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2017/04/30

映画「美女と野獣」感想

 ディズニーのアニメ版を観たのは1992年。もう25年も前になりますか。

 さて、実写版の本作。アニメ版の大ファンである私の評価は「微妙・・・」

 理由はいくつかあります。

 一つ。オープニングがくどい。アニメ版はステンドグラス風な演出で、あとは見る方で勝手に想像しておくれというスタンスでした。本作は全部リアルな映像で見せすぎなんですね。全くおもしろくありません。想像力のない人にはこの方が親切なんでしょうが、観客を馬鹿にしてるのか! と言いたくなります

 二つ。歌がいかん! 思い入れたっぷりに歌いすぎです。もともとドラマティックな歌なので、いくらでも感情移入しようと思えばできる歌なのですが、感情移入しすぎればしすぎるほど、本作のテーマから乖離していきます。アニメ版でも結構テンポの揺れはあったのですが、本作はそれをさらにもったいぶって、これでもかというほどテンポをいじってベタ甘感を強調します。でも、ヒロインのベルは、ベタ甘ラブストーリーにどっぷりはまるキャラではないはず。むしろ理知的で、知識欲旺盛で、先入観抜きに、自分できちんと見たものしか信用しない科学的思考の女性であるはず。本能の命ずるまま、ズブズブと愛にはまる女ではありません。

 三つ。ラストでベルが王子の瞳を見て、野獣の瞳と同じであることを確認するシーン。アニメでは王子の青い瞳が、まさしく野獣の瞳と一致し、観ている方には「ああ、ベルは外見ではなく瞳、つまり内面で男の価値を判断する女性なんだ」ということが伝わってくるのですが、本作の野獣の瞳は、一体どうしたのでしょうか・・・? 本作の重要なテーマを表現するシーンのはずなんですが・・・。

 このシーン、好きだったんです。尻軽女なら、目の前にイケメンが現れたら「まあ、いい男」と舞い上がるでしょう。ところがベルは、王子のイケメン要素には全く興味を示さない。

 中2の授業で、パネルディスカッション(討論ゲーム)があります。毎回生徒にはいろんなテーマでバトルをしてもらっているのですが、毎回とりあげるテーマに「結婚相手はつぎのどれを第一条件とするか? ①外見 ②金 ③性格のよさ ④趣味が同じ」というのがあります。これって、美女と野獣のテーマそのものなんですね。

 四つ。アニメ版はCGを原画に使用して立体的な演出を試みた、当時としてはものすごく革新的な作品でした。あれから25年が経過し、CG技術も究極のところまで来ていながら、ディナーのシーンが、アニメ版ほどドキドキしません。一体どうしたことでしょう?

 いい所もあります。ベルを演じたエマ・ワトソン。頭蓋骨の骨格がかっちりしており、理知的な雰囲気がベルにぴったりと感じました。

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2017/04/23

「パンセ」感想

 Perfumeの三人が主役のドラマ「パンセ」が、めでたくテレビ瀬戸内でも放映されたので、感想を。

 Perfumeのファンは無条件に本作の登場を喜ぶことでしょう。この三人が芝居を見せてくれるのは、2009年の「シャンデリアハウス」以来ですし、三人の人間的な魅力が随所に溢れているドラマですから。

 今回は、そういったPerfume三人の魅力を抜きにして本ドラマを見た場合、の評価を書いてみたいと思います。

 まず、のりぶうが、おでんをラジコンカーでテントに配達するシーン。わざわざデコボコの道を走らせるのは何故? お出汁が飛び散りそうです。

 ばば抜きで、「力丸はババなんかじゃない」みたいに言うのはいいんだけど、なぜババじゃないのか? 説得力がありません。ちゃんと力丸の存在価値が感じられるようなエピソードを間に挟まないと。おかげでその後力丸がおかみどの差し出すカードから、ハートのエースを引き当てても、「だから何? あなた現実世界ではどうなの?」となってしまいます。

 どんちゃんが芽の出たジャガイモを捨てずに「力丸はすごい」というシーン。いきなりそれはないと思います。あまりにドラマを省略しすぎで、説得力のかけらもありません。どんちゃんが会社でどんな仕事をしているのか、そのエピソードが全くない。普通なら、不要な人材のリストラで、どんちゃんの尊敬する上司や同僚が会社を去るとか、どんちゃんが出した企画が、不採用になるとか、どんちゃんが会社での自分の居場所を見つけられないとか、「会社にとって価値のないものは捨てる」的な話が間に入って、初めて説得力があるシーンとなるのではないでしょうか?

