November 21, 2009

DVD「真夜中のピアニスト」感想

 『うちの親父は 年に似合わず独断的でやり手だったろ。それがある時鼻につきだした。昔からそうだが今度は前と違った。以前は相談するふりだけして、結局俺が命令されて動いていた。今は何でも相談する。俺がどう思うか、どうしたいか、と。経理の女や秘書との浮気まで相談する。最低だよ。ぞっとする。俺をダチのように扱うんだ。どうかしてるぜ。当然ひらめいた。「親父じゃない。ガキになったんだ。保護者が俺かよ」と。俺が父親になったんだ。ある朝起きてみたら、立場が逆転してたんだ。どうしようもない。わめいて壁を殴ろうが役に立たん。』

 冒頭、主人公トムの相棒が語るこのセリフ。子はいつか父親を乗り越えようとする。でも、ある時突然、勝手に父親の方がこける時がある。高い所に登ろうとしていたら、突然はしごを外されたような感じ?

 原題を直訳すると「私の胸をうつ鼓動」くらいになるのでしょうか。邦題の「真夜中のピアニスト」とは全然違います。まあトムの心はいつも真夜中っぽかったですけど。

 主人公トムは地上げ屋。普段は非合法なやり方で強制的に立ち退きを迫り、法外な利益をあげる毎日。

 ある時、ピアニストだった亡き母の知り合いに出会い、ピアノのオーディションを受けようとします。まずは若い中国人のピアノの先生に指導をお願いするのですが、彼女は中国語以外ほとんどしゃべれない。だったら、誰かに通訳を頼めばよさそうなものですが、そうはしません。うまく弾けずにいらいらするトムを、なんとか指導しようとする彼女。フランス語と中国語でかみ合わない口論をするシーンが素晴らしい。彼女はたぶんズバズバと容赦なく批判しているんでしょうが、中国語の字幕は出ません。きっとこんなことを言われているんだろうなと想像しながらも、自分に都合の悪そうな部分には目をつぶろうとするトム。現実をまっすぐ見ようとしません。

 また、1対1で、しかも彼女の部屋でレッスンするわけだから、当然男女の関係にでも発展するのかなと思うのですが、そんなそぶりもさっぱりなし。

 夜、自分の部屋で、ピアノの巨匠ホロヴィッツのビデオを繰り返し見るトム。神が乗り移ったかのような手の動き。インスパイアされて、少しずつ上達していくトム。

 やくざな仕事をしている時、トムは自己嫌悪に陥ります。ピアノの練習をしている時が一番充実しているような気がする。ついにトムはオーディションを受けます。

 でも、素人が聞いても、彼のピアノはテンポが自己中心的に動きすぎです(たぶん代役の人がそういう弾き方をしているのでしょう)。しかも強引な弾き方。こんな弾き方で、プロのオーディションに受かるわけありません。でも、そんな彼が普段携帯音楽プレイヤーで聞いているのは、なんとエレクトロミュージック。日本で言うと「perfume」みたいな、若い女性が歌うクラブ系の曲です。当然無機質なサウンド。しかもいっさい揺れ動くことのないリズムなわけです。ピアノで弾くクラシックが、感情込めまくりのリズム揺れ動きまくりなのとは、実に対照的です。自分の好きなエレクトロミュージックの特徴(=厳格なテンポコントロール)が、自分のピアノの弾き方に反映されない。そこに彼の音楽家としての限界が見えます。

 なぜこうなるのか? このエレクトロミュージックは、やくざな仕事をする時の、彼の心を反映しているからだと思います。人間的な心を持っていたのでは、非情な仕事に徹することができない。だから非人間的な曲を聴いて、心のバランスを取ろうとする。そのように感じ取れます。ピアノを弾く時にテンポを動かしまくるのは、普段の非人間的な自分に対する反動ではないでしょうか?

