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2018/01/28

wowow「モンスタートラック」感想

 アメリカの自動車映画。アニメだと「カーズ」が有名ですが、本作は実写です

 ジャンル的にはファンタジー系なのでしょうか。油田の下から飛び出してきた謎のモンスターが、高校生のピックアップトラックのエンジン部分となり、次々に物理の法則を無視したファンタジックなドライビングを見せるというもの。荒唐無稽な設定なのですが、たいへん面白く観ることができました。

 何がよかったかというと、まずはモンスターの造型でしょうか。足が八本ほどあるので、タコなのかと思いきや、水の中を悠々と泳ぐ姿は、さながらジュゴンのよう。つぶらな瞳もポイント高し。ラストで主人公が自分のピックアップトラックに施す塗装がまたよろしい。

 次に興味深かったのは、日米の高校生の文化の違い。

 日本で走り屋と言えば「頭文字D」のように、軽量ボディに高回転型ハイパワーエンジンを積み、固く引き締めたサスペンションで峠を走るものでした(今の若い人はどうだか知りませんが)。ところが、アメリカの高校生にとっての車文化とは、直径1メートル以上はありそうな巨大タイヤを四輪駆動でぶん回すV8高トルクエンジンを積んだピックアップトラックで、道なき道をガンガン走るというものらしいのですね。さすが大陸文化。舗装道路よりも圧倒的に未舗装道路の方が多いお国柄が出ています。昨今日本で流行りの、なんちゃって四駆(SUVと言うらしい)なぞ、お呼びじゃありません。完璧にマッチョでマッスルです。

 次に驚いたのが、アメリカの高校では、家庭の事情などで授業に出席できない生徒の家に、同級生が授業内容を教えに来るらしいという所。しかも本作では美人(らしい。私のストライクゾーンからは、ちょっと外れていて・・・)の女子高生が主人公のところにやってくるわけです。こんなの日本では絶対ありえない(笑)。まあ本作もエンタメ映画ですから、大分盛ってるんでしょう。

 テーマとしては、一応、環境保護と家族愛のようなものがあるわけです。しかも家族愛の部分は、モンスターの家族愛に触発されて主人公にも家族愛が芽生えるなど、なかなか考えられた脚本となっています。

 楽しい映画でした。

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2018/01/20

藤崎彩織「ふたご」

 直木賞候補作。でも、とれませんでしたね

 小説というよりは、日記を読んでいるような感覚でした。読みながら、デビュー間もない頃、セカオワがNHKの音楽番組の取材に応じていたのを思いだしました。地下室で曲を作っているフカセとサオリの二人、どちらも病的な目をしていたことが深く印象に残る番組でした。そういう意味では、二人はまさしく当時、「ふたご」のように同じ心の病を抱えていたわけですね。

 本作には、この二人が、病的どころか、まさに病気そのもの(てんかんを発症する重度のADHDと、重度の鬱病)で苦しんでいる様子が、これでもかこれでもかと、執拗に、しつこく、エグく描写されています。セカオワのデビュー当時の楽曲「虹色の戦争」の歌詞は、おそらく若い時のこの二人のあやまち(小説には出てきませんが)がモチーフとなっていると考えられます。

 小説を読む楽しさはほとんど感じませんでした。変わりにこの二人がどういう関係だったのか、まるで週刊誌のゴシップ記事を読むような感覚で、ページをめくり続けました。人の不幸はやっぱり楽しい。バンドとしては一定の成功を収めていますが、この二人が普通の人の幸せを手に入れることは、おそらくないんじゃないでしょうか。

 序盤で月島(フカセですね)は「俺からすれば、みんなが一体何が面白くて人生を生きているのか全く見当がつかない」と言います。また、終盤で主人公は「お前に才能はない」という声が頭の中に響くようになります。さらに「自分にしかできないことは、一体何なのだろう」と悩むのです。

 先日中学3年の男子生徒が、作文に「生きることに意味なんてない。ただ、人生は楽しんだ者の勝ちだ」と書いてきました。

 また、中学3年の国語の教科書に、鷲田清一氏のエッセイが載っているのですが、そこでは「人と違う何者かになろうとする生き方の苦しさ」を述べています。自分にしかできないことを探すのではなく、周囲の誰かと助け合いながら何かを成し遂げる。それが本当の大人の自立というものなんだよと。

