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2016/10/30

川上弘美「大きな鳥にさらわれないように」感想

 芥川賞作家の新作。しかもなんとSF! 文系女子にSFが書けるのか? と不安に思う人もいるかも知れませんが、ご安心を。作者はもともと生物学専攻の理系女子ですから。

 設定は人類が滅亡しつつある近未来。生き残った僅かな人類を、閉鎖社会に居住させて強制的に突然変異を誘発、新人類を誕生させることにより人類滅亡を回避しようとする超長期的プロジェクトの顛末が描かれます。 しかも彼らを監視する役として、代替わりしても記憶を受け継ぐ、実質不死のクローン人間が登場します。すごい設定です。

  しかし、描かれる世界はそんなトンでも設定とはかけ離れた、愛と憎悪の、相反すると同時に共存する人間の本質について。自分にないものを持つ者に対する嫉妬について・・・なのです。このあたりはさすが芥川賞作家。テーマがどこまでも深い!

 なぜ愛する人を独占したくなるのか。なぜ人は嫉妬するのか。なぜ異質な他人を恐れ排除しようとするのか。なぜ人類は同じ過ちを繰り返すのか。

 いくつものエピソードの中には、キリストをなぞらえた人物も登場します。病人を治す奇蹟を起こし、予言を的中させ、たくさんの信者に囲まれ、でも最後にはその存在を疎ましく思うグループにより処刑されるという・・・。

 こんな人類に、果たして地球上で生き延びる資格はあるのか? 

 読者は、ラストのエピソードを読んだ後、もう一度最初のエピソードを読み返すことになるでしょう。そして、あらためて作者の狙いを実感するのです。そしてそれは、決して冷たく突き放したものではない。

 傑作です。

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2016/10/23

朱川湊人「主夫のトモロー」感想

 「しゅかわみなと」と読みます。直木賞作家さんの新作です。

 勤めている出版社が倒産して、無職になった主人公のトモローが、結婚して妻を支えるための主夫(主婦ではない)となるお話です。

 しかも、どうやらこれは作者の実体験をベースにしているらしいので、半分ノンフィクションみたいなもんです。イクメンという流行語が出てから随分になりますが、いざ実行すると、世間はこんなにも無理解で、こんなにも困難が待ち構えているのか! というのがリアルに感じられる作品となっています。特に公園デビューなんか、主夫にとっては大難関だと思います。今後主夫を目指す人にとって、本作はバイブル、指南書となるでしょう。子供を寝かしつける必技とか、ママ友との距離の取り方とか、そこそこ実用書っぽい部分もありますから。

 例えば、妻がインテリアデザイナーになる夢を、子育てのためにあきらめるかどうか、悩むシーンがあります。そこでトモローはこう言うのです。

「子供のために夢を捨てたなんて、子供の方にすれば迷惑な話だろ」「ママはインテリアデザイナーとして独り立ちしたかったんだけど、チーコが生まれたから、全部あきらめたの」「チーコにしてみれば、じゃあ自分は生まれない方がよかったのか・・・という話になってしまう。子供の心に、そんなムダな圧力をかける親など、百害あって一利なしだ。」

 本書の主人公たちは一貫して、上記のように子供の立場に立って考えるというスタンスで子育てをします。中盤で、子供同士のケンカに親がしゃしゃり出てきて、子供が社会性を育てる芽を親が摘んでしまいそうになった時も、同様のスタンス。離婚についても後半で出てくるのですが、その時も同様のスタンス。子育ての最終目的は、子供の親からの自立にある! と私は考えているので、本書のスタンスには大賛成です。

 文体はこの作者らしく軽いもので、さらに作者の実体験がベースとなっている以上、ハッピーエンドになることはほぼ予測がつくので、安心してすいすい読める一冊でした。

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2016/10/16

DVD「マジカル・ガール」感想

 スペイン映画。大人向け(PG12)です。

 導入部分が不穏です。バルバラという少女が、数学教師ダミアンの容貌を「仏頂面で残念」と書いたメモを授業中に回そうとして指導されます。このバルバラが、映画の中盤で大人となって再登場しますので、ぜひ覚えておいてください。超重要人物です。