 力丸が帰ってくるのを迎えるシーン、なぜに横断幕? どう見てもプロに発注したレベルの横断幕。手描きじゃありません。 そんなお金と時間がどこにあるのやら? どんちゃんが家計のやりくりに苦労している設定でしたから、あそこは手描きにするか、あるいは横断幕なしにするか・・・では?

 Perfumeの「DreamLand」という楽曲に「ホントに キミのことを想う 気持ちのないやさしい言葉の毒」という歌詞があるのですが、本ドラマもまさしく、耳に心地よい台詞が多く、ちっとも心の奥底に響いてきません。うわべだけじゃないリアル感が欲しいところです。

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2017/04/22

映画「夜は短し歩けよ乙女」感想

 原作を紹介したのは2007年の3月。もう10年も経っているのですね。

 感動したのが、ミュージカルパート。パンツ総番長と舞台監督さんとの間で語られる愛が、実に素晴らしい。外見とか性格の良さとかじゃなくて、二人がたまたま共有する瞬間、その存在が、恋のきっかけになるという、実に説得力ある展開となっております。さらに二人の歌がうまい。さらにさらに、乙女の声をあてている花澤香菜も、プリンセスダルマの声をあてている悠木碧も、皆歌がうまい。

 ところが、主人公の声をあてているのが、去年大ヒットして時の人となったあの方なんですね。実はそんなに声がいいわけじゃない。どちらかというと、くぐもった聞き取りにくい声なので、基本的にアニメの声優には向いていないと思うのですが・・・まあ彼の起用には、賛否両論あることでしょう。

 京都大学やら古本市やら、忠実に取材してアニメの背景に使用しているので、京都で暮らしたことのある人なら、ぐっとくること間違いなし。

 アニメ絵的に衝撃だったのは、「詭弁踊り」。地を這うような低い姿勢と爬虫類のような股関節の使い方で、見るからに筋肉痛になりそうな歩き方。一度見たら忘れられません。その「詭弁踊り」を、なんと黒髪の乙女が、赤いミニのワンピースでやるのです。うわあああ・・・。

 あと、テンガロンハットかぶったカウボーイキャラが時々出てきます。このキャラ、主人公の何かの象徴なのですね。是非原作を読んで確認してください。笑えますから。

 「夜は短し」とタイトルにありますが、本作の夜は、なかなか長いです。途中でみんな風邪をひいたりして、感覚的には3~4日くらいありそうな気がします。おかげで黒髪の乙女は思う存分お酒をたしなむことができます。うらやましい限りでございます。

※ お詫びと訂正

 テンガロンハットのジョニーは、「夜は短し~」の原作には登場しません。「太陽の塔」や「四畳半神話体系」のほうに出てくるキャラ(メタファー)です。訂正してお詫び申し上げます。

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2017/04/15

BD「聖の青春」感想

 最近、将棋が静かにブームになってきている?

 原作を読んだのは1999年あたり。もう18年も前!

 そういうわけで、どんな文章だったか、ほとんど忘れている。おぼろげな記憶では、たしか主人公が健気すぎて、ぼろぼろ泣きながら読んだような気がする。

 で、映画

 主人公、あんまり健気じゃないんですけど。むしろ、気持ち悪いオタク! 自己中! 自分の趣味を他人に押しつける傲慢さが鼻につきまくる・・・。「牛丼は吉野屋!」

 さらにはあちこちに笑いをとるシーンが挟まれていて、原作ははたしてこんなに笑ったっけかなあ・・・。

 日本の誇るカメレオン俳優、松山ケンイチが肉体改造して、ネフローゼ特有のむくんだ顔と身体で怪演してるのには驚いた。

 また、同じくカメレオン俳優の染谷将太が、村山の弟子を演じている。かつては神童とうたわれたのに、奨励会に入ってからは伸び悩み、最終局では鼻血出しながら小学生に負けるという屈辱に耐える青年を、見事に演じている。松山ケンイチ君よりも、染谷君のほうに感情移入する人の方が多いのではなかろうか?

 だがそれ以上に素晴らしいのは、羽生先生を演じる東出昌大。あごに手をやる仕草とか、頭をかきむしって空中を見上げる仕草とか、羽生先生の癖を、これでもかとばかりに次々とコピーして見せてくれる。よくぞそこまで忠実に! そしてお待たせしました!勝負所で出る有名な「羽生にらみ」までもを忠実に再現! 東出君すごいよ!

