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2016/02/28

中村修也「天智朝と東アジア」感想

 本書はとても刺激的な仮説を述べています。ただし、著者は文教大学教育学部の教授という肩書き。この説がどこまで信頼できるものなのか、当方にはまったくわかりません(笑)。

 ざっくりまとめると、白村江の敗戦の後、日本は唐の占領軍に都を占拠された。飛鳥から近江へ遷都した理由は、飛鳥を占領軍に明け渡すため。高安、屋島、金田の地に山城を築いたのは、唐の水軍を迎撃するためではなく、唐の使節や占領軍を対馬から大和まで安全に導くための通信施設(烽火台、いわゆるのろしをあげる台)あるいは唐の占領軍を駐屯させるための施設だというのですね。

 日本が唐の属国となるかもしれない最大の危機から脱することができたのは、新羅が白村江の戦いの後、唐・新羅同盟を破棄し、唐に全面的に闘いを挑み、これに勝利した。 その結果唐は、日本に関わっている余裕がなくなったからだ! というのです。

 仕事上、中学3年の授業で万葉集に触れるので、必ず額田王、天智、天武、防人たちの和歌を、当時の時代背景とともに教える必要があります。

 額田王の「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」という有名な歌に従って出陣したばっかりに、日本の船団ほぼ全滅。何が「今は漕ぎ出でな」だよ! 「漕ぎ出でたらあかん!」の間違いやろ! など、誰もが突っ込みたくなる和歌も教えなければならないわけです。

 白村江でほとんどの戦力を失い、あわてて東国から防人(少年も多かったらしい)を招集した、いわば寄せ集め素人戦闘集団しかない日本を、なぜ新羅や唐は占領しに来なかったのか、今まで納得できる理由を教えることが出来ませんでした。おそらく遣唐使を使って「今が朝鮮半島を手に入れる最大のチャンスですよ」とそそのかし、日本に向かうはずだった矛先を朝鮮に向けさせたのではないか。だとしたら、天智天皇の外交能力、ハンパないな・・・と。

 そうではないというのが本書。実は日本は一時期唐に占領されていたのだと。近江遷都の理由や、防衛拠点として意味のなさそうな山城などの説明として、案外ありえるかも! と思わせる内容です。 

 特に屋島は、子供が小さかった時から、ハイキングコースとしてよく登ったことがあるので、「こんな山上に城作ってどうするんだろう?」と常々思っていました。瀬戸内海を西からやってくる唐の船団に対して、見張りは出来るでしょうが、どうやってその東進を食い止めるのか? 明治時代みたいに大砲があれば可能でしょうが、残念ながら時代は飛鳥・奈良。そんな飛び道具はありません。

 3月19日には、屋島城の遺構が一般公開されるので、じっくりそれを見て、はたして本書の説が正しいかどうかを検討しようと思います。

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