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2016/01/10

舞城王太郎「深夜百太郎 出口」感想

 以前紹介した「深夜百太郎 入口」の続き。

 どれも怖いのだが、実際にあった事件がベースとなっている話は特に怖い。例えば、列車にひかれて死んでしまった人の話。つい最近、近所でそういう事故が立て続けにあって、ニュースで知る度に、「現場はさぞや悲惨な状況なんだろうな」と、一瞬考えて、そこから先は思考停止して考えないようにしていたのだが、八十二太郎「電車停車中」を読んで、ついうっかり、そこから先という奴を想像してしまった。ひぇぇぇぇ、どうしてくれるんだよ~・・・。

 「自分が自分が」を主張するあまり、人生を失敗する男の話が一つ、女の話が一つある。前者は九十太郎「友達案山子」、後者は百太郎「ワタシシ死」だ。幸い男の話の方は、親切な案山子さんが、アドヴァイスくれたりして、再出発できるのだが、女のほうは、自分が不幸なのを他人のせいばかりにしている自分がまったく好きになれず、ついには自分をこの世から抹消してくれる人物の登場を待つという、ブラックな結末となる。 こういう、自意識が肥大してしまって他者との関係がうまく作れない人物設定は、「個性を伸ばしましょう」教育で育てられた今の若者の代表としてだろうか? はたまた、ネット環境が整い、一人で楽しい人生が送れるようになった現代社会を揶揄してだろうか? 昔の百物語にはこういう人物設定はなかったと思う。

 自業自得パターンは結構好きだ。 六十九太郎「押すな押すな」と九十六太郎「家覗き」がこのパターン。一歩先を予測する能力が欠けていて、それをやると後でどんな目に遭うか、その部分の読みが甘いために、最後ひどい目に遭う。昔は悪いことをすると「お天道様」が見ていて必ず罰があたると教育されたように思うので、こういう話は大歓迎である。

 幽霊だとか、怪異現象だとかを体験した主人公が最後にとる行動と、それを選択した理由が、なにげにゾッとするパターンの話が多い。人間の本性がちらりと見えて、怪異現象なんかよりもそっちのほうが、よっぽど怖かったりする。九十四太郎「山のアカンボ石」なんかはこのパターンの代表作である。
 あと、怪異現象が続いた後、登場人物たちが壊れていく様子が、最後の4~5行くらいにぎゅっと詰め込まれているパターンが多くて、あまりの急転直下にあぜんとするし、こういう事件の後にはこうなるのかと、これもやはり、人間の本性がちらりと見えて、やっぱり怖い。
 正月休みに、こたつとお酒でぬくぬくしながら読んだのですが、心の底がぞぞぞっとさせられた一冊でありました。

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