 ラストは結局、気がついてみたら父と同じ道を歩んでいました・・・っていう感じ。ピアノの美しい響きが彼の心を癒してくれることを願いながらエンドクレジットを見ました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 10, 2009

映画「おくりびと」感想

 テレビで早くも放映されたので、ありがたく拝見しました。実にまっとうな映画でした。

 前半で、知人にせっかくもらったタコを、くねくね生きてるからという理由で川に逃がしてしまうシーンがあります。でも、逃がした時にはタコはもう死んでいた。ぷかぷかと川に浮かぶタコの死骸。どうせ死ぬのなら、ちゃんと食べて、自分の栄養として、生の糧として、役立ててあげれば、まだよかったかもしれない。これは後半の、フグの白子のエピソードで生きてきます。生命そのものを食べる行為が、「うまいんだよなあ。困ったことに。」というセリフにつながっているのですね。

 露骨な職業差別は結構見ていてへこみました。奥さん(広末涼子)の「さわらないで、穢れる」とか「子どもに、ちゃんと自分の仕事を言える?」とか、走り屋の高校生のせいで事故死した娘の親族が、葬儀に来たヤンキー高校生に向かって「一生あの人(本木君を指さして)みたいな仕事してつぐなうか?」「すみませんでした」とか、そうか、そんなにみんな、心の底からこの仕事を蔑視してるのかって、思い知らされるようにドラマは進行します。そういう風にこの映画は作ってあるわけです。

 「そんなに死体に触った手はいやか? そんなに死は恐ろしいか? 忌み嫌うものなのか? 穢れは移るものなのか? でも、自分の肉親の死体なら別なのかよ? 肉親の死体ならさわってもOKだけど、他人の死体はダメ? それって、かなり自己中心的な考え方のような気がするんですけど。それともそう思う私のほうがおかしいんでしょうかね? 納棺師って、普通にいい仕事じゃん。死者をすごく大切にする姿勢とかさ。」

 映画は、見ている者が上記のように思ってしまうように、ドラマを展開させていきます。で、奥さんも実際にその目でダンナの仕事ぶり、心の籠もった対応ぶりを見て、考え直したりします。このあたり、わかっちゃいるけど、いい展開です。

 ところで、納棺師って、いつから生まれた職業なんでしょうか? 今はこういうスタイルがスタンダードなんでしょうか? 私の祖母が亡くなった時は、私の母や叔母達が、みんなで湯灌して、化粧を施してから納棺してましたが。・・・本来は親族がする事のような気がします。

 それはさておき、本木君、こういう所作の美しさが必要な役、まさにはまり役ですね。本当に美しかったです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 04, 2009

DVD「フィッシュストーリー」感想

 伊坂幸太郎原作ですが、未読です。まったく時代も場所も違う4つのストーリーが、ラストで一つに収斂していく、伊坂さんお得意のパターンでした。結末からストーリーを作っていくんでしょうかね。でも伊坂さん、このパターンは別のお話でもっと効果的なのがあったような気がします(ラッシュライフ)。

 レコード屋に来ているお客の兄ちゃん、実に煮え切らない性格に設定されてますが、原作もこんな半端な役だったんでしょうか? 地球最後の日に、レコード屋でぷらぷらしてるにしては、感情の起伏が激しすぎるし、生への執着が、ありすぎなんですけど。

 ボーカル役高良健吾君の歌は抜群によかったです。それに「これは誰かに届くのかな? なあ、誰か聞いてんのかよ。今このレコード聞いてるやつ教えてくれよ。届いてんのかよ。これ、すっげえいい曲なのに、誰にも届かねえのかよ。ウソだろ。この曲は誰に届くんだよ。」はしみじみよかった。まるでニューアルバム「⊿」出す直前の、perfumeのあーちゃんの心境みたいです(音楽雑誌「ROCKIN’ON JAPAN」のインタビューをご参照ください)。

 「僕の孤独が、魚だったら、巨大さとどう猛さに、鯨でさえ逃げ出す」の歌詞もおもしろい比喩です。意味ないとか言ってるけど、なんだか村上春樹の翻訳っぽいテイストがあるところがいいです。

