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2017/09/23

佐藤正午「月の満ち欠け」感想

 第157回直木賞受賞作です。

 ですが、今回の作品は私は生理的に受け付けられないものでした。

 過去の佐藤正午氏の作品は、結構好きなものが多く、特に「鳩の撃退法」なんかは大好きでした。こっちが直木賞だったらよかったのにと思うくらいです。

 では今回の作品のどこが苦手だったかというと・・・

 まず、ヒロインが魅力的ではないところ。無断欠勤をわりと平気でする人です。仕事に行くのがいやだから、押しの強い男に言い寄られて、そのまま押し切られるように結婚してしまう、主体性のない女として描かれています。若い男に言い寄られても、そのまま押し切られる、だらしのない女です。

 こんな女では、何度生まれ変わってくれても、自分は好きになれる気がしません。

 次に、生まれ変わった女は、小学生とか中学生とかなわけです。男の方は60前後の、人生の終点が見えてきたおっさんなわけです。この二人が、男女の関係になったら「アウト」でしょう。作品中でも、少女の母親がその点を危惧しています。それなのに、なぜか作者は、ラストで二人の再会を美化して書いているのです。

 冷静に読んだら、変態親父の話だし、少女の年齢から考えて、法律上いろいろひっかかりまくりそうです。少なくともまともな大人が読む娯楽小説としては、いささか無責任ではないかと思います。人生終わりかけたおっさんの願望を美化して書いたのかと勘ぐりたくなります。

 まあでも、「源氏物語」だって、おっさんになった主人公が、美少女を見つけて、自分好みの女に教育していく話でしたよね。だったら、本作もありなんですかね? 

 あと、中盤で出てくる体育会系サラリーマンの思考回路と、それに対する妻の本音の描写あたりは、勉強になったと言えるかな。

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2017/09/17

wowow「セルフ/レス 覚醒した記憶」感想

 SF映画です

 ざっとあらすじ。建築家として巨額の財をなしたダミアン爺ちゃんは、寄る年波に勝てず、癌で余命わずかと診断される。そこで、金に物を言わせて、クローン技術で培養した若い肉体に自分の意識を移植する手術を受ける。もちろん認可された治療法ではなく、金持ちだけ相手にする闇組織。ところが手に入れた若い肉体は、実はある軍人が、自分の娘の治療費を捻出するために身体を売ったものだと判明。人道的にいかんだろと思ったダミアン爺ちゃんは、闇組織を叩きつぶすために動き出す。

 こうやって書くと、なんだかありえないような、すごい展開に思えますが、なにしろダミアン爺ちゃんは優秀な軍人さんの肉体をいただいたわけなので、アクションシーンなんかバリバリにこなせちゃうわけです。銃器の使い方もお手の物。しかも頭脳は人生の成功者として数多くの修羅場をくぐり抜けてきた爺さんの冷徹な思考力のまま。「私は慎重だ」「何事にも保険を用意する」いやこの台詞にはしびれました。クレバーな主人公大好きです。

 そんなわけで、ダミアン爺ちゃん(いや見た目は若いんですが)、がんばって闇組織の本拠地を探り当て、防御網をくぐり抜け、二度とこういう非人道的な治療が行えないよう、徹底的に破壊します。最後の絶体絶命のピンチも、冷静な判断で見事にクリア。爺ちゃん神対応ナイス!

 ラスト、ダミアン爺ちゃんが、軍人さん家族のために選んだ道も感動的。ウルトラマンの最終回をついつい思いだしちゃいました。

 ケンカしていた実の娘へのメッセージの渡し方も、実に素晴らしい。

 この二つのエピソードに共通するのが、相手に幸せになってほしいという思いの深さ。自分の幸せなんか二の次、というスタンス。老後はこうあるべきですぞ、全国の爺ちゃんたち(自分も含めて)。

 最近、爺ちゃんが活躍する映画が増えてきていますが、本作は見た目若くても心は爺ちゃん。しかも、すごくいい爺ちゃん。泣けます。

 また、若返りを謳って金持ち相手に臍帯血を売りつけたニュースなんかを聞いていると、もはや本作がSFじゃなくなってきつつあるように感じます。ただ、現実は、本作のようにスーパー爺ちゃんが登場して、悪をやっつけてくれたりはしないんですよね。

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2017/09/15

Perfume「If you wanna」歌詞の意味

 この曲も、主語を誰に設定するかで、意味が変わってくる。

 まずは本人視点で解釈してみよう。

1番

 これからもPerfume としてずっと活動が続けられますように、そんな願いを込めて

  でも私たちもいいかげん歳だし、みんなから必要とされなくなる時がくるんじゃないかと、ちょっと気になってる

 2番

 リオオリンピック閉会式の録画を見る度に、MIKIKO先生の演出にいつも見とれて 

 でも、私たちもきっと、オリンピックに関われるんじゃないかってことを信じてる

 

 ※(英語部分)

  そういつだってキレイでいたいわ

 もしあなたたちが私たちのことを愛してくれるのなら

 

次に ファン視点で

 1番

 彼女たちにはいつまでも活動を続けてほしい。そんな願いを込めて

  でもひょっとしたら、引退してしまうんじゃないかと、ちょっと気になってる

  2番

 僕たちは3人のダンスに、いつも見とれて

  きっと彼女たちは3年後のオリンピックに関わるってことを信じてる

 先日(9月14日)の対バンライブで、ついにあ~ちゃんが、3年後のオリンピックに関わりたいというような趣旨のことを述べた。

 これは本当に3年後、あるかもしれない! 

