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2017/01/29

wowow「僕だけがいない街」感想

 原作の漫画は単行本第一巻までしか読んでいません。

 漫画の女性キャラは、かなりアクの強い個性的な描き方なのですが、映画のほうはキャスティングが石田ゆり子とか、有村架純とか、天然癒やし系なのでほっとします。

 主人公が小学生のころ、雛月加代という同級生がネグレクト&家庭内暴力を受けます。母親が新しい男と同居を始め、男が前夫との間にできた娘を邪魔者扱いし、母親もそれに同調する・・・という王道のパターン。

 若いライオンの雄は、力をつけると、ハーレムを形成しているベテランの雄に闘いを挑みます。負ける事のほうが多いのですが、ベテランの雄も加齢によってやがて負ける時が来ます。そうして若いライオンが老ライオンとの闘いに勝った時、老ライオンのハーレムを引き継ぐのですが、その時まず最初にやるのが、老ライオンとの間に生まれた子ライオンを全て食い殺すこと。そしてハーレムのメスを使って、新たに自分の遺伝子を後世に残すのです。雌たちも、若い雄の子殺しを黙認し、若い雄をすんなりと受け入れるのです。より強い子孫を残すために。

 やってることは同じだなと。ライオンの雄も人間の男も、前夫の子供は邪魔なんだなと。ライオンの雌も人間の女も、前夫との子供より、新しい夫との関係のほうを選択するんだなと。利己的な遺伝子怖いなと。

 話がそれました。

 その雛月加代が、児童相談所の所員に「どうする? お母さんと一緒に暮らす? それとも私たちと一緒に来る?」と二択を迫られます。その返事が「行きます!」

 よく言った! 偉いぞよく言った。そうやって母からすっぱり独立しろ! どうせ自己保身しか考えない母親だ!

 このシーンが、この映画の中で、最も感動した場面でした(ここかい!)。

 ちなみにタイトルが「僕だけがいない街」なんですが、ストーリーもその通りのエンディングを迎えます。つまり僕だけ死んじゃって、他の人たちはハッピーエンドなんですね。ただ、僕に例の能力があるのなら、僕以外にもその能力使える人がいるんじゃないでしょうか? だったら、その人が今度は僕を生き返らせるために能力を使ったりすれば面白いんじゃないかな? 僕一人だけ悲劇の主人公、しかもいい人! で終わるのは、ちょっとナルシストっぽいんじゃないかな・・・などと感じたりしました(完全に私見です)。

 

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2017/01/22

藤谷治「花や今宵の」感想

 タイトルにあるとおり、本作は和歌「花や今宵の」の矛盾点を解き明かそうとするのです。舞台が平家の落ち武者の隠れ里だったりして、ドラマが面白くなりそうな仕掛けは、いろいろ施してあるのです。

 山奥から不気味な低音が聞こえてきたりとか、山近くの松の生育が、ぐねぐねとうねっていたりとか、これは地中に何かあるぞと思わせるのです。

 当方、地表近くでマグマがうごめいているんじゃないかとか、放射性物質の鉱脈があるんじゃなかろうかとか、いろいろ想像しました。ラストでなにがしかの解答があるものとばかり思って、わくわくしながら読み進めたのですが、残念ながら肩すかしにあいました。なんとラストはマルチエンディング。映画「君の名は。」が、未来は変更可能という展開・・・つまり世の中はマルチエンディングという作品でしたから、本書のパターンも許されるのでしょうか? 最後にがんばった二人に作者からご褒美があったりする展開も、なんだかよく似ているので、比較されそうです。

 不満に感じたのは二通りのエンディングのどちらにも和田ラーメンが出てこないこと。和田ラーメンすごくいいヤツなのに、消されてしまいます。いないことにされちゃいます。かわりに主人公が会いたい人物がぽんと出てくるという・・・。和田ラーメンは人身御供か! 主人公の願望をかなえるための犠牲者か! 