 多部美華子が、やはりよかったです。「私こんなところにいるの場違いなんですけど」みたいな表情で、よたよた宇宙船に乗り込むところとか、ラスト寝ぼけ顔で「すいません」とかが、実にキュート。

 森山君、頼むからサービス業らしく、髪をもっとすっきりさせてください。

 濱田君の「立ち向かえよ。なんで帰れって言われて、帰ってんだよ」には大笑い。こういう役、ドンピシャではまりますね。

 あと、予言する晴子役は、バイオリニストの宮本笑里に似た、目の大きな美人さん。高橋真唯さんですか。憶えとこう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 25, 2009

DVD「デトロイト・メタル・シティ」感想

 自分が歌いたい音楽と、世間に受け入れられる、いわゆる売れる音楽とは違う。世の中の、売れるようになったバンドの相当数が、この現実を受け入れて、歌いたい音楽ではなく、売れる音楽をリリースしてきたのではないかと思う。
 それまでずっと、とんがった曲調の、売れそうにない曲ばかりリリースしていたバンドが、ある時たまたまキャッチーなメロディーの曲を作ってしまい、それが売れてしまう、そんな時がある。「そうか、こういう曲を出せば売れるのか。」それに気がつき、バンドの方向性をそちらへ修正した、そうやって売れるようになったバンドを今までに沢山見てきた。軌道修正に気がつかなかったバンド、あるいは、そういう音楽はやりたくないと初志を貫いたバンドは、そのほとんどが、いわゆる一発屋で終わってしまった。

 一例として、バンドではないが、テクノポップユニットとして成功したPerfumeを引き合いに出そう。それまでアイドル路線ではまったく売れなかったグループが、「ポリリズム」でやっと売れ始めた、そんな時期の、あるTV番組でのインタビューである。

かしゆか「最初はテクノっていう音楽自体、聞いたことがなかったので」
あーちゃん「なんでこんな曲調なんだろうって思ってたんですけど」
のっち「感情をもっと前に出したいのよ、熱唱したいのよ、みたいな」
あーちゃん「高校生になったら、やっとテクノのよさがわかってきて・・・」

 本作も、主人公が本当にやりたい音楽は、ふにゃふにゃした毒にも薬にもならないようなポップミュージック(失礼)である。たぶんこの曲をよいと感じる人は、世間ではものすごく少数派であろう。マーケットとしてはとても小さく、商売としては成り立たないと思われる。路上で演奏する彼の曲をちゃんと聞いてくれるのは、犬だけである。その犬でさえも、途中で主人公を見放してしまうくらいだ。そんな主人公に、レコード会社の社長が歌うよう命じたのは、ヘビメタ(デスメタルバンド)であった。ところがこれが、主人公の本来持っていた才能を開花させ、伝説的なメタルバンドになってしまう。社長は彼が持っている隠れた才能に気がついていたのだ。
 本人は「僕がやりたいのは、こんな音楽じゃないのに」といいつつ、仕事をそれなりに一生懸命こなしていく。
 もとが劇画らしいので、ストーリーの展開は漫画チックで、ありえないシーンが次々出てくる。だが、どのシーンにも熱いエネルギーが感じられ、そのため細かいところはあまり気にならず、最後まで一気に見ることができる。この映画のために作られた曲も、いずれも熱い魂の名曲ばかりである。

 一部(というか、かなり)教育的ではないシーンがあるので、そういうのに目くじら立てるタイプの人は、決して見てはいけません。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 05, 2009

