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2017/02/12

宮下奈津「静かな雨」感想

 「羊と鋼の森」で2016年に本屋大賞を受賞した作者の、2004年デビュー作。文學界新人賞佳作受賞でもある。

 登場人物は若い男女。とある身体的な事情で恋愛に臆病な男性と、何かすごい過去があるらしい女性。

 とりわけ彼女が、いったいどういう経緯で、一丁焼きの鯛焼き器を手に、女手一つで小さな鯛焼き屋さんを営むことを志したのか、そのあたりが知りたくてたまらないのに、一切語られることなくドラマが終わってしまう。そっち方面で書いてくれても、一つの小説になるような気がするのだが。

 本作を語る上で避けて通れないのが、彼女の後半の設定。事故の後遺症で、記憶が一日しか保持できなくなってしまうのだ。そう、あの名作「博士の愛した数式」と、完全に設定がかぶってしまうのである。当然、どのように差別化を図るかが、作者の腕の見せ所となる。

 個人的には、毎朝目覚めるたびに、知らない男性と暮らしている、そんな自分を、彼女はどう自分に納得させるのか、といった女性視点のドラマが読みたかった気がする。記憶がリセットされる度に、彼との新たな出会いが始まるわけだから、果たして彼をどう感じるのか? 見知らぬ男性を、出会ってすぐに同居人として認めることができるものなのだろうか?

 彼女の過去、そして目覚めたら知らない男性と暮らしている自分への処遇、以上二点が、私の読みたかった展開で、本作はその辺り全く肩すかしにあった感じである。本作の後半は男性目線で、自分との記憶がなくなってしまう彼女との毎日の暮らしに、どう向き合うかが描かれるのだ。

 だからといって、本作が気に入らなかったわけではない。これはこれで、一つの作品であろうと感じるからだ。何気ない日常を、音楽の趣味やら鯛焼きの出来具合やら、繊細な描写で綴っているのが効いているし、なによりタイトルにあるとおり、静かな雨が彼に降り注ぐかのようなラストの読後感は、なかなかよかったと思うのだ。

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