルート少年を演じるのは、吉岡秀隆。「三丁目の夕日」の茶川先生とはだいぶイメージが違ったらしく、いっしょに見ていた息子(中3)は、言われるまで気がつきませんでした。さて、そのルート先生ですが、博士との出会いを交えて数学の魅力を語る授業が実に面白いし素晴らしい。超ベテランの域に達しています。あんな授業ならいくらでも受けたいと思わせます。女子生徒の「ありがとうございました。」の声にぐっと感動。これがまた、声だけというところがいいです。
音楽は加古隆。小泉監督は「阿弥陀堂だより」でも加古さんの曲を使ってましたね。単調なリズムの繰り返しの中から、ドラマが見えてくるような音楽で、いい雰囲気だしています。
暇があったらもう一度原作を読んでみようと思います。
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October 13, 2006
フランス映画です。
どうも普通の映画のように、最後には明確な答えがあるものだとばかり思っていたものですから、てっきりラストシーンは犯人が登場するものだとばかり思っていました。で、3回見直してやっとわかりました。やっぱりこれを見ただけでは犯人わかりません(笑)。
犯人はわかりませんが、映画の重要な登場人物二人(ネタバレになるので誰なのかは内緒)が、なにやら会話をして別れるシーンでこの映画は終わります。これが何を意味するのか、様々な解釈が可能です。
フランスって、私にはよくわからないんですが、ニュースなど聞くと、どうやら移民に対して差別的な雰囲気が強いようですね。この映画でも、主役の男性ジョルジュは、人種差別意識が強いように描かれています。特に、自転車に乗った黒人青年とぶつかりそうになった時の態度がそれを端的に表しています。さらに回想シーンではジョルジュがかつて、一緒に暮らしていたアルジェリア人の少年に対し、どんな非道なことをしたのかが、少しずつ描かれます。さらにジョルジュは、そういった過去を思い出しても、一切反省も後悔もしようとしません。おまけにそういった醜い自分の過去を隠そうとして、かえって妻からの信頼を失います。
ジョルジュは文学に関するテレビ番組を任されている上流知識階級の人間です。ということは、これがフランスの上流階級の一般的な姿なんだと、監督は訴えたかったんでしょうか?
ちなみに状況証拠から考えると、犯人は鶏首ちょんぱのシーンを知っている人物に限定されます。ということは・・・「隠された記憶」がトラウマとなり、自分でも気づかぬうちに自分を苦しめていた・・・ということでしょうか?
父親同士はついに最後まで理解し合えずに終わってしまった。ではその息子たちは、次の時代をどのように生きていくのでしょう? 例のラストシーンは、それを見るものに問いかけているような気がしてなりません。
固定カメラによる長回しが多く、場面を盛り上げるための音楽もまったく使われていないため、忍耐強い人でないとお薦めできない映画です。
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October 07, 2006
邦画です。でも舞台はフィンランドだったりします。
フィンランドと言えば、カウリスマキ監督の「顔のない男」とか「レニングラードカウボーイ」とか思い出しますが、わりとあんな感じに近いです。深刻に描こうと思えばいくらでも深刻に描けそうな設定なのに、どこかのほほん、ほのぼの~としていて、心が癒されます。冒頭の「ガッチャマン」のハモりや、主人公が毎晩律儀に行う合気道の「膝行」、日本オタクのフィンランド青年が着ている怪しいTシャツの数々など、なんとな~く笑えるエピソードも満載ですし、まるまる太ったカモメや猫やおばちゃん3人衆も良い感じです。
登場する3人の日本女性がまた、素晴らしいキャスティング。「たしか予告を見た時は、食堂を切り盛りする女性は3人だったよな。ということはそろそろ3人目登場だよな。」と、どきどきしながら見てたんですが、予想を遙かに超えてすばらしかったのが、もたいまさこ。実に貴重なキャラクターです。また主役の小林聡美が、後半どんどん生き生きとしてきて、きれいになっていくのもよかった。
3人ともそれぞれにフィンランドに来ることになったそれなりの事情とかおありなんでしょうが、映画ではその辺り実にさらりと流します。かえってそれが、この映画に深い味わいをもたらしています。全体の照明も自然光に近い感じで、ナチュラルです。
ラストの井上陽水の曲も、映画のエンディングの雰囲気にぴったりマッチ。ドラマティックで疲れる展開の映画に飽きた人にはぜひお薦めしたい一本です。
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September 11, 2006
韓国映画です。
怪獣映画なんでしょうけど、従来の作品と違って、物語序盤で怪獣グエムルがその全容を、これでもかとスクリーンいっぱいに見せてくれます。普通はしっぽだけとか、出し惜しみしますよね(笑)。 ナマズっぽいデザインもなかなかよいです。しっぽを使ってぐるんぐるん回るアクションも素敵!
主役のソン・ガンホが相変わらす良い味出してます。悲惨な内容なのにどこかユーモア漂うのは、この役者とポン監督の二人によるところが大でしょう。
「リンダ・リンダ・リンダ」でヴォーカル担当していたぺ・ドゥナがアーチェリーの名人を演じています。颯爽としてます。ラスト、おいしい所持っていきます。これ以上はネタバレなので黙!
突っ込み所としては「ウイルスと細菌兵器は全くの別物だろ」とか「浮浪者の親父、途中から出てきたにしてはラストで大事な役もらってるのは何故?」「韓国の軍隊は何やってたんだ」とかでしょうか。あと、韓国人って、駐留米軍のこと結構嫌ってるのかな? とか思ったり・・・
全体として今までの怪獣ものと、はっきり違う個性を持った作品になってます。見て損はないゾ!
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September 05, 2006
いやあ、父親(宮崎駿雄)を乗り超えるのは、やっぱり難しいんですねえ。
キャラをわざと少ない線で描く。という試みは立派ですが、うまくいっていません。宮崎駿雄監督は「カリオストロの城」で、少ない線でも見事に各キャラを描き分けていましたが。
主役の少年も少女も、顔の雰囲気が、ちょっと角度が変わっただけで激変していました。「これ、さっきの顔の人と違う。別人だ。」と、何度も思いました。線を少なくするのなら、各キャラの違いを明確にするためのデフォルメが必要なのではないでしょうか? そのあたり、制作現場での意思統一がなされていなかったような気がします。
「未来少年コナン」では、第一回放映時のコナンの顔が、自分の絵コンテとあまりにも違っていたのに激怒した宮崎駿雄監督が、二回目放映分からは自らチェックして書き直させたというエピソードがあります。
「風の谷のナウシカ」では、今ではエヴァで有名な(でも当時は無名だった)庵野監督に、何度も何度も巨神兵のカットを書き直しさせたという(これは結構有名な)エピソードもあります。
ラストの魔女の描写も、本当にあんなのでいいんですか? 素人が描いたみたいな絵なんですけど。
監督の仕事は、できあがった作品が自分のイメージと違う時に、徹底してダメを出す事なのではないでしょうか? その点で宮崎吾朗監督の力量は、父親に遠く及ばないと私は厳しく評価します。
脚本も説教くさいイメージが強くて・・・。哲学の本じゃあないんだから、セリフだけで悪役を説得したりとかはしないで欲しい。映画の場合、最初主人公が葛藤する場面があり、途中誰かからの影響を受けた主人公が最終的にどういう行動をとるようになるかが大切だと思うのですが。心に深い傷を持つ少年が、大魔法使いのどんな行動に影響を受けて変化していくのか。あるいは少女テルーのどんな行動に感化されるのか。そういった描写をていねいに説得力のある形で映像化して欲しかった。例えば、子ヤギを産んだ母ヤギが出血多量で死んでしまう。「あんた、魔法使いならなんで魔法で助けなかったんだ?」と叫ぶ少年。静かに語る大魔法使い。「これが生と死というものなんだ。」あるいは「私はただの魔法使い。神ではないのだよ。」みたいな・・・。畑仕事だけではどうにも・・・と思うのですがいかがなものでしょう?
テルーの「命を大切にしない奴なんか・・・」のセリフも、あまりにありきたりです。おまけになぜ彼女がそういうセリフを言うようになったのか、その背景が語られていません。例えば大事な人がテルーを守るためにあっさり命を落とした過去があり、テルーはそれがトラウマになっているとか・・・。
また、「なんでそうなるの?」と疑問符のつくシーンが多すぎます。ネタバレになるので多くは書けませんが、例えば冒頭の少年の突発的な行動の意味からして、すでに訳が分かりません。
テルーの歌はよかったです。全部アカペラというのもよかった。まあ、どういうきっかけで二人の心がうち解けていったのか、描写が不十分でしたが。
できればエンディングロールも、あの歌を(オーケストラヴァージョンにして)もう一度聴かせてくれたらよかったのに。
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August 26, 2006
金曜ロードショウでやってたのですが、なんと途中からNHKスペシャル「熱闘612球・早実VS駒大苫小牧」が始まったものですから、タッチの残りは録画してNHKの方を優先して見ました。
見比べるとあまりに差が大きすぎて愕然! 斉藤君と田中君の、あの真剣なまなざしのすばらしさ。一つのことに打ち込むひたむきさ。その十分の一も映画の役者は演じきれていない。本物を見た後では「こんなの嘘だ~」という感想しか出てこないのです。ストイックに甲子園で投げ続ける者が持つ雰囲気の、これっぽっちも感じさせてくれない。
最後外角のストレートに空振り三振を喫した後、空を見上げて「ああ、これで俺の夏は終わったんだな。」とでも言うように、さわやかな笑みを浮かべる田中君。校歌を歌い終えた後、それまでどんなピンチでもずっと自分の感情をコントロールしてきたのに、ついに抑えきれなくなって泣く斉藤君。本物にはこんなにも人の心を揺さぶる感動シーンがあるというのに、一体この映画はどうしたというのでしょう?