 次に、白血病にかかったスペインの12歳の少女アリシアが、日本のアニメキャラ「魔法少女ユキコ」のコスプレをしたいという願いを書いたノートを、父親がこっそり読むシーンになります。余命僅かしかない娘の願いを叶えるため、父親はネットで値段を調べるのですが、なんと90万円!(ちなみにネットの検索サイトが「RAMPO」だったりする) どれくらいの値段なのかピンとこない父親は、ユーロに換算して初めて、それが有名デザイナーによる、とんでもなく高価な一点物であることを知ります。父親はどうやって娘の願いを叶えるのか? 娘は死ぬ前に幸せを手に入れることができるのか?

 日本の映画なら、父親が金を手に入れようと奮戦し、いろんな人と関わりを持って諭されて、結局モノじゃなくて、親子の触れあいが大事という着地点に行き着き、娘の安らかな最期を看取る・・・みたいなパターンになりそうです。

 また、アリシアがアニメ主題歌にあわせて踊るシーンがあるのですが、どうやらそれが、長山洋子のデビュー曲「春はSA-RA SA-RA」であるらしいのですね。このシーンだけ見たら、アニメオタク賛歌の映画と勘違いしそうです。

 ところが本作、後半で、「ええっ! そうなっちゃうの?」という驚きの展開を見せます。さらに、最初の不穏な導入部分がラストシーンに大きく関わってくるのですね! そう来るかーっ!!!  久々に、先の展開が全く予想できない作品と出会いました。いやびっくりしました。

 ダミアンが、完成直前のパズルをバラバラにするシーンがあります。その後の不穏な展開を暗示していて、なかなか恐ろしいです。

 音楽はスペインらしく、けだるいピアノ(サティの「グノシェンヌ」)が効果的に流れます。ところがエンディングに流れる曲は歌詞が日本語です。どうやら「黒蜥蜴」という邦画の曲らしいです。これの原作者は江戸川乱歩ですね。先ほど述べたネットの検索サイト「RAMPO」といい、長山洋子の曲といい、監督の日本文化への偏愛が伝わってくる作品です。

 

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2016/10/09

DVD「リップヴァンウインクルの花嫁」感想

 岩井俊二監督の最新作。

 タイトルの元となった「リップヴァンウインクル」は未読。調べてみると、浦島太郎とよく似た話らしいです。異世界で遊んでいた主人公が、もとの世界に戻ると20年経っていたという・・・。浦島太郎と違うのは、ガミガミうるさかった女房が20年の間に亡くなっていて、主人公は心安らかな余生を送ることができたという点。

 本作での花嫁役は黒木華。タイトルは、異世界に行っていた彼女が、もとの世界に戻り、心安らかな人生を送るという展開を暗示しています。

 映画は全部で3時間あります。岩井俊二監督ですから、感情的なシーンはとことん引っ張ります。特に黒木華が前半で現実社会から手痛い仕打ちを食らい、自分を見失うシーンは、これでもかというくらいしつこく! 「リリイ・シュシュ」も痛かったけど、本作も負けず劣らずイタイ。岩井俊二監督特有の、残酷で不条理な痛さです。

 でも安心してください。1時間過ぎたあたりから、黒木華は別世界に誘われます。そこからの展開は、岩井俊二監督特有の癒やし系となりますので。

 特に女性二人の歌唱シーンが素晴らしい。ある仕事を終えた後、黒木華はCocco(沖縄出身のオルタナ系シンガーソングライター)演じる女性とカラオケに行きます。カラオケといっても生ピアノをバックに歌うという贅沢なところ。そこで黒木華が歌うのは、名曲、森田童子の「ぼくたちの失敗」! その中の「ぼくがひとりになった 部屋にきみの好きな チャーリーパーカー 見つけたよ ぼくを忘れたかな」という部分。この歌詞は後の伏線となっているので心にとめておいてください。つでに言うなら、黒木華ファンはこのシーン必聴です。震えるように心細さを歌う儚げな声質の素晴らしさときたら! 

