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2017/11/25

Panasonic「AWA DANCE 360°VR」感想

 パナソニックセンター大阪に行ってきました。

 目的はもちろん、Perfumeの「AWA DANCE 360° VR」を体験するため。

 場所は1階の、テクニクス リスニングルーム横。

 長テーブルの上にVRが2セット置いてあり、担当のおじさんが使い方を説明してくれます。

 この日は待ち時間ゼロで、体験させていただきました。

 時間にして、おそらく50秒程度。あっという間です。 おお! 首を向けた方向の映像が見えるのか・・・。で、終わってしまいました。ちょっとちょっと、のっちばっかり追いかけてたもんだから、他の二人を見る余裕がなかったよ(汗)。もう一回見てもいいかな? とVRを置いてみると、なんと知らぬ間に私のあとに何人か順番待ちが。

 とりあえず、女子高生らしき方やら、カップルさんやら、仲良しおばちゃん二人組さんやらに順番を譲ることにして、ひとまず、すぐ隣のテクニクス リスニングルームで、一本百万円を超えるらしいスピーカーSBーR1の音を聞くことにしました。こちらもたまたま、私の他に客がいなかったので、一人でこの贅沢な空間を独占という幸せ。辻井君のリストやらヒラリー・ハーンのシベリウスやら、美空ひばりの川の流れのようにやら、いろいろ聞かせていただきました。スピーカーの他にも、アンプやら無垢のフローリングやら壁材やらにも金をかけているそうで、「全部で2000万円かかってます」・・・・・え? この音って、そんなに金かかってるんだ。

 ・・・いやぁ部屋が狭すぎるよなあ。3mくらいの距離で聞かされたんだけど、同軸スピーカーのせいで、音像がやたらでかい。美空ひばりの口がでかい。物量大量投入方式のシステムなので、(スピーカー1本で72キロ・・・一人じゃとても動かせない)音の揺るぎのなさは比類ないのだけど・・・。たぶんこの部屋の4倍くらいの広さで、もっとスピーカーから離れて(おそらく8m以上)聞いたら、このシステムの真価がわかるんじゃないだろうか? 部屋の広さ確保のほうに金を使わなかったのが惜しい。

 30分ほど極上の音を満喫したのち、再びVRコーナーへ。うまいことに今度も待ち時間ゼロ。「すいません。もう一度体験させてもらってもいいですか」「どうぞどうぞ」というわけで、2回目はかしゆかを見て、振り向いてあ~ちゃんを見て、また振り向いたら今度はすぐ目の前にのっちがいて、しかも超高画質で・・・という、なかなかにドキドキする体験をじっくり味わうことができました。いやあ、VRシステム、いいなぁ。

 というわけで、JR大阪駅のすぐ北にありますので、機会があればぜひ体験を。待ち時間はすぐ横で、テクニクスの超弩級スピーカーを堪能してください。楽しいですよ。

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2017/11/24

BD「キングコング 髑髏島の巨神」感想

 オリジナル1933年版(白黒)「キングコング」との比較をメインに。

 まずオリジナル版は、とにかくコングのキャラがわかりやすい。白人女性のアンに一目惚れしたら、その後はとにかく中年エロ親父パワー炸裂! 独占欲丸出しで、「オレの女に手を出すヤツは、誰だろうと皆ぶっ殺す」とばかり、肉食恐竜(ティラノサウルス?)をぶっ殺し、大蛇をぶっ殺し、翼竜(プテラノドン?)をぶっ殺す。そうしてやっと彼女と二人きりになったら、今度は彼女の衣装を一枚一枚引っぺがす。指についた彼女のにおいをフガフガかいで、ご満悦上。これって、危ない中年エロ親父と、行動原理同じだろ(笑)。オスの本能だよなあ・・・。

 映画の後半では、麻酔弾で眠らされ、ニューヨークに連れてこられるも、目の前でアンが人間の男といちゃついているのを見せつけられて怒り爆発!オレの女に何すんだ~とばかり、手枷足枷もぎ取って、アンを追いかけてマンハッタンのビルを登りまくる。ビルの中にそれらしい若い女性を見つけるも、アンと違うと知ったとたんに、ぽーいとビルの外に捨ててしまう。なんてわかりやすいキャラ(笑)。

 そこへいくと、新作のコングは、一体何のため闘っているのか、さっぱりわからない。大ダコと闘ったのは、どうやらタコの足喰うためらしいけど、トカゲの怪物と闘うのは、親のカタキなのか? だが、果たしてゴリラに、親の敵討ちという概念があるものなのだろうか?