きっとこの映画だけ見ればよかったんでしょう。本物と比べたのがいけなかったんですね。
長澤まさみは昔から好きだし、長い手足で走って野球場に向かうシーンはいいんですけど、それにあれだけ時間を使うっていうのがなんだか・・・ただでさえ原作あちこちはしょってるのに! もっと大事なエピソードあったんじゃないの? いや、ひょっとして監督はこれが一番撮りたかったんですか?(笑)
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August 20, 2006
BS夏休みアニメ特番だったと思います。妻が「あ、フランスのアニメだ。見たい。」と言うので、それではと、さほど期待もせずに見ました。
残念ながら字幕じゃなくて日本語吹き替え。なにしろ夏休みアニメ特番ですからね(笑)。お子さんが見ることを強く意識してらっしゃる。
また、アニメといっても黒い影絵です。動きももちろん二次元世界で平面的。
でも、すごくよかったです。影絵だから登場人物の表情とか、全然わからない。それがかえって見るものの想像力をかきたてます。それにリアルなジャパニメーションばかり見ていると、こういう平面的な動きのものは、かえって新鮮です。そればかりか、寓話性が強く伝わってくるように感じます。
六つの短編でできていますが、テーマはいずれも人の愚かさとそれに打ち克つ賢さ、それをユーモアとエスプリで包んで表現しています。また、細やかな切り絵の美しさと言い音楽と言い、いずれも芸術性が高く、さすがフランス映画と感心させられました。
調べてみると監督は「キリクと魔女」でお馴染みのミッシェル・オスロ監督。道理でね!
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August 06, 2006
2004年フランスの作です。
全部で2時間30分もある長編ですが、見始めるとすっかり夢中になってしまう面白さです。何が面白いかというと、世界観が日本の常識とまるで違うところです。
舞台は1992年のボスニア紛争。セルビア人とムスリム人との間で戦争があった時の話で、どうやら実話をもとに作られたらしいです。
シンプルに言えば、捕虜の女性と恋に落ちてしまった中年男性のお話。でもそういう粗筋は、この作品の面白さとほとんど関係ありません。
まず主人公の奥さんのキャラのぶっ飛び具合に唖然とします。主人公の息子の友人もまた然り。主人公だけが唯一まじめでちょっとおタクな趣味(鉄道模型)を持つ、どちらかというと日本人的キャラクターかと思いきや、後半からはもう、恋は盲目状態で突っ走ります!!
でも、もっと大事なキャラクターは、実は人間ではなくて、犬や猫、ロバたちなんです。特にロバ。一番最初に出てきたので、一体何の伏線なんだろうと思ってましたが、まさかラストでああくるとは!! まさにタイトルどおり、ライフ イズ ミラクルです。
この監督の作品は以前BS-NHKで「パパは出張中」を見ましたが、やはり個性的で魅力あふれるものでした。エミール・クストリッツァ監督。舌を噛みそうな名前ですが、覚えておこうと思います。
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July 14, 2006
アメリカ映画ですが、舞台は第二次大戦後のヨーロッパです。
地図帳見ながら鑑賞しました。
社会主義国で政治犯の子どもとして強制収容所に収監されていた少年が、ある人物の援助により脱走するというストーリーです。ブルガリアからデンマークに逃げるのに、なぜイタリア経由なのか? 一直線に北のロシア突っ切って行きゃあ近くていいじゃん。とか思って見てたんですが、当時のロシアはバリバリの社会主義。とても通れる状況じゃなかったんですね。
よく似た映画を数年前に見ました。ドイツ映画「9000マイルの約束 」・・・シベリアの収容所に入れられた男が脱走し、極北地帯を歩いてドイツまで3年かけて帰るお話。違いは主人公が中年おじさんか、それとも十二歳の少年か、という所。
ではなくて(笑)・・・今作は、収容所生活のせいで自然な微笑みができなかった少年が、逃避行の中で人々の無償の愛に触れあううちに、徐々に笑うことができるようになるというあたりがキモですね。
中盤に来てもまだイタリアあたりをうろうろしているものですから、これ本当にデンマークまで行けるの? と不安になりましたが、終盤からストーリーはあれよあれよと進みます。あまりにとんとん拍子なので、最後のシーン、心の準備が出来てないうちにやってきちゃいました。
登場人物みな英語をしゃべるのにかなり違和感感じました。また、一部バックに流れる曲がまるっきりアメリカ~ンな時があったり・・・。
原作はデンマークでベストセラーになった児童文学らしいです。
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June 30, 2006
なぜかDVDで発売されていないらしい邦画です。2000年公開の作品です。
多少ネタバレしますので、ご注意を。
ボーイソプラノ美しいです。
それから、主役の少年、道夫君のまっすぐ前を見る視線がいいです。
まさか彼が後にTV版「電車男」で主役を演じることになるとは! って感じです(笑)。
合唱が美しいです。とくにラストシーンのポーリシュカポーレ。
解釈としては、康夫君がボーイソプラノのままでしたから、道夫君あるいは康夫君の空想の中でのコンクールなのでしょう。もし声変わりしてなかったら、コンクールではこういう合唱ができただろうなという、あるいは優勝できたかな・・・とか。
現実には康夫君は声変わりしてしまっていて、歌えなくなっていましたから。たしかパーカッション叩いてましたね。
面白かったのは女子合唱部との合同練習のシーン。とくに腹筋を鍛えるところ。なにしろ今は絶滅してしまったブルマ姿の女の子、しかも「最悪~」とか「サイテ~」なんて言葉は絶対知らないっていう感じのピュアな目をした女の子ですよ。その子たちが、体育館の床に仰向けに寝ている男の子たちのお腹をぎゅっぎゅっと押すのですね。夏の合宿ですから、ご丁寧に扇風機持参!女の子の額から汗がぽたぽた落ちます。
え? どこにって?
そりゃあ、口を開けて腹式呼吸の練習している男の子の上にです。
も~う、どきどきしちゃいました。
実際にこんな合宿があったとしたら、さぞや男の子たちはその夜、もんもんとしたことでしょうね。
アダモのポスターも笑いました。よくあんなものあったなあと。実際ぼろぼろのポスターでしたから、本物なんでしょうかね?
康夫君が声変わりしちゃったのは、やっぱりあっちのほうで刺激を受けたからかなあと・・・。たしか爆弾テロ女に誘われた後でしたよね。どこまで誘われちゃったのかは、まあ適当に想像しておくということで・・・。
ラスト近く、廃材置き場での焼け焦げたレコードの発見は、彼女との想い出であるとともに、ボーイソプラノとの別れ・少年期との別れの象徴でもあるのでしょう。
成長とともに人は、美しいものまで失っていく。哀しく美しいお話です。
前半は友人との出会いと合唱を通して成長する道夫君のお話、後半は康夫君の成長と悩みの過程、それを助ける道夫君という感じで、いろいろ楽しめる映画でした。道夫君が康夫君に代わって太宰治の名作を朗読するシーンは、泉谷しげるの名演技もあわせ、なかなかよかったです。
康夫君はまだまだこれからも、いろいろなことにぶつかって苦しんで、でも少しずつ大人になっていくのだろうな、と思いながら映画を見終わりました。
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June 15, 2006
アメリカのコミックが原作の映画です。 この手のアメリカの映画の感想って、久しぶり!!
ゴム人間が出てくるんですが、日本のアニメにもたしかそういう方、いらっしゃいましたよね。どっちが元祖なんでしょうか?(笑)
それはともかく、実写でCG使ってゴム人間を表現するとこうなるのか~ってな感じで楽しく見させていただきました。ゴムで果たして強力な敵に勝てるのかと、最初不安に思っていましたが、ものは使いようとはよく言ったもの。ラストの勝負、力ではなく、知恵の部分で決着がつくというところがよかったです。
でも、主役の男優さんと女優さん、もう少しきれいな人いなかったんでしょうかね?
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June 07, 2006
2002年、中国の映画です。 妻が以前映画館で見て、背景の山がとにかくきれいな映画だと言っておりました。幸いBSでかかったので見てみました。山だけでなく音楽も素晴らしい!