 本作の名シーンは、この羽生先生と村山聖が、深夜の食堂でビールを酌み交わすところ。「この店のオヤジは、ここにこうして座っているのが、羽生さんだと知っていても、絶対に知らんぷりするんです。そういういい店なんですよ」みたいなことを村山が言うのだが、残念! オヤジは羽生先生を見るなり「羽生名人だよね? 後でサインもらえる?」というギャグをかましてくれる。ところがその後の羽生先生と村山聖の会話が、実に奥深いのだ。この二人でなければ到達できない将棋の世界。その世界に「また二人で一緒に行きましょう」・・・村山聖が生きていた価値がひしひしと実感される、そんな名シーンなのだ。

 残念なことにこの名シーン。制作者側もこれは名シーンだから、もう一度使ってやれと思ったのか、ラストでもう一度使い回される。それ、やめてくれい!

 ちなみに私は渡辺竜王のファンでして、毎日渡辺先生のブログを読んでおります(笑)。

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2017/04/09

貫井徳郎「壁の男」感想

「ある北関東の小さな集落で、家々の壁に描かれた、子供の落書きのような奇妙な絵。
その、決して上手ではないが、鮮やかで力強い絵を描き続けている寡黙な男、 伊苅(いかり)に、ノンフィクションライターの「私」は取材を試みるが……。 彼はなぜ、笑われても笑われても、絵を描き続けるのか? 寂れかけた地方の集落を舞台に、孤独な男の半生と隠された真実が、 抑制された硬質な語り口で、伏せたカードをめくるように明らかにされていく。ラストには、言いようのない衝撃と感動が待ち受ける傑作長篇。」

というのが本作の紹介文。

で、読んでいて最初に思ったのが、次のようなこと。

 下手くそな絵が、人の心をとらえるようなことが、本当にあるのだろうか? 下手くそな絵は、どれだけその背景に人情ドラマがあろうが、所詮下手くそな絵でしかないのではないか? 

 こればかりは実際に絵を見てみないと判定できない。もちろん本作は小説だから、絵の情報については、どこまでも文字で描かれるので、実際の絵がどのようなものかは、読者の想像力お任せという、丸投げ状態。仕方ない。

 それでも、本作は随所に破壊的な説得力を持つ描写があり、読者をう~んと唸らせる。

 例えば、伊苅が高校生のころのエピソード。「才能がある人のほうが、ない人より偉いなんて誰が決めたんだ」「才能があるから偉いんじゃなく、何をするかが大事なんだ」

 技巧を凝らした絵を描く才能が偉いのではなく、絵を描くことで何を成し遂げたか、そちらのほうが大切だというのが、この小説のテーマであろう。下手くそな伊苅の絵を、以前から快く思っていなかった老人が、ある日、伊苅に言うのだ。

「以前、どうして家の壁に絵を描くんだとおれが文句を言ったとき、気持ちが明るくなるからだとあんたは答えたよな」「じゃあ、うちの壁にも絵を描いてくれないか」「壁に絵を描けば、気分が明るくなるんだろう? おれもこのくさくさした気分を明るくしたいんだよ」

 そしてラスト、伊苅が下手くそな絵をなぜ描くのか、その理由が明らかにされる。

 なかなかに感動的な小説なのである。

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2017/04/01

渡辺優「自由なサメと人間たちの夢」感想

 小説すばる新人賞受賞作家さんの新作。

 七つの短編集。

 基本的にメンヘラ女が主人公のものが多い。さすがにそればっかり七つも続くと読む方もつらくなると考えたのか、間にメンヘラ男の短編をいくつか挟むことで、うまくバランスを取っている(笑)。

 4作目の「彼女の中の絵」なんかは、一芸に秀でた物同士が出会い、お互いが自分の不得手な部分を補い合い、あらたなプロジェクトをスタートさせる瞬間に立ち会ったような読後感で、なかなか私好みの短編である。なぜこの手の話が私好みかというと、「中田ヤスタカ」と「MIKIKO先生」と「Perfume」も同じパターンで成功してきたからである(笑)。

 しかし本書の圧巻はなんといっても最後の二編であろう。「サメの話」と「水槽を出たサメ」である。この二編は連作短編となっており、「サメの話」のほうはメンヘラ女が主人公。「水槽を~」のほうは、サメが主人公である。

 どこがいいかというと、主人公の女が、サメの目を通して自分を客観視するようになるところがいいのだ。一方サメはサメで、自分が生まれた意味について考え、そしてラストで解答にたどり着く。その解答が実にいい。

 鷲田清一も評論文に書いていたが、人間は基本的には「誰からも必要とされていない」存在なのだ。早くそれに気付いたほうが「誰かに必要とされたい」という欲求から自由になり、その後の人生が楽になる。そして、それを知った上で、本作の解答にたどり着けるのだ!

 「あなたにしかできないことはなんですか」という問いに苦しんでいる全国の若者たちに、是非本作を読んでほしい。

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