 それとも、敵討ちじゃなく、人間を救うために闘ってるとでも? 本作は、人間にもいいヤツと悪いヤツがいる描き方なのだが、コングがどうやって、いい人間と悪い人間を見分けているのかがわからない。そもそも人間の善悪の価値観と、コングのそれとは一致しないだろう。

 オリジナル版はアンというヒロインに一目惚れしたのが、その後のコングの行動の動機となったが、本作のヒロインは、ちっともコングに気に入られていない。女性は白人カメラマンと、チャイナ系学者の二人いるんだけど、コングは彼女たちに、異性として興味を示さないのだ。

 なんで新作のコングは、人間を救うのだ?

 などと面倒くさいことは考えずに、単純にコング対怪物たちの対決シーンを楽しめばいいのではないか。そういういう映画なのではないか。

 で、それで結構、いやかなり楽しい(笑)。アクションシーンも楽しいが、カメラワークがあちこち楽しい。Aと見せて実はBだったみたいな。

 続編も観ようと思う。

 

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2017/11/18

森絵都「出会いなおし」感想

 随分印象が変わったな。あれ、こんな作家さんだったっけ?

 短編六つ。

 一作目の「出会いなおし」は、まるで森絵都本人の回顧録のよう。

 27歳(推定)の時の「宇宙のみなし子」は、当時の中学校読書感想文課題図書だったように思うが、とにかく瑞々しさがページから溢れていた。屋根の上に登って星を見たくなった。

 31歳(推定)の時の「カラフル」は、歴史に名を残す傑作だった。SNSに「死にたい」と書き込む人は、これ読んでないんじゃないの? スマホいじる暇あったら、本読めよ。

 そして34歳(推定)の時の「DIVE!!」は、スポーツ青春小説の王道だった。マネして同じパターンの小説やマンガが、後から後から、まさしく「雨後の竹の子のように」現れたものだ(駅伝とか、野球とか・・・とか・・・とか)。

 ところが、ここから森絵都の筆は急に衰える。37歳(推定)の時の「風に舞い上がるビニールシート」は、一体どうしちゃったんだろうという作品である。中途半端におばさん臭いのだ(直木賞はとったんだけどさ・・・)。

 「出会いなおし」を読むと、なるほどあの頃はそういう心境だったのね、と得心する。

 そして今、充電されて、吹っ切れて、さらに中年おばさんパワーを手に入れ、過去の森絵都とは違う森絵都に生まれ変わったわけだ。

 特にその威力が遺憾なく発揮されているのが二作目の「カブとセロリの塩昆布サラダ」である。途中カブ料理のレパートリーが延々と述べられるのだが(なんと1ページ半も!)、よくまあ編集者も妥協したものだ(笑)。おばちゃんだからこその押しの強さを感じた。しかもたかが「カブとセロリの塩昆布サラダ」の話で、ここまでドラマチックに展開しますか! 泣かせますか! 笑わせますか! とにかく吹っ切れ方がすごい。新生、森絵都である。いやびっくり。

 人生の重要な岐路で、実在しない人物がアドバイスを示してくれるパターンの話が二つある。こういうちょっとファンタジーっぽい書き方は、「カラフル」を思いださせる。また、随所に散りばめられた比喩表現は、しばしば私の胸に、真ん中どストライクで衝撃を与えてくれる。こういったところも昔の森絵都のまま。

 そういうわけで、昔のファンも、最近ファンになった人も、どちらも楽しめる一冊。

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2017/11/12

千早茜「ガーデン」感想

 この小説の主人公羽野、一般的には「草食系男子で帰国子女」というレッテルを貼られるのだろう。しかし羽野は、強烈にそのレッテルを拒絶する。そういう典型的なパターンの小説ではないのだよと。

 偽善が嫌い。人間づきあいが嫌い。人間とよりも植物と暮らすほうがよっぽどマシだというキャラ設定。人間や生物のにおいに過敏に反応するあたり、アスペルガー症候群の一種かと思わせる描写もある。