1980年代初め、湖南省西部山岳地帯が舞台となっています。足の悪くなった父の代わりに息子が郵便配達をするというシーンから始まるのですが、その距離、なんと三日で223キロ! 時速5キロで一日14時間以上歩きづめの計算です。
話の大筋としては、父の仕事の意義を息子が少しずつ理解していき、親子の絆が深まっていくというパターンですね。 映画序盤では父のことを「あなた」と呼んでいたのに、中盤からは「お父さん」と変化していきます。最近の邦画では「山の写真集」がこれによく似たパターンでした。また、目の見えない老婆を安心させるために、うその手紙を読んで聞かせるシーンなんかは、先日紹介した「セントラルステーション」を彷彿とさせます。
途中出てくるトン族の娘は、父に言わせると「激しい!(笑)」でも、活発そうで魅力的です。竹を打ち鳴らす踊りと山岳民族の歌も素晴らしい。
母の寂しさを父子が想像しあったあとで、息子がついと紙ヒコーキを投げます。このシーンが抜群に美しい。そして、父親からの郵便配達の仕事のレクチャーが一通り終わったところで、今度は息子から父親へ、家のことや村のこまごまとした人間関係、母親の病気の手当のことなどのレクチャーが始まります。立派に成長した息子を実感する父親の表情がこれまた素晴らしい。
助演男優賞には、犬の次男坊を強力に推薦します。ラスト、父の所に戻ってくる次男坊を息子に向けて送り出すシーンには涙腺がぐっときました。
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May 22, 2006
2年ほど前のアメリカ映画です。
アメリカ映画だと言うのに、なんと! 誰も死にません。何もぶっ壊れません。お色気シーンすらありません(笑)。
オープニングクレジットからして超低予算。でもいいアイデアです。
一言で言えば青春映画なんですが、普通の青春映画とは違います。なにしろ主人公は背は高いのに、妙なブーツをはき、口はいつもぼーっと半開き状態。しかも相手の目を見ず、伏し目のまま自分の言いたいことを一方的に話します。コミュニケーション能力まるでなしの、日本なら間違いなく誰からも相手にされない引きこもりタイプ。実際、ひきこもりの兄が登場します。
「リンダリンダリンダ」が日本のゆるくだる~いリアルな青春映画なら、こちらはアメリカの田舎町アイダホの、ゆるくだる~いリアルな青春映画ですね。ダンスパーティーでかかるシンディ・ローパーの曲が懐かしい。
ラスト近く、ちょっとだけ彼女とまともな会話が成立します。わずかだけど成長したかも知れない高校生たちの姿がいいです。(ちょっとだけってところがね!)
邦題は日本の「電車男」を意識したんでしょうけど、内容はまったく違います。おたくっぽいところは似てるかもしれないけど、ああいったノリを期待して見に行った客は怒るんじゃないかな? 原題の「ナポレオン・ダイナマイト」のままでよかったんじゃないでしょうか。
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May 08, 2006
ちょっと前のブラジル映画です。ブラジル映画で初めてベルリン映画祭金熊賞を受賞した作品でもあります。
数年前にNHKのBSで見た時に、これはすごくいい映画だなと思いました。今日、ひさびさに再びBSで放送されたので、もう一度見てみました。やっぱりいいです。
主人公はリオデジャネイロで手紙の代筆業を営む中年女性ドーラ。書いた手紙をポストに投函せず、ゴミ箱に投函するという極悪ババアとして描かれます。
読み書きのできない人がこんなにたくさんいる国、それがブラジルなんだという現実に、最初打ちのめされます。信用できる人間なんてどこにもいない。信じたほうが負けなんだという現実にも同じく、激しく打ちのめされます。ドーラの顔のしわの深さが、それを如実に表現しています。
ところが、9歳の少年ジョズエの父親捜しにつき合うふりをするうちに、少しずつドーラに変化が生じます。情が移ると言ってしまえばそれまでなんですが、それが日本のじめっとした「お涙ちょうだい」的な流れではなく、徹底的に乾いた描写で表現されます。ブラジルの乾いた空気感をとらえた映像も素晴らしい。
ラスト近く、ドーラの心の傷が少しずつ癒されていくにつれ、彼女の表情が激変していきます。ハリウッド映画のように明確なハッピーエンドで終わる作品ではありません。むしろ、現実は決してそんなに甘いモンじゃあないよというリアル感が、ひしひしと伝わってくる作品です。平和ボケしたどこかの国の若者には、こういうリアル感はわかりづらいかも知れません。でも、もしどこかのアイドルグループの歌詞にあるように、リアルを探し求めたいと言うのなら、是非一度見ておくことをお薦めします。
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April 18, 2006
邦画です。
ブルーハーツの名曲「リンダ リンダ リンダ」を女子高生4人組のバンドが文化祭で演奏するというストーリーです。
結構リアル路線狙って作った映画なんでしょうか? 冒頭、文化祭のPRをする女子高生を録画するシーンから始まるのですが、これが気合いの抜けることこの上なし。冴えない外見の、実にもっさりとした印象の女子高生が「わけわかってて言ってんのかそれ?」的なセリフをビデオカメラに向かって、物凄く小難しい顔して言います。リアルさを突き抜けて、ちょっと哀しくなってきます。
ここ数年でヒットした青春映画と言えば「ウォーターボーイズ」や「スイングガールズ」などでしょうか。最初は情けなかった主人公が、なんだかんだ言いながらも少しずつ成長していき、最後にはみんなが一つになって大成功っていうパターンですよね。本作はそういう力の入る部分が思いっきりありません。本番に向けて猛練習とか全然しませんし。
バンドからヴォーカルが抜けて、急遽ピンチヒッターとして韓国からの留学生ソンさんが起用されますが、彼女のひたむきさなキャラクターが実にいい。深夜、無人の体育館で、ソンさんが残り3人のメンバー紹介をするシーンがあります。ほんのわずかしかつき合っていないのに、3人のキャラクター、長所も短所も、実に的確につかんで紹介するのです。
本番がドンドン近づいて来るというのに、4人のメンバーには、ゆるくたるい時間が流れていきます。川の土手を4人して鼻歌歌いながら歩くシーン。本番の時間が近づいているのにも気づかず徹夜疲れで眠りこける4人。「そんなことしてる場合じゃないだろ。」とか、「計画性なさすぎ。」とか、しかりとばそうと思えばいくらでも、なシーンが延々続きます。でもそれがかえって、現実の高校生の、無計画で行き当たりばったりな、ゆるくたる~い文化祭の雰囲気をうまく捉えています。
そして何よりも、せっかく日本に来たのに、友達は小学生のこまっしゃくれた女の子一人だけだったソンさんが、バンドのメンバーと知り合ったことで、少しずつ生き生きと動きだし、幸せになっていく過程がいいです。
「リンダ リンダ リンダ」はやっぱり名曲ですね。
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April 05, 2006
ロシア映画です。(映画なのかな?)
人形を少しずつ動かして、それを一コマ一コマ撮影する、いわゆる人形アニメです。
2005年愛・地球博のロシア館で上映していたのを息子と娘が観たそうです。(私はその時ソユーズ宇宙船の模型とか見てました。)主役のチェブラーシカがもうかわいくてかわいくて、もう一度観たいなあ、観れないかなあと言うので捜してみたら、レンタルで出てました。うれしい。
制作は1970年前後らしいのですが、30年以上も前に、こんな素敵なアニメを創っていたなんて、ロシアはやっぱり奥深いです。ワニのゲーナが奏でるアコーディオンの音色の素晴らしいこと。また、その音に乗せて歌う歌声の渋いこと。そして歌詞の奥深いこと。じーんときます。日本でいうなら意地悪ばあさん的キャラクターであるチャパクリャクも、意地悪なのにどこか憎めません。ひねくれているようで、実は純真。いい味出してます。
「みんなでがんばってがんばって、ついに完成しました。ウラー(ばんざい)。」という、チェブラーシカの短くも感動的なスピーチが大好きです。
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March 29, 2006
韓国映画です。
クムジャさん、すご~く親切です。最後の30分でそのクムジャさんが、親切心から一体何をしようとしているかがわかりだすあたりから、もう怖くて怖くて・・・。 これはホラー映画ですか? ってな感じです。 アガサ・クリスティの○○○○○●●殺人事件を、別の視点で作ったらこんな感じになるんですかね?
妻は映画館でこれを観たそうですが、宮廷料理人チャングムのヒロインが主役ということで、それ系の映画と勘違いして入ってきたらしいおばさんたちが、どうやら全然違うタイプの映画らしいと気づいて、「何これ?」とか騒ぎ出したらしいです。(うるさいな~、黙って観てろよ。)とか思ってたらそのうち、残酷なシーンになってきたあたりで、映画館から出て行ったそうです。
ラストの白いケーキ。復讐に手を染めた者は、もう元の白い状態には戻れないということを象徴しているのでしょうか?