 本作は、だから中3レベルでも十分答えに到達することのできる悩みについて、あーでもないこーでもないと、うだうだ考え続けたらしい男女の日記です。

 「スターライトパレード」以後、セカオワの楽曲はゲーム音楽やディズニーパレード音楽的なワクワクドキドキファンタジー方向に進み、二人の病的な部分は表に出てこなくなりました。おそらく二人以外の誰か(おそらくナカジン)がそっちへ舵取りしたのでしょう。このまま商業主義的に成功する方向で行くのだろうと思っていたのですが、でも、こうして小説で二人の心の闇の部分を出版物にしてあきらかにしてしまった以上、それを今後楽曲に反映させるのかどうか? このバンドの進む方向に、ちょっと興味が沸いてきました。

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2018/01/13

wowow「ドクター・ストレンジ」感想

 アメコミ原作の映画です。

 「シャーロック」で有名になったベネディクト・カンバーバッジが主演というところが、本作の最大の売り。ただのヒーローものとは一線を画しています。っていうか、もろにホームズのキャラそのままです(笑)。つまり、才能はあるけど傲慢で、人の言うことに耳を貸さず、平気で他人の心を傷つける。映画「イミテーションゲーム」では、暗号解読機エニグマを開発した天才を演じましたが、こういったアスペルガー症候群(「シャーロック」では「高機能社会不適合者」という設定)っぽい役を演じさせると、カンバーバッジは最高ですね。一触即発ヒリヒリするような神経質さを感じさせる話し方や、おのれ以外誰も信じようとしない神秘的な目の色など、非常に魅力的です。本作でもそれが最大限に発揮されており、ストーリーそっちのけで、カンバーバッジの演技に見入ってしまいます。

 映像的には逆再生やら万華鏡的CGやらフラクタル的CGやらフィボナッチ的CGやら、おもしろい映像が次々に繰り出され、飽きさせません。また、カンバーバッジが敵から逃げるために異次元の扉を開こうとして、指を必死でくるくる回すシーンなんかは、なかなか笑えます。ラスボスがカンバーバッジのしつこさに音を上げるシーンも最高におかしい。

 あと、スタッフロールの後に出てくる、ジョッキのビールが勝手につぎ足される魔法・・・あれ欲しいなあ(笑)。

 

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2018/01/06

川上和人「鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。」感想

 帯に「売れてます! 笑えます! 続々大増刷」とあり、そんなに話題の本だったかと思いながら手にとって見ると、帯のはしっこに小さな文字で「ただし鳥部門(笑)」とあったりする。

 理系人間が書いた面白い本は、去年、前野ウルド浩太郎著「孤独なバッタが群れるとき」を紹介した。本作も同じように面白いのかと思って読んでみたが、残念ながら、「孤独なバッタ・・・」ほどは面白くなかった。 

 本作はあちこちに、受けを狙った表現や親父ギャグが出現する。例えば「次の敵はいよいよピッコロ四人衆だ。付け焼き刃の修行ではかめはめ波は少ししか出なかったので、調査前年からクライミングジムに通い始める」というような感じ。・・・実に親父っぽい。

 一方「孤独なバッタ・・・」は、受けを狙った訳ではないのに、ナチュラルに、天然に、面白い。そこがすごい。

 笑いが、作為的かそうでないかの違いは大きい。

 とはいえ、おじさん世代が嬉しくなってくる表現もある。一例として、アカガシラカラスバト、愛称アカポッポの頭がなぜ赤いのかを説明する章を引用しよう。

「ザク等とジオングには大きな違いがある。前者はいずれも量産型のカスタムモデルに過ぎないが、ジオングは1機しかない試作機だったということだ。(中略)ここで小笠原に視線を戻すと、オガサワラカラスバトという別のカラスバトの分布記録があることに気付く。この鳥は、アカポッポと近縁のやはり全身が黒いハトだった。これが、いわゆる量産型ザクである。(中略)アカポッポの頭が赤いのは、オガサワラカラスバトと形態的な差別化をするために進化した帰結と考えると、実に合理的である。」

 ガンダム世代なら、この説明でアカポッポの頭が赤い理由が一発で納得できること間違いなし。つまり本作は、読者の年齢層が限られる点に問題があると言えよう。

 本作は、実は最後の第六章が、本当の執筆理由ではないかと思われる。

 2011年、ハワイのミッドウェイ環礁で新種の鳥が見つかった。実は筆者は、同じ鳥を2006年に発見していながら、「他の人にも簡単に見つけられまいし。今、忙しいし」といった理由から、新種としての論文発表をほったらかしてしまったのである。「あぁ、やってしまった。いや、やらないでしまった」という猛烈な後悔が、本書を執筆するエネルギーとなったのではあるまいか。

 最初から最後まで、一貫して親父臭い表現が続くのだが、それさえ我慢できれば、本書はなかなかに楽しい一冊であると言えよう。

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