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2017/09/10

エリザベス・ストラウト「私の名前はルーシー・バートン」感想

 筆者は2009年に「オリーヴ・キタリッジの生活」でピュリッツアー賞を受賞したニューヨーク在住の女性作家。

 本作は中盤で、主人公がセアラ・ペインという名の小説家のワークショップに参加する。そして書きためておいた小説の一部を見てもらい、次のような評をもらう。

「娘が入院したので、母親として見舞いに来て、なぜか堰を切ったように、ほかの人の結婚がだめになった話をする。自分でもわからないのね。そういう話をしようという意識はない」

 そういうわけで、本作の前半は、結婚に失敗した親戚やご近所さんたちの話が次々に登場する。

 まずはキャシー。わが子が通っていた学校の先生とくっついて、夫と子どもを捨て、町を出る。ところが頼りにしていた男が実はホモで、キャシーの人生の後半はじつにみじめで寂しいものとなる。

 次が母のいとこのハリエット。シガレットを買ってきてやると言って出ていったきり夫は帰って来ない。

 ハリエットの娘のドティは、何年か前に、旦那が他の女と消えてしまう。

 メアリの旦那が秘書と浮気をして十三年にもなるということが発覚。その女がものすごく太っていたことを知ったメアリは心臓発作を起こす・・・などなど。

 後半で筆者は次のように書く。

 「人間は優越感を欲しがるものだ。どうにかして自分の優位を感じていようとする。どこの人間も同じだ。いつでもそうなる。その習性にどんな名前をつけるにせよ、踏みつけにする誰かをさがさないと気がすまないらしい。人間の成り立ちとしては最下等の部分だと思う」

 主人公と母は、いつ退院できるかわからないという状況の中、「人間の成り立ちとしては最下等」である「他人の不幸」を話題にすることで、不安な気持ちをなんとか心の片隅に追いやろうとしている。

 終盤、主人公が離婚と再婚をするのだが、娘が母に、新しい夫のことをこう言うのだ。「いい人だと思うわよ。だけど、眠ったまま死んでいてくれていたら、なんてことも思う」主人公は、娘を深く傷つけてしまったことを知るのだ。入院中に他人事のように話していた人生の哀しみが、ラストで自分に降りかかってくるのである。

「いまでも思う。人生は進む。進まなくなるまで進む」

 ちなみに上記のような読み方は、たくさんある本書の読み方のうちの、一つにすぎない。読んでみるとわかるが、本書はもっと違う読み方もできる、複層的な厚みを持っている。

 セアラの、小説を書く姿勢についてのアドバイスが、なかなかにすごい。なるほど小説を書くというのはこういうことかと。まさしくプロ中のプロの小説家であるエリザベス・ストラウトが、劇中で架空の小説家となってアドバイスをしてくれているわけだから、実にありがたい話である。こんな風だ。

「貧困と虐待の二つを絡めてるところで、あれこれ言われるんじゃないかしら。」「でも言い返しちゃだめよ。自分の作品を弁護するなんてことはしない」「ただ、こういうものを書いていて、誰かしらを守ろうとするようになったら、それは書き手としておかしいんじゃないかってことは覚えといて」

 「必ず泣ける」とか、「最後の大どんでん返しにあなたは二度驚く」とか、売れる本ばっかり書いている日本の作家さんたちには、ぜひ本書を何度でも読み返してほしい。

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2017/09/08

Perfume「Everyday」歌詞の意味

 「Everyday」のPVを見て、下半身が泡となって消えていく三人の姿に衝撃を受けた人も多かったのではなかろうか?

 さて、「Everyday」の歌詞カードを読むと、「Hour」と「泡」がかけてあることがわかる。そこで今回はHour(時間)と泡の両方の意味を取り入れて、歌詞の解釈を試みてみた。 

 ちなみにPerfumeの歌詞は、主語を誰に設定するかによって、様々な解釈ができる事が多い。

 まずは主語をPerfumeの3人に設定して、1番を解釈してみよう。

 こうやって私たちが3人で楽しく活動できるってことは、実はあたりまえのことじゃないよね。

  でも、ずっと3人で活動を続けていけるような気がしていたの

  そうきっと、夢のようなライブの時間を重ねて

  お互いの笑顔を探しているみんなで探している。

(以下英語部分)

  あなたたちファンの応援私たち3人を毎日幸せにしてくれる

  私たち3人、みんなに届くように毎日パーティー(ライブ)をするの

 

 それって、すごく幸せなことだわ

 