DVD「パコと魔法の絵本」感想

 もとは演劇作品。それを「下妻物語」や「嫌われ松子の一生」の中島哲也監督が映画化・・・などという事前予備知識いっさいなしで観ました(妻がやたらと勧めるので)。すると、どこかで味わったことのあるテイスト。例えば、色使いはかなり鮮やかな原色系。これは確かに中島監督っぽい色です。いやそれ以前に、こういうケレン味たっぷりの涙と笑いのシナリオは、以前どこかで体験したような・・・見終わってから、もとが演劇であること、そしてその劇のタイトルが「ガマ王子VSザリガニ魔神」であること。脚本は後藤ひろひとであることを知りました。後藤ひろひと・・・思い出しました。昔「ダブリンの鐘つきカビ人間」で思い切り笑って泣かされた記憶があります。あのテイストが、本作にもあるのですね。納得。
 医者に「思い切り泣いたら涙は止まるよ」と言われて、いきなり二人同時に泣き出すとか、ラストとか・・・危険です。いきなり涙がどわーっととまらなくなるシーン目白押しです。
 「おまえがワシのことを知っているというだけで腹が立つ」とうそぶくクソジジイの大貫は、なぜパコの記憶に残りたいと思うのか。なぜ「誰かのために何かしてあげたい」と思うようになるのか。
 パコは美少女です。演技しているのは、ハーフの女の子だそうです。彼女が絵本を読む時の「ゲロゲーロ」には、強烈な破壊力があります。こんなかわいい女の子が、「大貫、きのうもパコのほっぺに触ったよね」と言ったら、大貫が無条件降伏するのも当然かも知れません。でも、もしパコが美少女じゃなかったら。もしパコの「ゲロゲーロ」がちっともかわいくなかったら。もしパコが深刻な病気じゃなかったら。もしパコがひとりぼっちじゃなくて、両親が生きていたとしたら・・・。果たして大貫はパコの心に残りたいと思ったでしょうか? かわいい美少女が不幸って設定は、安易だし反則なんじゃないですか?
 パコが毎日読む絵本「ガマ王子VSザリガニ魔神」も、ストーリーとしては何だかなあ・・・という感じのものです。池のみんながザリガニ魔神にやられてしまった。「許せない」と言ってガマ王子が立ち上がる。それって、単なる復讐ですよね。運良くザリガニ魔神を倒せたとしても、池のみんなは帰ってこないのではないですか? だったら何のために戦うのですか? 自己満足のためですか? 
 でも、本作は、安易だろうが反則だろうが、とにかく大貫が人生で初めて「誰かのために何かしてあげたい」と思い、そのために何をしたらいいのかを悩み、考え、実行する話なんです。大貫だけでなく、病院にいるみんなが、パコのために何ができるかを考え、行動に移す。その過程の一つ一つが、とてつもなく美しい、そんな映画です。 

 機会があれば、劇のほうも観てみようと思います。DVDで出ているようなので。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 29, 2009

DVD「十二人の怒れる男」感想

 「12人の怒れる男」は、アメリカ版がもっとも古く(ヘンリー・フォンダが若いっ!)次が日本版、そして今作のロシア版が最新となります。父親殺しの容疑(本作では義父殺し)で起訴された少年を、12人の陪審員が狭い部屋の中で、有罪か無罪か、全員一致するまで、延々と話し合って決めるという筋立て。ほとんど室内のシーンばかりで、今風のCGのような、絵的に派手な演出は使えないので、かえって監督の才能が問われる作品です。日本でも陪審員制度が始まり、にわかに脚光を浴びているジャンルと言えますね。
 さて、本作は登場人物が前2作と違い、男ばっかりです。全体的に女性蔑視的な視点で作られています。アメリカ版のような、論理的な展開ではなくて、各人の体験打ち明け話の連続。いかにもロシアチックな話が次々に語られます。で、そのあい間に、被告である少年のドラマが挟まるのですが、それは映像のみで語られます。これ見て大体のところはわかってくれい! というパターンです。

 そりゃ、それぞれ皆さん事情はあるでしょうよ。ナイフの扱いがうまい理由とか、チェチェンとロシアの関係とか。でも、12人全員のドラマを見なきゃならないのかと、映画を見ているほうは、ややウンザリ。

 判決も、当然のように二転三転しますが、最後はいかにもロシア的な感性で全員一致となります。いいのか、そんなんで(笑)?