 少年時代の羽野が、海外で老婆にジュースを渡し損ねる体験が強烈。その記憶が「人に感謝されたいという欲求がない」特異な性格を形成する。

 自分を周囲に押しつけないので、おかげで女の子たちにはやたらと人気が高い。同僚のタナハシにモテ、モデルのマリにモテ、バーテンダーの緋奈にモテ、人妻の矢口さんにモテ、バイトのミカミさんにモテ、先生の愛人理沙子さんにモテる(こういう設定に虫酸が走る人は、本書は手に取らないほうがよかろう)。

 羽野の周辺の女性たちは、皆、羽野に近づき、羽野に話を聞いてもらいたがる。「私を見て」「私に気づいて」「私をかまって」光線を出しまくる。だが、結局女の子たちは、皆羽野から離れていく。羽野が、彼女たちの願望を知りながら、何一つかなえてあげないからだ。

「自分の好きなものをわかってもらいたいと思ったこともない」「それって、さみしくないですか」「さびしくない」

 最近教育現場では、「自尊感情の育成」がキーワードとなっている研修が多い。自分で自分に価値があると感じる人間は、他人の評価を必要としない。自分に価値を感じない人間は、他者の評価を気にする。他者にほめてほしい。「きれいだね」「がんばってるね」「すごいね」と言われたい。「一緒にいてほしい」と言われたい。SNSがこんなにも大流行している背景には、自尊感情を持てない人間がそれだけ多いという事情があるのだろう。そして、みんなこじらせる。

 例えば、本作に出てくる女性タナハシは、出社拒否症に陥り、バイトのミカミちゃんは、「自分を殺すことを愛や喜びと思」うことで、若手男性社員との出来ちゃった婚に進む。そのほか、いきなり行方不明になる女の子が二名も出てくる始末・・・。

 女流作家らしく、女性の性格の恐ろしい部分を見事にえぐって描写する。だから、羽野は悩む。自分の対応が間違っていたのだろうかと。

 今後も注目したい作家である。

 追記

 序盤で雑誌の取材のため、京都に行くシーンがあるが、京都の魅力をよく捉えていると感じた。作者は京都に住んでいたことがあるのだろうか? また、コケとSNSの共通点についての考察もなかなかおもしろかった。

 

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2017/11/05

伊坂幸太郎「ホワイトラビット」感想

 伊坂氏の新刊

 いつもの伊坂氏の作品とはちょっと様子が違う。p182まではとにかく、一体誰が本作の主人公なのか、さっぱりわからないのだ。一人称が兎田だったり、春日部課長代理だったり、つまり多視点で語られるドラマというのもある。「レ・ミゼラブル」を模して、あちこちに突然作者の語りが差し挟まれたりするのも一因だろう。「ここで一度、時間を巻き戻し、~の場面に戻そう」みたいに、これは実はこの後こうなるんだが、ひとますそれはおいておいて、今はこっちの話をしておこう的な語りが多く、時系列がぽんぽん飛ぶ。おかげで小説というよりは、なんだかテレビドラマの脚本を読んでいるみたいに感じたりもする。

 それが、p182からは一気に主人公が誰なのかが明確化し、ドラマはぐんぐんと加速し、それまでの伏線をひょいひょいと拾い集めて繋ぎあわせ、怒濤のエンディングを迎える。このあたりの展開の爽快さは、まさに今までの伊坂氏そのもの。

 p182までは、なかなか思うようにドラマが進まないし、それぞれのドラマがどう繋がるのか見当もつかないしで、読んでいて不安になってくると思う。しかし、是非想像力を働かせて、このややこしいパズルが、どう繋がっていくのか、推理しながら読んでほしい(私は今回、残念ながら全然わかりませんでした)。

 さてここからはどうでもいい追記。

 本書、P15の「ごめんね祇園精舎、悪いね沙羅双樹」の次のところに、「兎田が『平家物語』を知っている可能性は低く」とありますが、いや、かなりの確率で知っていると思います。なぜなら平家物語冒頭部分は、中学2年の国語の教科書に載っており、さらに言えば、ほぼどこの中学校でも、暗記させられることになっているからです。

 p91の中村の台詞。「アリさんとな俺たちを一緒にしないでくれ」・・・校正漏れですね、第二版以降は果たしてなおっているかな新潮社。

 

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