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March 19, 2006
邦画です。
主演は「スイングガールズ」の上野樹里、さらに「花とアリス」の蒼井優も共演。
上野樹里初の主婦役。でもろくに旦那さん出てこない(笑)。最初はださださで、主体性のかけらもなかった上野樹里が、ふとしたきっかけで「スパイ募集」の広告を見つけたあたりから少しずつ変化していきます。でもストーリーらしいストーリーはないんです。ただ、ゆる~い感じのギャグが次々に出てきます。この感覚、最近どこかで見たような・・・と思ったら、監督は最近話題の深夜番組「時効警察」の三木聡監督でした。(私は麻生久美子みたさに、妻はオダギリジョー見たさに録画して見ています。)
スパイは決して目立ってはいけない。平凡な毎日を送らなければいけない。という、どこかの映画で聞いたことあるような設定。そのために、行列ができるほどうまいラーメンを作る腕があるのに、そこそこおいしいラーメンを作り続けなければならないラーメン屋の主人(実はスパイ)の苦悩とか、上野樹里の「ふぇっふぇっふぇっ。」という笑いとか、一家そろってツボにはまってしまいました。
ところで、映画に亀は出てきますが、決して速く泳ぐシーンがあるわけではありません。
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March 14, 2006
ちょっと前の邦画です。
一つの出来事を、3人の視点で別々に追っていくという構成になっています。あの時のあのセリフは、こういう事情があったのね。とか、あ、あの時この人ここに隠れてたんだ。とか、かなり楽しめます。パターンとしてはイギリス映画の「ロック、ストック&ツー・スモーキング・バレルズ」と同じですね。邦画では工藤官九郎監督の「木更津キャッツアイ」も、同じパターン使ってました。いずれもスピード感があり、たいへん笑える作品でした。
これら過去の作品との大きな違いをあげるとすれば、3人の主役がそれぞれすごくいい人であるところです。特に1人目のさえないサラリーマン、あまりにいい人すぎて、友人である探偵さんから「早くこっちの世界(普通の人々の住む世界?)にいらっしゃ~い。」とまで言われる始末。そういう探偵さん、あなたもいい人すぎます。ラストに出てくるヤクザの親分さんも、子分たちのことを考えた堅実な会社経営をしていて、やっぱりいい人です。
というわけで、タイトルは「普通じゃない人」ですが、私的には「普通じゃない人々」でもよかったんじゃないかと思います(笑)。
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February 19, 2006
あまり期待もせずに見たのですが、けっこうツボにはまりました。
まず主役の神木隆之介君なんですが、超のつく美少年ですね。このまま美少女でデビューして通用します。ホント女の子かと思いました。
カッパがいいボケキャラクターです。落ちる吊り橋や転がる岩石の危険を身をもって教えてくれます。一反木綿は鬼太郎の前ではいい格好してますが・・・飛行シーンが笑えます。予告でも出ていたろくろ首の首ごっとんシーンはやっぱりインパクトあります。きわどい衣装の川姫は、お色気担当? それにしてはなんでずっと主人公にくっついてくるのかと思ったらラストでああいう役目があったんですね。(役目なのか?)
ラストはなんと! 鬼太郎の生みの親である水木しげる先生が登場し、今回の妖怪大戦争に苦言を呈します。戦争で片腕をなくした大先生の言葉だけに、ずっしりと重みあり。
エンディングの曲は、あれ? 忌野清志郎? と思ってたら、なんとぬらりひょんで出演もなさってた! その他にも思わぬ有名人が妖怪に化けて出演していますので、それを捜すだけでも結構楽しめます。
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January 09, 2006
邦画です。
原作は「GO」の金城一紀ですが、未読です。(中3の娘は「読んだよ~。」と言っております。)「GO」と同じく在日朝鮮人高校生が登場、さえないサラリーマンに、ボクシング高校チャンピオンに勝つためのレクチャーを施します。
で、その高校生役の岡田准一君がめちゃくちゃいいです。青い海をバックにして舞う「鷹の舞」が実に美しい。男が見てもほれぼれします。嫁さんなんかもうメロメロです(笑)。
ボクサー相手に戦うには、タックルで倒してマウントポジション取ってからボコ殴り、相手がいやがって背中見せたらチョークスリーパーで落とす・・・っていうあたり、小林まことの「1・2の三四郎2」のラストのバトルで同じようなシーンがあったのを思い出しながら見ました。また、バスと競走するサラリーマンのシーンは、中崎タツヤの「じみへん」というマンガを思い出しました。
ストーリーは余分な部分をそぎ落として、実にシンプルです。その分わかりやすいしカタルシスもたっぷり味わえます。映画に描かれなかったいろいろな部分については、ぜひ原作を読んでみたいなと思った次第です。
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January 07, 2006
フランス映画です。
寄宿舎の不良生徒たちを、合唱の力で更正させるというパターンは、もう何年も前に「天使にラブ~」というハリウッド映画で使われていました。また、こういう映画では定番の、現場教師に無理解な校長もちゃんと出てきます。
この映画の魅力は、ですからストーリーにあるのではなく、出演者のナチュラルな演技、いや、出演者そのものにあるといってよいでしょう。
合唱を指導する音楽教師のクレマン・マチューと天使のボーイソプラノ、ピエール。そして戦争によって両親を失ったペピノ。この三人の魅力が本作品の最大の売りです。ショタコン心をくすぐる美少年たちの美声に、きっと世の女性たちはくらくらすることでしょう。
ハリウッド映画や日本のTVドラマと違い、演出がとてもナチュラルなところもいいですね。先生と生徒の別れのシーンも、実にあっさりとしたもんです。ラストシーンもそうですが、お涙ちょうだいのベタベタな演出ではないのに、じわっと感動。
そうそう、後から転入してきた非行少年は、結局最後まで非行少年のままですし。このあたり、日本の学園ドラマなら、別れのシーンはバスに乗る先生を生徒たちがどこまでも「せんせ~」と叫びながら追いかけるとか、ハリウッドなら非行少年も最後には心を開き、みんなと一緒に合唱コンクールに参加して優勝するとか(笑)するんだろうなと思います。
苦言を一つ。冒頭のシーン、大人になったピエールの指揮ぶりは、かなり嘘っぽいです。音楽に合わせて棒振ってます(笑)。指揮者は音が出る前に棒振らなきゃ~。
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December 27, 2005
『日本インターネット映画大賞 投票 』
NIFTYから、日本インターネット映画大賞への投票依頼が来ました。
ほとんど家の100インチプロジェクターでDVDを見てばかりで、今年度下半期の新作映画については、ほぼ未見です。こんな私が投票してもいいのかなという気もします。でも折角なので、妻や娘と協議の末、投票することにしました。
投票部門 (日本映画)
【作品賞】
「パッチギ」 10点
「真夜中の弥次さん喜多さん」 8点
「フライ ダディ フライ」 6点
「ヴィタール」 3点
「笑の大学」 2点
「亡国のイージス」 1点
【コメント】「パッチギ」のエネルギーに10点! イムジン河のメロディが頭から離れません。
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【監督賞】
[宮藤官九郎] 作品名(「真夜中の弥次さん喜多さん」)
【コメント】この調子で、どんどんはじけてほしいものです。「ケロロ軍曹」のオープニング曲も最高!
【主演男優賞】
[浅野忠信] (「ヴィタール」)
【コメント】セリフなくても演技できる!
【主演女優賞】
該当者なし。
【助演男優賞】
[荒川良々] (「真夜中の弥次さん喜多さん」)
【コメント】「ピンポン」「ロボコン」「ワニを素手で捕まえる」と来て次は本作。いい味出してます。
【助演女優賞】
[揚原京子] (「パッチギ」)
【コメント】ビンタ食らわしたり跳び蹴り食らわしたりと、すっかりイメージが変わりました。
【新人賞】
[[柄本奈美] (「ヴィタール」)
【コメント】浅野忠信に負けてません。
以上です。よろしくお願いします。結果が今から楽しみです。
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December 25, 2005
韓国版「レインマン」って感じの映画です。
違いは、「レインマン」では兄はサヴァン症候群(目で見たものをそっくりそのまま記憶してしまう能力)の自閉症でしたが、本作では弟が早老症でしかも糖尿病! という所。
兄が金を稼ぐ手段として弟を利用する → トラブルに巻き込まれる → やがて兄弟の絆が・・・というパターンはほぼ同じ。 ただ韓国映画らしく、家族愛を浪花節っぽく描いていますね。(それって、韓国風じゃなくて日本風?)