 これを見る時間があるなら、アメリカ版や日本版を先に見た方がよいと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 06, 2009

DVD「マンマ・ミーア」感想

 アバの名曲をリアルタイムで知っている40~50代の方には、この作品は文句なくお薦め。

 もとは舞台で上演されていた大ヒットミュージカルを映画化したもの。普通のミュージカルと違うのは、ストーリーにあわせて歌詞を書くのではなく、既に存在するアバの名曲の歌詞にあわせてストーリーが展開するところ。今まで歌詞の意味など気にもせず聞いていたあの名曲が、実はこんなとんでもない衝撃的な歌詞だったとは! おかげでストーリーもかなり衝撃的かつ笑激的! パパ結局誰なの?  

 ヒロインの二人の女友達は、冒頭だけ出番があって、あとはおばさん3人組に圧倒されまくり。すごいパワーです。メリル・ストリープが娘の結婚式の最中に、過去の大恥をさらされるシーンがあります。穴があったら入りたい所を、逆におじさん3人組が、勇気を持って告白することで救う。おじさんたちも立派です。ただ、おじさん3人組のうち残り2人って、ああいう結果でよかったのかな? 

 最後のステージ、一曲歌い終えたおばさん3人組が、「もう1曲、いくかい?」と言うシーンは、なんだか忌野清志郎のセリフっぽくて笑いました。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 19, 2009

DVD「ウォーリー」感想

 ディズニー/ピクサーによるCG映画

 最初に広告を見たときは1986年の映画「ショートサーキット」の焼き直しかと思いました。なにしろ、ロボットのデザインがあまりにそっくりなものですから。

 でも違いました。「ショートサーキット」のNo,5は、軍事用ロボットが落雷の影響で心を持つという設定でしたが、本作のウォーリーは、ゴミ処理ロボット。しかも、人類が見捨てた地球で、たった一台、太陽電池と、スペアパーツを使ってなんと700年間も働き続けてきた・・・という設定。もうこの設定だけで、うるうるしてきます。特にオープニング。巨大なビルを俯瞰で見るシーン。妙に赤茶けたビル群に違和感を感じて見ていると、カメラはそこへぐぐっとズームアップ。実はそれはウォーリーがゴミをプレスして作ったブロックを丁寧に一つずつ積み上げたものだったという・・・。

 こういう設定大好きなんです。しかも、この設定部分を語る約30分間、台詞がほとんどありません。細やかな演出の積み重ねで、実に静かに、でも豊かに見せてくれます。こういう語り方は、日本人が得意にしていたと思うのですが、昨今はディズニーがすっかり自分のものにしてしまっているんですね。

 途中から人間が出てきたりすると、もう普通に今までのディズニー映画になってしまいます。船長が立って歩くシーンとか、どこかのアニメのパロディーのようで、大笑い。エンディングも、ディズニーらしい終わり方。でも、エンドロールの見せ方は、日本のアニメ映画やゲームのエンドロールのように、細かい芸と心配りが散りばめられていて、むむ、結構日本を研究してるな、という感じです。

 おまけの短編、宇宙船を修理するロボット、バーニーのお話も、やはりほとんど台詞なしですが秀作です。ロボット同士の無言の会話、その間の取り方が絶妙です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 28, 2009

DVD「スカイクロラ」感想

 押井守監督の話題作、 やっと見ることができました。しかもブルーレイディスクがレンタルできたので、大画面で細部にまでこだわりまくった映像を心ゆくまで堪能。本当に大満足の一本でした。

 まず背景やメカニック関係ですが、ぼかしやハイライトを効果的に入れていて、リアルそのもの。ベスパがコーナーにさしかかると、シート下のバネがカーブの内側だけぎゅっと縮む様子まで描写するなど、徹底して細部にこだわっています。それに対して登場人物は、ほとんど輪郭のみ。色も必要最低限しか使わないというたいへん平面的な表現をしています。非現実的な描写と感じました。登場人物が、キルドレという特殊な生命であることの意味が、絵として強烈に印象づけられたような。
 しかも、静止画として見た時には非現実的なのに、動きは超リアルなキルドレたち。ほんのわずかな、何気ない仕草。それを丁寧に時間をかけて一つひとつ積み上げていくように描写していきます。
 自分たちキルドレは、戦争をするために創られた生命(キルドレ=キルとチルドレンからの造語と思われます)。ならば自分たちに生きる意味はないのか? 
 それを必死に探しあてようとしているように感じられました。

