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2014/06/01

岩城けい「さようなら、オレンジ」感想

 本書を読んでまず思い浮かべたのが、池澤夏樹の「バビロンに行きて歌え」である。

 日本に密入国した中東の兵士ターリク。「バビロン・・・」はターリクと出会う日本人それぞれの視点で書かれた多視点型小説である。そして、彼らは皆、ターリクの才能と人柄に惹かれ、彼を助ける。やがてターリクは人気ロックバンドのヴォーカルとしてデビュー・・・。そんな話である。

 主人公が異境の地で、孤立した状態からスタートするとか、善意ある人々と出会うことで、やがてその才能を開花させていくとか、展開がよく似ているのだ。違うのは「バビロン・・・」の主人公が男性であるのに対して、本書の主人公は女性! という点であろう。しかも子持ちバツイチ。彼女の故郷は徹底した男尊女卑の社会。ダンナは単調な仕事に嫌気がさし、妻と子ども二人を置いて逃げ出してしまう。二人の子を食べさせるために、ヒロインは健気に働く。そして、異境の地で生き抜くために、英語教室に通う。だが、英語の宿題を持って帰った母親に対する息子たちの視線は冷たい。「息子たちは母親の宿題を笑った。女はバカだから、と夫がいつもそうサリマに言い放ったときと同じ口調だった。」

 男達から卑下される日常。自尊心を持てない。そういう人物としてサリマは描かれている。ところが、職場の上司やら英語のスクールの同級生やらがいい人ばかりなので、彼女は少しずつ救われる。そんなストーリー。

 いや、彼女に救いの手が差し伸べられるのは、彼女にそれだけの人間的な魅力があるからだろう。

「サリマは理不尽な差別や言葉の壁にぶつかることもあるでしょうし、恨んだりねたんだりすることもあるけど、人のせいにはしません。(略)私のサリマは誇りを忘れません。決していじけません。曲がりません。そして、あきらめません」

 この設定が、本作の価値であり、多くの読者を惹きつける要因であろう。

 さらに本作の素晴らしい点は、サリマを主人公としたストーリーを入れ子として、もう一人、そのストーリーの書き手である東洋人女性(ハリネズミ)のストーリーが進行するところにある。サリマの願望は、ハリネズミ自身の決意の投影であろう。ラスト近くでこの小説の二重構造に気がついた時、その力強さに読者は体を包み込まれる。

 表紙絵のまばゆさは、この小説の持つ空気感を、実に見事に表現している。

 

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