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2014/06/08

松岡圭祐「ジェームズ・ボンドは来ない」感想

 直島で実際にあった出来事を元に書いた、半分ノンフィクションなフィクションです。

 6年ほど仕事で直島に暮らしていたことがあったので、読んでいて、ありありと当時の状況が蘇ってきました。信号が一つもないとか、コンビニが一軒もないとか(かわりによろず屋小林商店なるものが存在し、職場の同僚は「コンビニ小林」と呼んでいました。仕入れ先は岡山らしく、「ナスがママ、キュウリパパ」なる怪しげなネーミングの一夜漬けの素などを売っていました。冷蔵庫を開けるとサヨリの一夜干しがぎっしり詰めてあったり、タコの干物が外に吊ってあったり・・・。)

 今でこそ島にはコンビニもあり喫茶店もありレストランもあり信号もあり、きれいな診療所もあり、お医者さんもいますが、私が赴任したころは、本当に何もありませんでした。コンビニ小林は夜7時には閉店しており、うっかり買い置きを切らしてしまうと、夜とてつもなくひもじい思いをすることになってしまう・・・。本作のヒロイン遥香が「寝る前のつまみ食いが不可能なためか、痩せた体型は維持できている」というあたりは笑いながら読みました。

 007の映画撮影ロケを直島に誘致するために、観光協会のおっちゃんたちが低予算で「007赤い刺青の男記念館」を作ったのですが、当然私も行きました。感想は本書で遥香が語ってくれたまさにその通りです。「やはり学園祭のノリかも」

Naokappa




(ちなみにこの画像は2006年、記念館で撮影したものです。左が河童、右が007・・・)

 本書は随所にこういうブラックな感想が散りばめられており、笑えます。たとえば直島のベネッセミュージュアムについてはこうです。「なんや、SF映画のセットみたいやな」「広いとこに思わせぶりな物置いとるだけかも」

 さらに直島の地中美術館に対する遥香の感想は「この手法もまさしく頂点を極めたな」

・・・いやあ、さすがに「それはいうたらいかんやろ」です(笑)。

 さらに、遥香の友人柚希の、過去の007シリーズに対する感想もこうです。「なんつーか、エロい」「ボンドさんだっけ、あのおじさんに会っただけでとたんに誰もが一緒に寝たくなるって、作ってる人なに考えてんの?」「女を物扱いしてる」

 ちなみに2004年頃、私は直島で一緒に働く同僚から「赤い刺青の男」の翻訳を借りて読んだのですが、河童の姿をした殺し屋が、巨大な心臓のオブジェの中に隠れて殺人の機会をうかがう・・・というトンでもない設定に、頭がクラクラした覚えがあります。これについても、観光協会のおっちゃんたち、原作を読んでこう言います。

「なんちゅうか・・・漫画か講談みたいな話やな」

 さらに007を研究するべく「ダイ・アナザーズ・デイ」のビデオを見た観光協会のおっちゃんたち、

「こりゃ河童もありうるかもしれんな」「お、おう、なるほど、紙芝居そのものやな。存分に金をかけた漫画や。なら納得やな」

・・・いや、作者、おっちゃんたちの口を借りて、過去の007シリーズめった切りです。大笑いしました。

 ところが、ダニエル・クレイグ演じる新「007」シリーズを映画館で見た時の遥香の感想はこうです。

「これは007シリーズで初めてともいえる、まともな映画だった。(中略)圧倒的な出来映えを誇る名作。と同時に、遥香は記念館に飾られていた雑多なしろものが、すべて過去の遺物と化したことを悟った。(中略)どう考えても、ダニエル・クレイグのボンドが、心臓のオブジェから飛び出した河童と格闘するとは思えない。」

 私も「スカイフォール」を見ましたが、確かに新シリーズは、心臓のハリボテから殺し屋出てくる雰囲気じゃないです。この時点で、直島に007を誘致するプランはついえた、というプロット。お見事!

 というわけで、本作は直島住人たちの、人の良さから起こしてしまったドタバタ実話を縦糸にして、そこへ作者の「007シリーズ」への思いを登場人物たちに語らせる横糸を絡めた、なかなかにおもしろい小説でした。

 (ちなみに直島の地中美術館、オープン前に島民を無料招待してくれたので、ゆっくりじっくり見せてもらったことがあるのですが、私はかなり気に入りました。特に「ウォルター・デ・マリア」! ど真ん中の黒い球体は、ぴかぴかに磨き込まれており、鏡のように部屋のすべてを写し込むのですが、あるポイントでそれを見ると、まるで自分が球体の中に閉じ込められたような錯覚に陥ります。実にファンタジックです。)

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