糖尿病治療のためにうつインシュリンの注射器とか、見た目は大人でも実年齢は12歳なため、日本製?のガンプラ(ガンダムプラモデル)に夢中な所とか、性に目覚めるお年頃なため、やたらと女性の下着に興味を持つ所など、笑い所も満載です。
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ちょっと前の映画ですが、五十嵐貴久「2005年のロケットボーイズ」の感想をアップしたついでに、この映画の感想ものせることにしました。多少ネタバレありますので、ご注意を。
強く印象に残った場面があります。
○主人公が炭坑にむかうエレベーターに乗るシーン
主人公のホーマーは、父に代わって家計を支えるため、天井が金網で仕切られたエレベーターに乗ります。地下に降りていく時、見上げると星空の中を、ソ連のスプートニクがちかちかと光りながら飛んでいきます。同時にホーマーが乗ったエレベーターは、地底深く潜っていきます。
思わず涙が出そうになりました。
空高く飛んでいく自分のあこがれ。対照的に地底深く潜っていく現実の自分。こんなに残酷な対比が、映像の中で、こんなにも美しく描かれるなんて・・・。
○ラスト、最後のロケットがまっすぐにどこまでも飛んでいくシーン
青い空を、白いまっすぐな軌跡を描いて、ロケットが垂直にどこまでも飛んでいきます。それを見上げる町の人々。そして病院のベッドからそれを見る先生。
やっぱりここも涙が出ました。青と白の、色の対比の美しさ。温かく主人公たちを見守ってくれた人たちへの感謝。そして、ぼくたちの希望はこのロケットのように、どこまでも高く登っていくんだと言っているかのような・・・。
全編を通して、作者の心の温かさが伝わってくる映画でした。
何しろ、基本的に心底からの悪人が登場しないのです。みなどこか良いところを持っている。
主人公の兄だって、父が入院したとき、大学進学をあきらめて一家の柱となることを決意しますし、高校の校長先生もなんだかんだ言って、結局主人公たちの実験に理解を示してくれます。同級生の女の子たちも、捨てる神あれば拾う神ありで、ちゃーんと主人公のことを陰から見てくれる女の子がいる。
父にしてもそうです。主人公たちが釈放されたときに、友人の一人が継父に殴られるシーンがありますが、父はそれを止めます。どうしようもないクソガキどもと思っているだろうに、昔の腹心の部下の子どもだからという理由で、助けてあげるのです。
こういった良い人たちに囲まれたおかげで、主人公たちも挫折を乗り越え、夢を実現させることができた。だから、映画を見終わった後、心がすごくやすらぐのです。
最後の方で、ホーマーが父にむかって「父さんは頑固で強情だ。そして、僕たちは似ている。」みたいなことを言います。親子がお互いを理解しあう、心温まるシーンでした。
実話を基にした映画ということで、これに近いことが本当にあったんだと思うと、ますます心がじーんとしてくるのでした。
ちなみにタイトルの「October Sky」は、並べ替えるとなんと、「Rocket boys」になるんですね。映画会社もやるな~。
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November 27, 2005
「ローレライ」見ました。(ガンダム+エヴァ+沈黙の艦隊+レッドオクトーパー)÷4って感じです。
ガンダムっぽい → 見えないものを見るという、謎の新兵器。実はそれを操るのは美少女だった。
エヴァっぽい → 最後の切り札を操るのが美少女、しかも白い包帯と体にぴっちりしたスーツを着ている。
沈黙の艦隊っぽい → たった一艦でアメリカの大艦隊相手に戦いを挑む。
レッドオクトーパーっぽい → アメリカに、新兵器と引き替えに亡命をする。
原作者はどうやらターンエーガンダムの脚本も手がけている方のようですし、ガンダムっぽいのも当然でしょうかね。 まあ、アニメを実写でやりましたって感じ? ラスト、なんで浮上してすぐ、ろくに照準もあわせてないのに大口径の主砲が飛行機に命中するんだ? などという突っ込みはお約束(笑)。
役所広司さん、ほんとにいろんな映画に出てますねえ。いやホント役所広いです(笑)。
出演者の中に富野由悠季(「逆襲のシャア」の脚本家)というお名前があったような気がしたんですが、私の気のせい?
原作は読んでませんが、たぶん、大人たちの戦争の責任の取り方についてをテーマにしたかったんじゃないかと思います。 映画見ていて、細菌兵器の人体実験データと引き替えに、アメリカ軍からいろいろしていただき、戦後の日本の医学界で大きな地位を築いたあげく、薬害エイズ被害を引き起こしたどこかの団体を思い出しましたから。
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November 24, 2005
「キングダム・オブ・ヘブン」見ました。
主役はどうでもいいです。ヒロインも同じく(笑)。
エルサレム王の存在感に圧倒されました。彼は、キリスト教もイスラム教も関係なく共存できる、まさしく天国の王国を創ろうという理想に燃えていました。しかし、不運にもライ病にかかり、若くして死んでいくのです。銀の仮面でその醜い顔を隠しているのに、その苦悩が、観るものの心に直接伝わってきます。エドワード・ノートンの演技力に脱帽です。
なぜ今この映画なのか? イラク紛争での大義名分が怪しくなってきた合衆国と、神の名を語りながらも、私利私欲のためにエルサレムの利権を支配しようとする十字軍が、かぶさって見えます。監督のねらいがよくわかります。 映像的には本格的な攻城シーンがすばらしい。特にイスラム軍の巨大な投石機が放つ無数の炎の石は、イラクを徹底的に空爆した多国籍軍を彷彿とさせます。
ラストでイスラムの英雄サラディンが、エルサレムの価値を、最初「無だ。」と言い、その後すぐニヤリと笑って「だが、全てだ。」と言うシーンがなんとも言えません。利権のからみが国を動かす。キングダム・オブ・ヘブンは永遠に創れないのかもしれません。
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November 10, 2005
アルゼンチン・ドイツ・スペインの映画だそうで。でも舞台はウルグアイ? 以下ネタややバレなのでご注意を。
主人公はおんぼろ靴下工場のさえない社長。と思いきや、どうやらそうではなくて、女従業員のほうが主人公と気づかされます。社長の弟が滞在する間だけ、社長の妻役を引き受けるのですが、それまで化粧っ気のなかった彼女が、美容院に行って髪をセットしてもらうわ、ルージュは引くわ、結婚指輪は要求するわで、大乗り気。さらには社長の弟と一夜のアバンチュール。しかも大金を手に入れ行方をくらますという、なんともすごい話です。
ほんと、じみ~な女だったんですけどねえ。やるな。おばちゃん。
社長のほうは、そんな彼女の変化に途中まで気づきません。彼女が弟と徐々に接近していっているのは勘づいているみたいで、しかもそれを快くは思っていないことが、映像のあちこちからわかります。どうにも面白くない社長は、一人で賭博場に行き、半ばやけくそ気味に大金をかけるのですが、それが大当たり。でも、ラストはひとりぼっちという、なんだか哀れな結末なんです。
弟のラテン系ノリの良さもおもしろかった。3人でカラオケに行き、兄の見ている前で、彼女を口説く歌を熱唱します。おいおいって感じです。
なんだかたくさん賞をとった映画らしいですが、おもしろさはいきなりではなく、じわじわとわかってくる、そんな映画です。
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October 29, 2005
いやぶっ飛んだ内容でした。原作の漫画は読んでません。
おホモだちの二人が、「テメエ探しの旅」「リアル探しの旅」に出るっていうストーリーです。
ラスト、「マタンゴ」っていう怪奇映画のパクリ?笑いました。うまいのかそのキノコ?
途中偽物弥次さん役で、妻君出てくるし、ラストに出てくる麻生久美子の美しさにはくらくらするし、良々君のCG処理にもくらくら・・・。象のCGもおいおいって感じです。
FFⅩのリュックの声役松本まりかが、女子校生役で出演していてびっくり。
リアルが実はすごく残酷なものでしたというオチは、20年以上前に見たヤコペッティの「大残酷」を彷彿とさせます。ちなみに、映画開始すぐ、米をとぐ女という伏線がきちんと張られています。
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October 23, 2005
ギリシア映画です。
キプロス紛争についてほとんど知らなかったものですから、最初見たときは時代背景がわからず、とまどいました。第二次大戦後に、トルコとギリシアの間であんな紛争があったなんて。不勉強の至りです。
スパイス店を営むおじいちゃんの二階で、主人公ファニス坊やとサイメお嬢ちゃんは、仲良くままごと遊びをします。料理の決め手となるスパイスの秘密を教える代わりに、踊ってみせてくれと、ファニスはサイメに頼みます。あんなかわいい女の子が、目の前であんな風に踊ってくれたら、男ならそりゃ一生忘れられないでしょう。この後二人は歴史の運命により引き裂かれるのですが、ファニス坊やはその後ずっとサイメのことが忘れられないのですね。彼女と再会する時のためにと、スパイスをきかせた料理に挑戦。両親を料理の天才かと驚かせます。このときのスパイスの使い方を見ていると、まさにタイトル通り。スパイスにタッチするという感じなのですね。それも慈しみながら、という感じです。
青年期になってからは料理人の道を歩み、いろんな彼女をつくるのですが、結局結婚はしないのです。この時に、いろいろなトルコ料理?が出てくるのですが、どれもよだれタラタラものです。DVDのおまけに、映画に出てきた料理の解説とかレシピとか、サービスで付けてくれたら、レンタルじゃなくて絶対買うのになあ。
やがて年月が過ぎ、中年になった二人はおじいちゃんのお葬式をきっかけに再会します。サイメは結婚してかわいい娘が。ただ、夫とは別居中。このあと、彼らはきちんと自分が伝えなければならないことをお互い伝えあい、映画は終わりを迎えます。「なぜ、ここ(トルコ風呂)に私を呼んだのかね?」「ムール貝と一緒で、蒸されると口を開くから。」随所におじいちゃんお得意の人生訓がちりばめられます。ラストの、スパイスで作る宇宙がまたよい。
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September 27, 2005
主演の浅野忠信、圧倒的な存在感です。
ヒロインの柄本奈美、クラシックバレエの新星ということですが、ナチュラルな演技と、「生と死」を表現したと思われるコンテンポラリーダンスの迫力がすばらしい。
あらすじは公式HPにけっこう詳しく紹介されています。主人公のモデルとなったのがレオナルド・ダ・ビンチであるとか、愛する人に献体した女性が過去に実在したとか。
愛する人、あるいは尊敬する敵の肉体を食べて、自分の体の一部として取り込むお話とか、愛する人の骨粉を飲んで一体感を手に入れる話とか、時々ありますが、これは愛する女性を解剖する実習生の話です。
映像は、現実世界では青い照明での雨のシーンが印象に残ります。またあちらの世界は、緑濃い南洋の島として描かれています。どちらも印象に残る色使いをしていますが、特に私は青の美しさに心惹かれました。
「ちょっとあれ、やばいですよ。」と他の実習生に言われるほどの、主人公の死体への愛。「死んじゃった人には勝てないじゃない。」というこっちの世界の女子大生の叫び。そして主人公は、最後には「こっちの世界がほんとうだったんだ。」と、徐々にあちらの世界にひきこまれていくのです。とても幻想的な作品です。続けて3回も見てしまいました。
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September 19, 2005
邦画です。
映画と言うより、劇ですね。出演者ほとんど二人ですし。
警視庁の一室に喜劇の脚本を持ち込む稲垣吾郎さん。それを検閲する役所広司さん。二人のやりとりがメインです。
しかし、役所広司さん、ほんとにいろんな役こなしますね。この映画見たあとで「戦場のローレライ」の予告編見たときには、あまりのギャップにクラクラッときました。たしか役所(やくどころ)が広いという意味の芸名でしたっけ?