 (のように、は消えていく。

  私たちもきっといつか、が経つにつれ、のように消えて、忘れられていくのね。)

 または、

 (この楽しい幸せな時間も、いつか泡のように消えていくのね。)

 

 

 次に2番をあ~ちゃん視点で。

 

 今こうやって3人で音楽活動をしていられるってだけで十分。だから

 ああ、足りないものなんて

 ないのに、そうないのに

 この幸せを、自分たちの進むべき方向を

 見失いそうになるから

 私はいつも、あなたと(のっち、かしゆかと、あるいはスタッフさんたちと、あるいはファンのみんなと)いっしょにいるよ

 中田さんのメロディーを吸い込むように

 3人で笑い合えるように

(英語部分)

 あなた(のっち、かしゆか、あるいはスタッフさんたち、ファンのみんな)の笑顔が私を幸せにしてくれる

 私は私たちの活動を毎日楽しいパーティみたいにするの

 私たちは毎日をパーティにするわ

 私はPerfumeの活動を毎日楽しいパーティにするの

 

 こうやって解釈してみると、実に切ない歌詞である。

 次に、主語をチームPerfume(スタッフさんたち)に設定して、2番を解釈してみよう。

 こうやって、Perfumeの3人が活動を続けてくれているだけで満足なのに、

 足りないものなんてないのに

 この幸せを見失いそうになるから

 俺はいつも君たちにそっと寄り添おう

 中田ヤスタカのメロディーを、君たち3人といっしょに息を吸い込むように歌うよ。

 3人と俺たちと、みんなで笑い合えるように

(英語部分)

 君たち3人の存在が、俺を毎日幸せにしてくれる

 俺は、君たちのライブを、まるでパーティーのように毎日演出してみせよう。

 俺たちはチームPerfume(パーティ)を毎日結成するのさ。 

 俺は、君たちのライブを、まるでパーティーのように毎日仕上げてみせよう。

 (英和辞書によると、Partyには「パーティー、宴会」「一行、一団、仲間、関係者」「隊、党派、関係者」などの意味がある)

 ちなみにスタッフさんたちも、みんなガチでPerfumeのファンだというから、2番の解釈は主語を「Perfumeのファン」に置き換えても大丈夫だろう。その場合「Make a Party」は、「PTA会員として結集する」くらいの意味になるのではなかろうか。

 そういえば、「いつかこの3人にも最後の時が来る」そんな予言を最初に歌ったのが2008年の「マカロニ」だった。スガシカオ氏は、8年前のNHKの歌番組で「マカロニ大好き」と言っていたが、とうとう先日の「Perfume FES」で、この曲を3人と一緒に歌うという念願をかなえたようだ。うらやましい話である。

 

 

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2017/09/02

映画「ワンダーウーマン」感想

 話題の映画を観てきました。

 よかったです。本作の主役が女性であることを、徹頭徹尾貫いて描いた映画でした。見ていて爽やかな気分になりました。

 スティーブがダイアナに、ロンドンの洋装店でドレスを次々に試着させるシーンがあります。名作「マイフェアレディ」では、オードリー・ヘップバーンが徐々に淑女として開花していく様子が描かれましたが、あれはあくまでも男性にとって理想的な、あるいは男性にとって都合の良い女性への変身を描いていたわけです。本作ではガドット演じるダイアナは、そういった美しく女性らしい衣装に、なんの価値も見いださない。いやすごく似合ってるんですよ。どの衣装もガドットが実に魅力的に見えます。特に丸眼鏡と帽子の最後の一着なんかは最高! でもガドットは、「他の衣装に比べれば多少はましかしら? でもこんなもの、私の目的のためにはまったく何の価値もないわ」とでもいうような、竹を割ったような気持ちのよい態度を見せてくれるわけです。いや素晴らしい。

 最前線を、周囲が止めるのも聞かず、単身突っ切っていくシーンなんか、ガドットのあまりの神々しさに、もし今度誰かが「ジャンヌ・ダルク」を映画化するんなら、こういう描き方してくれよと思ってしまったくらいです。

 また、ダイアナはスティーブと一時恋に落ちたりもするんですが、最終的には「男なんかいなくっても、思い出だけで私は十分よ」なヒロインへと成長! いやあ、ホントにいい女は、男なんていなくても平気なんでしょうね。

 日本映画なら、長々ジトジトと描きそうなシーンも実にばっさりあっさりと進行します。先生の死のシーンとか、母との別れのシーンとか、彼との別れのシーンとか・・・。おかげでたいへんテンポ良くストーリーが進行します。いつまでも不幸にメソメソしたりせず、力強く未来を指向するヒロインの性格が、このテンポの良さで表現されています。

 アクションシーンも見せ方が素晴らしい。特に両膝滑らせながら剣を持って敵に突っ込んでいくところ! (これは映画のオフィシャルサイトのトレイラーでも見ることができます。)美しく、しかもかっこいい。おまけに曲もよい。

 主演のガドット嬢には、これからもどんどんこの路線で活躍してほしいものです。 

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