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2016/12/18

西加奈子「i(アイ)」感想

 「この世界にi(アイ)は存在しません」

 主人公が入学した高校の数学教師が、最初の授業で語ったこの一文。

 小説の中で繰り返し語られるこの一文が、本作のテーマとなっている。

 「i」は、二乗してマイナス1になる虚数「i」であり、同時に主人公「アイ」の名前であり、「愛」でもある。

 シリアから養子として裕福な家庭に引き取られニューヨークに渡ったアイは、自分の運の良さに後ろめたさを感じる。世界のどこかで誰かが事故で亡くなったり、内戦で亡くなったり、そんなニュースを聞く度に、どうして自分は何も傷つかないのだろう? なぜその不幸が自分じゃないんだろうと苦しむ。

 池澤夏樹の「バビロンに行きて歌え」を読んだ時のことを思いだした。中東の元兵士が、日本に密入国して少しずつ自分の居場所を見つけていく話だ。恵まれすぎた環境に暮らす日本人と、密入国ゆえパスポートすらなく、豊かな国日本にいながらサバイバル生活を強いられる主人公との対比が描かれ、読んでいて心が痛んだのを思いだした。彼はこんなにいいヤツなのに、どうして読者である自分の境遇と、彼の境遇にこんなに差があるのだろうと。だが、彼には日本で生きていく存在意義があった。彼の存在意義は、聞く人の心を惹きつけるその歌声なのだった。

 だが、本作のヒロインであるアイには、そのような特技もなく、おかげで自分が存在していい理由が見つけにくい。アイの高校の時の同級生は、プロのジャズミュージシャンになったりして、その対比からますます「アイは存在しない」気分がいや増したりするのだ。

 アイは大学の研究室に引き籠もり、外部との交渉を絶ち、甘い物を食べ続けてぶよぶよに太る、かなり面倒な女性なのである。それでいて、友人から

「その気持ちは恥じなくていいよ」

「誰かのことを思って苦しいのなら、どれだけ自分が非力でも苦しむべきだと、私は思う。その苦しみを大切にすべきだって」

と言われたとたん、心も晴れ、ダイエットを始め、おしゃれな服を買い、誰もが振り返る美人となり、恋人もできて、ついには「アイは存在する」に変わるのだ。調子良すぎるのである。結婚もして妊娠もして、「世界一幸せ」とかになるのである。ホントに調子良すぎるのである。

 ところが作者はアイを再びどん底に落とす。流産するのだ。そのとたんに再び「アイは存在しません」状態に戻るのである。アイにとって自分の存在意義は、子供を出産し、自分の血をこの世界に残すことにあるらしいのだ。

 とことん「ドS」の作者なのである。持ち上げておいて地獄に堕とすのだ。

 もちろん、作者はラストできちんとアイを救済する。どうやって救済するか、それは読んでのお楽しみ! ということで。

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