 そして、その後、Coccoが返歌として荒井由実の「何もなかったように」を歌うのですが、これも必聴。「人は 失くしたものを 胸に美しく刻めるから いつもいつも 何もなかったように 明日を迎える」の部分を歌うのですが、これもラストの伏線となっているのですね。

 このシーン以外では、主にクラシックの有名どころばかり(ショパンとかバッハとかラフマニノフとか・・・)を、ピアノで叙情たっぷりに演奏するパターンばかりで、誰もが「ああ、この曲、どこかで聴いたことあるなあ」と感じることでしょう。食傷気味に感じる人は早送りしてもOKです(笑)。でも、黒木華とCoccoのカラオケシーンだけは、別! 何度でもリピートして聴きたくなります。

 ラスト30分。Coccoの母親役としてりりぃが登場します。この映画、なぜかプロ歌手を二人もキャスティングしてます。で、当然彼女も歌うのかと思ったら、さすがにそれはありませんでした(笑)。かわりにとんでもない演技を見せてくれます。やり場のない感情を爆発させたかのような・・・。そしてそれに触発されたのか、綾野剛までもがとんでもない演技を! つられて黒木華もそうなるのかと期待しましたが、さすがにそれはありませんでした(笑)。とにかくテンション高すぎのこのシーンのおかげで、それまでひたすら胡散臭い存在にしか見えなかった綾野剛(だって、前半のあの事件、この人が仕組んだことだし)が、相変わらず胡散臭いんだけど、憎めなくなるのです。

 ラストで、現実世界に戻った黒木華が薬指をなでるシーンがあります。タイトルの意味をもう一度思いださせてくれた上で、本作はエンドロールを迎えるのです。

 黒木華のやたらと可憐なメイド服姿やらウェディングドレス姿やら、あちこちに散りばめられたガンダムネタやらも含めて、かなりの名作だと思います。

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2016/10/02

奥田亜希子「透明人間は204号室の夢を見る」感想

 2013年すばる文学賞受賞という経歴を持つ奥田亜希子氏の2015年の作

 正直受賞作も読んでないし、どうなんだろうと思いながら読んだのですが、なかなか楽しめる内容でした。

 小さな新人賞をとったはいいけど、その後泣かず飛ばすの作家さんはたくさんいらっしゃると思います。本作のヒロインもその一人。つまり奥田亜希子氏の分身と考えてよかろうかと。さらにヒロインの設定が、空気読めないアスペルガーのようで、高校まで友人が一人もできず、本を読むことで孤独の時間をやり過ごしていたという・・・。

 「では好きな者同士でグループを作ってください」という教師の声を恐怖に感じるタイプの生徒がいるというのは、以前何かの記事で読んで知っていましたし、実際授業をしていて、うかつにこのセリフは使ってはならないなと感じることも多々ありました。が、まさか本書のヒロインもそうだとは。

 多分作者もそうだったのでしょう。というわけで本作、コミュニケーションに難のある人が、自分で自分のどこが駄目なのかを指摘しまくる、あらたなパターンの自虐小説となっております

 そんなヒロインにも友人ができるのです。そのきっかけとなる事件が、小説の出版について。友人が書いた小説を「出版してみませんか」と声をかけてきた出版社があり、それに対するアドバイスがなかなか素晴らしいのです。「出版社の人と会う約束は、とりあえずキャンセルしたほうがいい」「自費出版関係のトラブルを扱っているURLを貼り付け」「その出版社の評判はよく調べたほうがいい」

 なるほど、小説家として食べていくというのは、こういうことなのか。あちこちに実に勉強になる描写があり、今後小説家としてデビューしようとしている女子は必読の一冊ではないかと感じました。

 売れる本を書こうとあがくのではなく、書きたいという思いが身体の内側から自然とわき上がってきて、それを書き留めていく。それらを積み重ねてできた作品こそが、本当の小説だというあたりも、おおいに納得。作為的な小説って、その作為が鼻についた瞬間、読む気がしなくなりますから。

 長いスランプから抜け出すヒロインの姿は、おそらく作者自身でしょう。今年になってから新作2冊ほど出てるみたいだし。いやよかったよかった。

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