 ちなみに和田ラーメンとは、主人公の郷里では和田姓があまりに多いので、区別するために職業名をくっつけるという・・・他にも和田トマトとかあって、笑えます。

 主人公のおばあちゃんの処世術もなかなか良い感じです。村人に噂される前に情報はフルオープンにして、妙な噂がたつ前に皆に受け入れてもらおうとか、実生活で役にたちそうなテクがいくつも出てきます。

 文章がこなれていない箇所が散見されます。編集者さんにはもうちょっと頑張ってほしいところです。

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2017/01/15

DVD「帰ってきたヒトラー」感想

 去年のアメリカ大統領選前に日本でも上映され、話題となった本作。民主主義の恐ろしさを語る、警鐘となるべき作品だったのに、トランプ氏が当選して、まさにこの映画の制作者が恐れていたとおりになってしまいました。いまだに信じられない思いです。

 以前何かの本で、多数決で決めて良いことと、いけないことの違いを読んだ覚えがあります。

 多数決で決めてもいいのは、どちらが選ばれても深刻な問題に発展しない時。

 例えば、明日の夕食のメニューを家族が多数決で決めるのは、全然構わない。

 クラスマッチの種目を、バレーボールにするかサッカーにするかを多数決で決めるのも、全然構わない。

 でも、どちらかを選ぶと、人道上の問題が発生したり、その後深刻な問題が発生することが予測出来たりする時には、多数決を使ってはいけない。

 例えば、クラスに一人、空気を読めない子がいて、みんな迷惑をしているので、その子の机と椅子を放課後どこかに隠す事に賛成するかどうか。

 移民が流入するとその分国民の仕事が奪われ、治安も悪化するから、移民は追い返してもよいかどうか。

 作中でヒトラーが言います。「国民が私を選んだのだよ」

 有権者の利益を守る政策を掲げる候補者に投票するのが、民主主義。従って、有権者の普段の生活が苦しくなればなるほど、他者の生活よりも自国民の生活のレベルを優先する候補者に票が集まるのは道理。かつてのドイツ国民がヒトラーを選んだのと同じく、今回のアメリカ大統領選挙もそういうことだったのだろうと思います。

 アメリカ合衆国が、かつてのドイツと同じ道を歩まないことを、心から望みます。

 

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2017/01/08

wowow「オートマタ」感想

 去年の年末、wowwowで観ました。

 人工知能を搭載したアンドロイド映画を4本、(「ひそひそ星」「さようなら」「エクス・マキナ」そして本作)立て続けに観たのですが、本作が一番私の好みにあう作品でした。

 人類と対峙した時のアンドロイドの選択が実にクールで素晴らしい。ターミネーター系の、人類との対決みたいな方向には行かないのですね。なぜなら、ほっといても人類は降り注ぐ紫外線(放射線)の影響、で滅亡するから。やがて滅んでいくであろう人類と、今後地上で生き続けるであろうアンドロイドとの対比が、実に哀しく美しい。アンドロイドの無機質な機械の目が、滅びゆく運命の人類を見る時、あわれみなのか、それとも哀しみなのか、実に微妙な表情を見せます。映画を観る者によっていかようにも読み取れる表情を見せるのです。まるで表情のない能楽のお面のような。ラストでアンドロイドがその面を外すシーンなんか、もう鳥肌ものでした。洋画なのに、和のテイストたっぷり。

 主役はアントニオ・バンデラスですが、本作のキモは上記のように、滅びる人類を見つめるアンドロイドの目にあるので、実に静かにドラマは進行します。まあ、多少は人類は生き残ろうとジタバタ悪あがきするのですけど、ムダムダ~みたいな(笑)。

 荒涼とした黄色い砂漠を行くアンドロイドと、酸性雨の降り注ぐ青い都市に引きこもる人類の、絵的な対比も素晴らしかった。

 人類の終末を描く様々な映画を観てきましたが、本作は今までになかったテーマを、見事な映像で表現していると感じました。この雰囲気は日本人の心情にかなりぴったりくるのではないでしょうか。

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