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2016/05/21

中田永一「私は存在が空気」感想

 「くちびるに歌を」が映画化されて世間の認知度が一気に高まった中田永一氏の新作

 ジャンルとしてはSF短編集だろうか。いくつかの作品には共通するテーマがある。それはマイノリティへの優しさである。一作目の主人公も、二作目の主人公も、いずれも学校内でのヒエラルキーでは底辺に位置するマイノリティーなのだ。

 例えば第一話「少年ジャンパー」、主人公は醜い容姿のために、高校での居場所がなく、不良たちに財布の中身を取られたりして、ひきこもり少年となる。

 そんな主人公に、神様は超能力を授けてくれる。タイトルにあるとおり、テレポートの能力だ。普通なら、その能力を使って、好きなことをやりたい放題やったり、自分をいじめた連中に仕返ししたり、そして最終的には困っている人々を救うために使うというのが、この手の作品の王道パターンだろう(スパイダーマンとか)。しかし、本作の主人公はこの能力をそんなことに使ったりはしないのだ。つまり一足飛びにマイノリティに自己有用感を与えたり、世間から必要とされてる感を与えたりするなどの安易なハッピーエンドを用意したりはしないのである。

 主人公には、ちょっとしたきっかけで友人ができる。その友人の、ちょっとした悩みを解決するために、ささやかながら超能力を使う。そうやって、外の世界に、ささやかに一歩ずつ足を踏み出せるようになった主人公は、やがて社会復帰する。

 この「ささやかさ」こそが、中田永一氏特有の優しさと感じるのだ。いきなりどかーんではなく、ちょっとずつ、ちょっとずつなのである。そこがいいのだ。細やかなのである。

 この主人公には妹がいて、兄に向けて「キモい」と言い放つ。そんな妹に。ある日兄は言うのだ。「この顔の遺伝子、おまえのなかにもあるとぞ。将来、子どもば産んだとき、こういう顔の赤ちゃんが出てくるかもしれんとぞ。それでも愛さなくちゃいかんとぞ。その覚悟はあると?」

 そう、その想像力の欠如! 共感力のなさ! それこそが、人を残酷な生きものにするのだろう。

 二作目の「私は存在が空気」も、ヒロインの女子高生は家庭内DVから身を守るために、存在感を極限まで消すことのできる能力を身につけてしまう。親からの暴力を避けることができるのと引き替えに、、彼女は高校で誰からも相手にされず、「私という人間は存在しないも同然の、いてもいなくても変わらない生命なのだ。」自分の将来にまったく明るいイメージが描けなくなる。

 そんな彼女も、困っている友人のために、存在感をなくす能力を最大限に使って、ささやかながらがんばるのだ。

  「百瀬、こっちを向いて。」もそうだったが、中田永一、マイノリティにそっと寄り添う作家なのである。

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