最初は喜劇なんか上演させないつもりで(時代設定が昭和15年、開戦直前ですから)
「登場人物は全員日本人にしろ。」
「お国ため。というセリフを3回入れろ。」
などと次々無理難題をおしつける検閲官役所広司さんなんですが、次第に
「これのどこがおもしろいのだ?」
「こんなので客は笑うのかね、わからん。私にはわからん。」
というトーンに変わってきます。古くから喜劇の決まり事として存在する、手あかにまみれたつまらないギャグの数々。それを、細部にまでリアリティにこだわることで、根本から見直していくという二人の共同作業が始まるわけです。
やがて出来上がった最高の脚本。ただ、この映画の残念なところは、最高におもしろいはずのこの脚本が、一体どういう内容なのか、観客である我々にはほとんどわからないままだということなのです。
ただ、役者広司さんが「おもしろい、最高におもしろい。例えばここ。」とか言って二つほど読み上げてくれるのですが、残念なことにその二つともが、つまらないんですね。
つい、「ほんとに面白いのか? この脚本。」とか思っちゃったりするわけなんですよ。
その部分だけが残念でした。それ以外はすごくおもしろかったのになあ。残念。
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September 12, 2005
遅ればせながら(しかもかなり)みました。セカチュー。
映画館での上映期間中は、「地元香川の、しかも私がよく釣りにいく庵治町でのロケだし、やっぱみに行かなきゃいけないよなあ、長澤まさみちゃんヒロインだし(ロボコンの時からのFANです)。」とか思ってたんですが、客層がちょっと私とは違うみたいで、(カップルもしくは、明らかに泣くことを目的に来たと思われる女子中高生たちが多かった。)行きそびれました。
DVDになってずいぶん経ってから、「そういえばまだ観てなかった。」ことを思いだした次第です。
2年前に原作を立ち読み(たしか45分で読んだ記憶が・・・)した時は、「村上春樹から毒気を抜いたような文体で書かれた、伝統的白血病美少女ものですね。」とか思いました。小説としては三田誠宏の「いちご同盟」のほうが上でしょうとか思ったり。
映画は、原作以上に説明的なセリフとくさいセリフのオンパレードで、「それ、言わなくていい。」と何度心の中で画面に向けて叫んだことか(笑)。
しかし庵治町、きれいに撮れてますねえ。「あそこで釣りしたよなあ。あ、ここではタイとベラ釣ったよなあ・・・この階段、庵治のお祭りの時に登ったよ。」とか結構楽しみながらみることができました。
でも香川県には路面電車ないよ。あそこだけロケ松山ですかね?
豪雨の中、高校の体育館で長澤まさみがピアノ弾くシーンがありますが、あれって庵治小学校の体育館では? 狭いし、バスケのコート、ジュニア向けだったし。
などと重箱の隅をつつく楽しさも味わえました。
やっぱ地元民はみなくっちゃ。
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September 03, 2005
久しぶりのアメリカ映画です(笑)。
主人公は結合性双生児の兄弟。一日間違えばキワモノ扱いされそうな題材ですが、そうはなっていないところがいいです。
何事にも積極的な兄と、いざとなるとパニック障害に陥る弟。この弟を、マット・デイモンが演じています。しかも太めの設定。いや~太ったマット・デイモン始めてみました。よかったです。
長いこと二人でぴったりくっついて暮らしてきたので、何をやるにも息がぴったり。ハンバーガーを軽業師のように次々焼いたり、野球やアメフト、ボクシングで絶妙な連係プレーを見せたりと、様々な技で見る者を楽しませてくれます。
二人が小さい頃に交わした約束が「お互いの成功の邪魔をしない。」っていうのがまたいい。
そういうわけで二人はお互い自分の幸福をめざそうとして、お約束通り様々な障害にぶつかります。励まし合ったり仲違いしたりして、それでも少しずつ前へ進んでいく。その生き方がすごく明るかったので、知らないうち素直に応援していました。
脇を固める女優さん達も豪華でいい演技してます。
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August 27, 2005
邦画です。
主人公が朝鮮高校の女子生徒を好きになってしまいます。一目惚れですね。ハングル語を覚えたり、「イムジン河」という朝鮮の歌を歌ったりして、少しずつ親しくなる話です。同時に、どうして国境があるのだろうとか、どうやったら戦争はなくなるんだろうとか、結構真剣に悩んだりします。
終盤、主人公は、強制連行や強制労働などの過去を忘れることができない朝鮮の人たちから、強く拒絶されます。若い世代には何の責任もないことですが、それでも我々は、過去に日本が何をしたのか、きちんと事実を知っておく必要があると思わされるシーンでした。
歌では国境の壁を越えることはできないのか? 主人公は橋の真ん中で絶望に打ちひしがれます。この橋は、朝鮮人と日本人の心の境界線を象徴しているのですね。
ラストシーンは激しく見る者の胸を打ちます。若者の情熱が、二つの国の関係を新しく作り上げていくのではないか、そんな可能性を感じさせてくれます。
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July 30, 2005
フランス映画です。でも登場人物はユダヤ人の少年とトルコ人の老人。国際色豊かです。おまけに話の展開がいい意味で読めません。突然真っ赤なオープンカー買ったりするし。
少年の父は家にすごい数の本を持っており、休日はひたすら読書をして過ごします。でも、息子が何を考え何を悩んでいるのかについては全く無頓着。挙げ句の果てには会社をクビになり、保護者としての責任から逃れるように失踪します。
孔子の言葉に「学びて思わざれば則ちくらし。」というのがありましたが、少年の父親の生き方はまさに、この言葉そのままという感じでしょうか。
この父親と対照的なのが、オマー・シャリフ演じるイブラヒムおじさん。少年の父と違い、本はコーランしか読みません。でも、少年に人生の知恵をいろいろ授けてくれます。例えば「父親の飲むボジョレーのワインが空になったら、かわりにこの安い赤ワインを詰めておけ。」とか「父親にはこのキャットフードを高級パテと言って出せ。」とか(笑)。そうやって父親のための食費を浮かせて、少年が自由に使えるお金を作るための手助けをしてくれるのです。さらには、少年の父の失踪後には保護者となってくれるのです。
他にも「女の子の感情が分かるようになったら、本当に好きな女の子と恋愛ができる。」とか「自意識過剰なうちは女の子にはもてないぞ。」とか恋の指南をしたりもします。
暗い話のはずなのに、イブラヒムおじさんの強烈なキャラクターが、そうならないように少年を導いていきます。バックに流れる古き名曲「サニー」もいい感じです。
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July 13, 2005
ネタバレになるので、くわしくは書けませんが、ラストのどんでん返しはなかなかです。賛否両論あるようですが、私は爽快に感じました。
スランプに陥った中年女性ミステリー作家は、出版社の社長と不倫の関係。その社長から「スランプを脱するために、環境を変えてはどうか。そのために、フランスの私の別荘を貸そう。」との申し出があります。この別荘のプールが、序盤は茶色い落ち葉に覆われて汚かったのが、中盤からはすっきり鮮やかな青へと変わっていきます。
同様に、前半は見るからに堅物の、つまらなそうな人生を送っていた中年女性作家(しかも性格やや悪い)が、中盤からラストにかけては、生き生きと自分の人生を歩むってな感じですかね。
ヒロインの女の子のナイスバディに話題が集まっているようですが、ちょっと私の守備範囲とは違うタイプでしたので(すいません)、興味を持てませんでした。むしろ中年女性作家さんの思いきりの良さに拍手しました。このあたりもネタバレになるので、詳しくは伏せておきますね。ぜひ映画を見てください。
なにやら怪しげな伏線が序盤にたくさん出てきますが、それほど気にする必要はないかと思います。私はあまり気にせずに見ました。むしろ、随所にはっとさせられる構図と色彩の対比があり、それだけで十分に楽しめる映画でした。
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June 19, 2005
若き日のゲバラ青年、多感で熱血です。
前半はバイクに乗って出たとこ勝負の楽しくバカな旅の物語。 ところが、バイクが壊れて、ヒッチハイクと徒歩で旅を続けるあたりから様相が変わってきます。 南米各地で目にする、先住民族に対する搾取。その不条理さに対し、喘息もちの病弱な我が身に、一体何ができるのか? 旅先での見聞を一つ広げる度に、主人公が少しずつ精悍な顔つきに変化していきます。
