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2015/05/09

澤井美穂「赤いペン」感想

 ある日職場の私のデスクにこの本が置いてあった。誰の本か聞いてみたがわからない。表紙絵の少女の顔が暗かったので、そのまま放置した。

 ある時、本の帯の惹句を読んでみた。「第16回ちゅうでん児童文学大賞」とある。ふーん、あ、そう・・・何その賞? ところが、「選考委員 長田弘、鷲田清一」とあるではないか(このお二方がどういう方なのかはご自身でお確かめを)。 

 え?そうなの? この本って、そういうお歴々が選んだ本なの?

 こうして私はこの本を一気読みしたというわけである。

 おおざっぱに言うと本書はオカルトファンタジーであり、ミステリーであり、そして児童文学である。一粒で3度おいしい。ただ、ミステリー部分は、丁寧な伏線があちこちに張ってあり、ほとんどの人は途中でラストの予測ができるであろう。まあこれはミステリー初心者の中学生にも読んでもらえるよう配慮? 最後の種明かしの部分は少々説明が多すぎる気も。もう少し読者の想像に委ねる部分があってもよかったかもしれない。

 オカルトファンタジー部分は、心の奥底に封印しておいた過去の記憶を、無意識の私が・・・という、過去のこの手の作品で、何度も語られたパターン。つまり、新鮮みはない。

 児童文学部分は、きっちりヒロインが成長して終わる。つまり、総じて本書は、安定感のある王道路線を行っている。

 本作の面白さは、ヒロイン村上夏野とそのアシスタント春山悠のキャラ設定にある。

 夏野は中2女子。春山のセリフによると「はじめはただおとなしいやつだと思っていたんだけどね。ひょろひょろして背ばっかり高くて、そしてひっこみじあんなんだ」

 一方春山は、夏野と同じクラスの男子。「クラスの男子でいちばん背が低い。ひょろりと背の高い夏野は春山を見下ろす形になる」というデコボコ加減が面白い。しかも春山は性格も夏野とは正反対でやや多動症気味。ただ、「春山、ちょっとだまってて」夏野がぴしゃりと言うと「はいっ」・・・素直なキャラなのである。おまけに「花のことなどまったく知らなくて、そして案外、勘は鋭い。」

 春山の鋭さはこんな所にも現れている。

 「さっきの人の話だけど・・・あの人、本当は故郷の町を思いださないほうがよかったのかなあ」「どうして?」(中略)「思い出って、いいことばかりじゃないじゃない。わすれてるってことは、わすれたままでいいってことなんじゃないの?」(中略)「青柳さんも言ってただろ、咲子ちゃんのこと思いだしてよかったって。全部その人には必要な記憶だよ。わすれたままでいいわけない」

 この春山のセリフは、鋭いだけではなく、普遍的な価値がある。中学生がこの本を大人になって読み返したら、必ずこの部分で、こころがひっかかるはずだ。大人が老齢になって読み返しても、やはり同じことがおきるだろう。

 さらに本書の価値を高めているのが挿絵である。表紙絵がとことん暗い少女夏野を描いているのに対し、ラストシーンの夏野の笑顔の明るさときたら。「え? これ同一人物?」思わず見比べて確認。そうか、この子、笑ったらこんな表情になるんだと納得。

 作中に出てくる赤いペン。最初「半透明の赤で、よく見ると色のこいところとうすいところがあって、光にかざすとまるで宝石のようにきらきら光るの」とあったから、てっきりペリカン社のスーベレーンかと思っていた。ところが後半で、これはイタリア製の万年筆であることが判明。「え、イタリア製? ペリカン社はドイツ。ということは?」ネットでいろいろ探してみたら、どうやらそれらしいのを発見。アウロラ社のオプティマ。確かに美しい。スーベレーン同様ちと値が張るが・・・。

 本作の赤いペンが、それを必要とする人のもとへ突然現れるように、本書も、ある日突然私の手元に現れ、仕事で疲れ切った私の心を少し軽いものにしてくれた。

 偶然にしては、なんだか出来すぎのような気がするのだ。

 

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