 ストーリーも強烈です。国民に平和を実感させるために、企業が代理戦争をするという世界設定からしてまず、皮肉たっぷりです。キルドレは、そのために使い捨てされる人口生命体。国際紛争はすべて話し合い(=金)で解決するという平和な社会に、生まれた時からどっぷり浸かっている日本人に、平和のために犠牲になっている者たちへの思いを馳せろと、ひりひりするような感覚で訴えているように感じます。
 老化現象のないキルドレたち。彼らは戦死した後、名前も姿も記憶も新しくなって甦り、再び戦場に戻ってくる。でも、新聞を読み終えた後、几帳面にそれを折り畳まないと気が済まないとか、煙草に火を点ける時に使ったマッチを必ず二つ折りにするとか、基本的なパーソナリティは以前と変わらない。リセットされたはずの記憶の中で、戦争という死と隣り合わせの状況の中で、彼らは自分たちが今ここに生きていることの実感を必死で探そうとする。いったい、生は死を思うことでしかリアルに感じられないのだろうか?
 風や光、毎日繰り返される穏やかで何気ない日常の中に、生を感じる一瞬。そういった繊細な描写が印象に残る作品です。

 劇中の音楽もすばらしいのですが、効果音も大変リアル。ぜひこの非現実的なのにリアルな世界を、よい環境の装置を使って体験して欲しいと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 01, 2009

DVD「永遠の子どもたち」感想

 何年か前に、児童虐待をテーマにしたよく似たタイトルの小説がありましたが、本作はそれとは何の関係もありません。そもそもスペイン映画ですし。
 原題は「エル オルファント」直訳すると、孤児院。制作はギレルモ・デル・トロ。前作「パンズ・ラビリンス」では色彩の恐怖に酔いしれましたが、今作は色よりも音が怖い怖い。暗いシーンが多いんです。びびりながら見ました。
 伏線の張り方が絶妙です。
 まずオープニング。子どもたちの手が壁紙を次々にぺりぺり引っぺがすと、その下から監督やらプロデューサーやらオープニングクレジットが現れるという仕掛けになっています。これは一体どういう伏線なのかと思いながら見ていました。映画中盤で気づくと思いますので書きますが、心の奥底に隠していた、思い出したくない過去が、次々に暴かれていく・・・という意味なのですね。

 さて、本作のヒロインであるラウラは37歳。幼少期は孤児院で育てられ、途中で里親がついて、孤児院から出たという経歴が語られます。孤児院には全部で6人の子どもたちがいた。その子たちが、過去にトマスという孤児に過ちを犯したらしい。

 ラウラ本人は気がついていないらしいのですが、どうやら心の奥底に罪の意識があるようです。ラウラは、孤児である自分を育ててくれた恩返しとして、シモンという名の少年を養子とし、さらには孤児院を経営しようと考えます。でも、封印している本当の自分の心、自分では気がつかない深層心理から考えると、これは過去の過ちに対する贖罪なのではないでしょうか。   

 途中でドッペルゲンガーの話が出てきます。もう一人の自分。これはヒロインの心の状態を暗喩しています。

 シモンがピーターパンを読んでからラウラに聞きます。「ウェンディは年をとる?」「そうよ、だからネバーランドには戻れないの」「ママは何歳で死ぬの」「ずっと先よ あなたが大人になってから」「僕はならないよ大人には 友達も」「友達?」「6人いる」「なるわよ」「なれないんだ」怖い伏線です。

 シモンは行方不明になります。犯人は冷静に消去法で考えると自然にわかります(登場人物そんなに多くないですから)。ラストはこの監督らしく、キリスト教的には一見ハッピーエンド、でも実は非常に残酷な終わり方をします。

 人は見たくないものを見ようとしない。この冷たい真理を、ぐさりと観客に突きつけてくる映画です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

映画・テレビ | 書籍・雑誌