後半は重傷のライ病患者たちの治療に従事します。 伝染しないとわかっていながら、なぜ川向こうに隔離するのか? 人生に希望の持てない彼らに対して、自分には何ができるのか? それに対する答えを、彼はラストで身をもって示します。
後の革命家、ゲバラの原点がここにあるんだなあと、しみじみ感じました。
随所にちりばめられる音楽がまた最高にすばらしい。質の良いサラウンドシステムで聞けば、アコースティックな音が、せつない余韻を伴ってあなたの部屋に響き渡ることでしょう。
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June 12, 2005
岩井監督の作品です。
この作品に関しては、賛否両論あるようですね。見終わって納得しました。
最初見たときは、「いまだにエヴァの影響?」と思わず口に出してしまいました。文字による情報量がすごく多いのです。しかもその内容が「私はここにいる。」とか「オレを見つけてくれ。」とか、青い青い。
ストーリーは、ほぼ中学生の世界の中だけで完結しています。現実の世界では、きちんとした大人がもっと強く干渉してくるはずなのですが、残念ながらこの作品に出てくる大人は、ほとんどダメダメ人間ばかりです。「大人がカッコ悪いと子どもはグレル。」というようなことを、伊坂幸太郎氏が「チルドレン」という小説のなかで書いていましたが、まさしくその通りです。そういうわけで、無力な中学生がとことんイタイ思いをするストーリーです。見ていて不愉快になる人が多いだろうと思います。また、中盤に出てくる沖縄のシーンも、賛否両論あるようですね。必然性があまり感じられないシーンが多いように思えるからでしょう。画面の暗さや不自然な色彩に抵抗感を持つ人も多いと思われます。そこがこの監督の個性だと言えば言えるでしょう。ただ、私は画面が暗すぎて、登場人物の見分けにかなり苦労しました。泣いてる女の子を見て「今の誰?」と、隣でいっしょに見ていた妻に聞く始末。「蒼井優ちゃんじゃん。」と言われ、「ああ、そうか。」(笑)
人生の分岐点で、常に間違った選択肢ばかり撰んでしまった人が、自分のイタイ中学生時代を思い出すにはぴったりの作品だと思います。
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May 29, 2005
邦画です。
タイトルの下妻は地名です。誤解なきよう(笑)。 あと、多少ネタバレ含みます。ご注意を。
深田恭子がフリフリのロリータファッションで登場します。「性格ねじまがってます。友だちいりません。かわいいお洋服があれば幸せです。」という桃子の役なんですが、これが実にはまっています。この桃子にからんでくるのが、土屋アンナ扮するイチゴちゃん。名前はキュートですが、バリバリのゾクです。原チャリに装飾過多な改造を施して田舎町を暴走します。そんでもって性格超単純ストレート。
一見お馬鹿なエピソードの積み重ねなんですが、まったくタイプの違う二人が出会うことで、それぞれが人間的に成長していくという、実はたいへんな感動物語なのでした。
途中に挿入されるアニメは、キルビルみたいで、かっこいいです。
脇役で出演の荒川良々君、ジャスコのCMには大笑いしました。「ピンポン」のキャプテンといい、「ロボコン」の部長さんといい、いいキャラクターしてます。
あと、小学生の桃子役の子はめちゃくちゃクールでいいです。彼女のセリフ「人間は大きな幸せを前にすると、急に臆病になる。幸せを勝ち取ることは不幸に耐えることよりも勇気がいるの。」は、真理をついてるとつくづく思います。
もう一つイチゴの尊敬するゾクのリーダー、アキミさんのセリフ「女は人前で涙なんか流しちゃいけねえんだ。同情されちまうからな。泣くときはよ、こうやって誰もいないところで泣きな。そうして泣いたら泣いたぶんだけ強くなりな。」もよかったです。しかもこの二つのセリフが後々生きてくるんです。おっと、これ以上は言わないでおきましょう。
オススメです。しかし、ほんとに最近の邦画は名作メジロオシだなあ。
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May 22, 2005
イラン映画です。
イラン映画というと、アッバス・キアロスタミ監督の名作「友だちの家はどこ」が思い出されます。この作品も、監督は違いますが、キアロスタミ同様、子どもの純真な目を見事にとらえた一作となっています。
ストーリーはとてもシンプルです。妹の靴をうっかりなくしてしまった兄が、マラソン大会の賞品が靴であることを知り、大会に出場、必死で走るというものです。ただし、靴は3等の商品であるというところがミソです。
ラストシーンは非常に印象に残ります。神の存在を信じている国の作品なんだなあとつくづく思いました。日本人には、ああいうラストシーンはつくれないでしょうね。
そうそう、日本では不登校が日常茶飯事になっていますが、たまにこういう映画を観ると、目から鱗的な感動を得ることと思います。イランの子どもたちの、何が何でも学校に行きたいという切実な思いが伝わってきます。同時に、イランのやや男尊女卑的な文化もたっぷりと味わえたりします。
ハリウッド映画に飽き飽きした人にはとってもオススメです。
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2004/11/26 Fri 映画「花とアリス」感想
DVDでレンタルして見ました。ややネタバレ含みます。
でも、ストーリーはばらしませんので(笑)。
岩井俊二監督作品だと、見終わった後で気づきました。
ちなみに同監督の「スワロウテイル・バタフライ」は大好きでした。
万年筆とトランプの伏線や鉄腕アトムの効果的な登場など、細かい心配りがすばらしい。
「ケンカしちゃだめだよ。」の風ちゃんのキャラがまたよい。花屋敷のエピソードもよろし。
涙ながらに真実を背中の先輩に語る花ちゃんもよかった。
でもやっぱり一番はラストのアリスのバレエ。実に美しい。
演技もみな自然体。アコースティックなBGMも雰囲気にぴったり。
はまりました。続けて2回見ました。よかった~。
うぉーあいにー! つぁいちぇん!
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2004/12/05 Sun DVD「グッバイ・レーニン」感想
ドイツ映画、しかも元東独。
ベルリンの壁崩壊前と崩壊後で旧東独の暮らしがどのように変化したかが、よくわかります。
この後、ネタバレです。ご注意を!
ざっとあらすじ・・・
心臓発作で倒れて7年間(だったかな?)眠り続けた母が、ある日突然目覚める。しかしその間にベルリンの壁は崩壊し、資本主義(映画では結構俗悪な消費社会として描かれる)が都市を覆う。医者から「心臓に悪いからショックを与えては駄目だ。」と言われ、本当のこと(社会主義の崩壊)を知ったら、母はどうなってしまうのだろうと悩む息子。映画を創るのが趣味の友人に助けを借り、ベッドで寝たきりの母に作り物のニュース(隣の部屋でビデオを流す)を見せ、いまだに社会主義が続いていると思わせることに成功する。だが、窓から見えるコカコーラの広告に気づいた母は、疑問を持ち始める。あわてた息子は、「資本主義側の人間たちが、消費社会に嫌気がさして、社会主義側にぞくぞくと亡命してきています。われわれ東ドイツは彼らを受け入れることを決定しました。東西ドイツが、今、統一されようとしているんです。」という、とんでもないニュースを作り出し、母に見せる。ある意味、これは東側の多くの者たちがかつて望んだであろう、理想的な東西ドイツの統一のあり方だったのだろう。
しかし、母は気がついていたんですね。ニュースをほとんど見ず、かわりに息子を見ているんです。その母の優しい眼差しにうたれました。
印象的なシーンは、映画のタイトルにもなったレーニン像が登場する場面です。撤去されたレーニン像をヘリコプターが運搬していく。CGにはこういう使い方もあったんだと、少し感動しました。
最近、ハリウッド映画1本見たら、ヨーロッパやアジアの映画を1本、邦画を1本見るようにしてバランス取るようにしているのですが、ドイツ映画も結構いいもんですね。
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May 21, 2005
2005/01/09 Sun 映画「ロッタちゃんはじめてのおつかい」感想
スウェーデンの映画、はじめて見ました。
ロッタちゃんという、見た目めちゃくちゃかわいい(年齢5歳前後?)でも性格は超ガンコという女の子の話です。
主に家族やご近所の人たちが、ロッタちゃんのわがままにふりまわされるとうパターンの短い話が続きます。
最初は「なんちゅうわがまま娘!!」とか思って見てました。でも最後のあたりでは、悪く言えばジコチュウよく言えばポジティブなロッタちゃんの考え方に結構共感したりしてました。っていうか、周りの人たちロッタを甘やかしすぎてないかい? (それとも、こういうのを無償の愛っていうのだろうかね?)
そのまま続けて続編の「ロッタちゃんと赤い自転車」も見たんですが、相変わらすカンシャク持ちですね~、ロッタ!まるで誰かさんみたい・・・。自分の小さい時のイヤな部分を誇張して見せられているようで、結構痛かったです。(笑)
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2005/01/09 Sun 映画「戦場のピアニスト」感想
なんだか賞をとった作品だそうで。
以前にみた「海の上のピアニスト」が頭にあったもんですから、あんな感じで敵弾飛び交う戦場でがんがんピアノ弾いて、みんなのすさんだ心をいやす話かな~?それとも「ビルマの竪琴」みたいに音楽を通して敵味方の心が通じあう話かな~とか思って見始めました。
どうも違うみたい。
そもそもろくにピアノ弾かないし。
主人公キャラ薄いし。
ラストやっと弾いたと思ったら、その後の現実は超リアルでしたって話だし。
そもそも極寒の中、ろくに食べていないピアニストが、ろくに練習もしていないのに、いきなり名演奏ができちゃうってあたり、実話をもとにしましたってのが売りの作品なのに、いかにも嘘くさい。 普通ああいうシチュエーションだったら、どんなプロだって指が動かないでしょ? というわけで、クライマックスのシーンでかなりガックリきちゃいました。
ピアニストだからという理由だけで、当時差別を受けていたユダヤ人だったにも関わらず、みんなに助けてもらってラッキーした話って感じ?
題名を「戦場でラッキーしたピアニスト」と改題することを提案します。
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2005/01/09 Sun DVD「マッハ」感想
タイの映画です。
最近は「アタックナンバーハーフ」など、タイ映画に勢いがありますね。
この映画のセールスポイントは「ワイヤーアクション使いません」「スタントマン使いません」「早回し使いません」「CG使いません」という、徹底的に生身にこだわったアクションシーンにあります。「でもケガはします」というメイキングビデオのセリフには思わず笑い泣き。ほんと痛そう。
ストーリーはシンプルそのもの。でも体操オリンピック金メダル級のアクション連発です。ファイトシーンは、あまりのスピードに目がついていきません。っていうかあれだけ肘・膝食らったら、演技とはいえ失神しません?ラストあたりは思いっきり痛そうなシーンの連続です。役者さんたちも、身体資本なんだから無茶しないでねと、思わずいらぬおせっかいを言いたくなるほどです。
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2005/01/16 Sun 映画「クジラの島の少女」感想
ニュージーランドの映画です。
原作のほうは去年読みました。そこで、原作と比較しての感想です。
小説のほうは、おじいちゃんも、主人公のパイケアも、もうちょっとお茶目で明るいキャラクターだったと思うんです。ですが、映画では、おじいちゃんときたら超ガンコで、主人公はひたすら耐える女って感じで描かれてます。見ていてちょっとつらかったですね。
クジラとどう接するかということに関しては、我々日本人は微妙な立場にいる国民ですので、クジラを神聖な生き物として扱うマオリ族の伝統を扱ったこの作品は、どうしても複雑な気持ちで見てしまいます。ただ日本にも、女性は神聖な場所に入ってはいけない(相撲の土俵など)だとか、皇位継承権問題とか、伝統的なことに関しての性差別が結構残ってますから、そういった視点で見れば、共感できる部分も多いと思います。
主役のパイケアちゃん、近々スターウォーズの新作に出演するそうです。
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2005/01/30 Sun DVD「一票のラブレター」
イラン映画です。
タイトルはこの映画の内容に全然あっていません。だれだ?こんな邦題つけたのは?
イスラムの国で選挙を行うって、こういうことなのかと、しみじみ思いました。イスラムと一口に言っても、いろんな宗派があって、それぞれの集落にそれぞれの言語、それぞれの文化を持っています。そこを一軒一軒、投票箱を持って、主人公である選挙管理人がまわる話なんです。ところが「誰に一票入れるんだ?誰だこいつ?顔も名前も知らん。こんな奴に投票するくらいなら、わしゃ神に一票入れる。」とか、みなさん平気で言いますしね。もう大変。
カメラは自然光を使ったロングショットによる長回しが多いです。役者も、プロはほとんどいないらしいのですが、かえって演技が自然に感じられ、とてもリアリティがあります。
映画の中で、時間があまりにゆったりと流れるので、1回目はつい途中で寝てしまいました。やばいやばいって、必死で巻き戻し(笑)。まあ、実際にこういう時間の流れ方するんでしょうね、この国では。
ラストシーンも画面はほとんど変わらず、ただ夕暮れの変化がゆっくりと描かれます。ところが、それがかえって胸にしみじみ~と染み込んでくるのですね。
イラクの選挙もいよいよ始まりましたが、ぜひ争いのない平和な国になっていってほしいと祈るばかりです。
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2005/02/06 Sun DVD「いかレスラー」感想
邦画です。
非常にB級でマイナーな映画です。
映画館で上映された時には家内が見にいったのですが、その時の話では、ほとんど客いなかったそうです。
まず役者がみんな演技下手くそです。中学校の演劇でも、もう少しうまい生徒いるぞって感じです。こんな演技力では、振り込め詐欺の電話係採用試験にも合格しそうにありません。セットその他もチープそのもの。イカその他の着ぐるみ以外、金かかってません。
寒いギャグも単発で出てきます。「ちょっとイ~カ?」「イカないで!」などなど・・・
イカの着ぐるみはよくできています。中に入っている人は、あれでプロレスするんだから、きっと某子ども向け番組に出てくるガチャ○ンの中に入っていた人と同じレベルの運動能力があるのではないでしょうか?
以前、イギリス映画で「えびボクサー」というのがあって、それも見たことがあるんですが、おもしろさは「いかレスラー」の圧勝ですね。
でも、何がおもしろいんだろ? 気がついたらゲハゲハ笑ってました。テーマ曲も、知らない間にくちずさんでるし・・・おそるべし「いかレスラー」。
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2005/02/20 Sun DVD「ジョゼと虎と魚たち」感想
へたれ役妻夫木君はまってます。鈍くて単純、いざとなったら腰がひけちゃって、そのくせ後悔するっていう。泣くシーンなんかもう最高。
池脇千鶴は以前からお気に入りの女優さんだったのですが、今作でもちょっと普通では考えられないような、ファンタジックで力強いキャラクターを見事に演じています。もう若手女優では別格ですね。
上野樹里、あれは後で尾を引くよな~って思いながら見てたら案の定、壊れていくイタイ役を見事に演じています。
原作は田辺聖子。この人のは結構読んだけど、これは読んだことない。でもお料理つくるシーンが多いところ以外はぜんぜん田辺聖子っぽくない。きっと脚本家が大幅にいじったんだろうと思います。映画は原作とは別物と考えた方がよさそうなので、あえて読まないことにします。映画のイメージ壊したくないから。
しかし、ここ数年の邦画のレベル、やたら高いですねえ。
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2005/03/13 Sun DVD「キッチン・ストーリー」感想
スェーデンとノルウェーの映画です。
1950年代のお話なんですけど、設定がぶっ飛んでます。独身男性にも使いやすいキッチンを開発するため、キッチンでの動線を調査することを、家政学の博士が提案します。そのために、独身男の家に調査員が送り込まれ、台所に立てた見張り台から被験者の動きを細かく記録するというのです。しかも、データに影響が出ないよう、調査員は絶対に被験者としゃべってはいけないというんですけどね、それ絶対無理でしょ! と思わずツッコミ入れてしまいました。
今ならさしずめ、CCDカメラで観察するんでしょうけどね。そんなものない時代のお話ということなので、人海戦術で調査員がどんどんとあちこちの独身男のところへ送り込まれるわけです。日本じゃ考えられんけど、スェーデンならあるのかね? どうなんでしょ?
独身老人男と中年調査員のおじさん二人の、セリフのない演技が実にいいです。老人の友人が二人に嫉妬するシーン、老人の口からラジオが聞こえてくるシーン、ラストでコーヒー飲みに来るシーン、いつも派手な女性と飛行機に乗っているいいかげんな博士が、その女性と一緒に飛行場で立ちションするシーンなど、ツボはまりまくりました。
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2005/05/15 Sun DVD「茶の味」感想
邦画です。
我修院達也(ガーシュインをもじった?)さん演じるおじいさんのキャラがとにかく変でおもしろいです。強烈なアクションとともに歌う三角定規の歌が、耳にいつまでも残って離れません。
また、このおじいちゃんの血を引いたのか、その他家族のみなさん、それぞれにキャラが変です。婿に来たと思われる三浦友和でさえ、変なキャラです。っていうか変だからこそ、この家族と一緒になれたのかな?
終盤に出てくる歌「山よ」はとにかく危険です(笑)。サラウンドシステムで聞くと、歌が進むにつれて部屋中エコーが鳴り響き、もう大変なことに・・・。「ミリオン行くかも・・・。」のセリフに一瞬うんとうなずいた自分がいました。洗脳されやすい人は要注意。
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フランス映画です。
早いテンポ。シンプルなストーリー。
第二次大戦中、中年(?)フランス人男性二人が、レジスタンスのまねごとをして軽率な爆破活動を行います。祝杯をあげようという、ちょうどその時に、容疑者として連行されます。そして他の容疑者とともに処刑されるまで、穴の中に閉じこめられる話です。
若いドイツ兵がタイトル通り、ピエロの赤い鼻をつけて出てきます。そして、捕らわれた4人のフランス人に笑いと食料を届け、生きる希望を与えます。そして、その後とてもリアルな展開が待っています。
あまりにリアルなため、見ていて言葉を失いました。さらに、主人公にとって、これはトラウマになるな~というシーンが続きます。
やがて平和な時代になります。生き残った主人公たちは、人生をどう生きるか。
こういう戦争の描き方もあるんだなあと感心しました。
リアルでマヌケで笑えて、そしてシミジミとする反戦映画です。
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