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2014/02/09

藤谷治「世界でいちばん美しい」感想

 最近、佐村河内守氏のゴーストライター疑惑が話題になり、交響曲第一番「HIROSHIMA」のCDがヤフオクでここぞとばかり値をつり上げて売りに出されているようですね。

 2011年8月にこのCDを購入して、今までに5回ほど聴きましたが、ブルックナーやマーラー、あるいはショスタコーヴィッチっぽい響きがあちこちに顔を出すので、これでは芸術としては認められないだろうなという感想を持ちました。百年以上前の作曲家がすでにやってしまっていることを、さも自分が考えたかのように聴かせる神経がわからない。こういう曲を聴きたい客は、素直にマーラーやブルックナーのCDを買えばよいのです。そこをあえて今新たな芸術として売り出そうとするならば、全盲とか聴覚障害とか、そういった特別な何かが必要なのかなと感じてしまったのを覚えています。

 聴覚障害だから、ブルックナーやマーラーを聴いたことがなかったのかな? それならこれはパクリではなく、佐村河内氏のオリジナルということになる。もしそうならすごいことだ・・・と思ったこともあります。しかし経歴を見ると聴覚障害になったのは17歳とのこと。音楽を目指す者が17歳までブルックナーやマーラーを聴いたことがないなどとは到底考えられません。

 代作をしたという新垣氏、過去の名曲のおいしい部分をつまみ食いして新曲に仕立てあげる手腕はたいしたものだと思います。映画音楽やゲーム音楽の作曲家としてなら、今後商業的に成功しそうな気もします。

 さて本作、主人公には幼なじみの友人がいます。せった君というのですが、彼はどうやらある発達障害を抱えているらしく、一般的な学力テストは苦手で、人との会話でも、自分の興味のあることばかり一方的にしゃべりまくる傾向があります。おそらくアスペルガー症候群の一つだろうと思われます。

 アスペルガー症候群によく見られる純真さ、無垢さを、このせった君も持っており、主人公はその魅力に惹かれてせった君と友だちになるのです。

 そのせった君が、なんと絶対音感の持ち主であり、しかも、目の前で弾いてもらったピアノ演奏をただちに目で見て覚え、楽譜なしで完璧に再現演奏できるという能力を持っていることがわかります。これが小学生の時の話で、本書は、大人になるにつれ、作曲の分野で非凡な才能を見せていくせった君と主人公との関わりを縦軸に、せった君の周囲に現れる若い男女たちとの関わりを横軸にドラマが展開します。

 さてその若い男女の一人、名前を勘太郎という青年、せった君の彼女の元カレなんですが、いまだに彼女のことが忘れられず、彼女の愛を取り戻そうとストーカー行為を繰り広げ、やがて悲劇が起こるのですね。

 勘太郎って名前は、なんだか「坊っちゃん」の冒頭部分に出てきたような気もします。「苦役列車」という芥川賞受賞作には、貫多という名の主人公が出てきて、その貫多が、実に自我意識の肥大した青年として描かれていたのですが、本作の勘太郎も負けず劣らず超自己中な青年です。ちょっとキャラクター設定が極端すぎて、読んでいて引いてしまうくらいです。

 おかげでせった君がそれまでに書き残した名曲の楽譜は跡形もなくなってしまう。世界でいちばん美しい音楽が、もう二度と聴けなくなってしまうのです。それでも主人公の記憶には、せったくんの作った美しい音楽の世界が残っている。

 人はいつか死んでしまうけど、それでもその人生の中で、美しいものを美しいと感じることはできる。そういう有意義さが人生にはある。そういうテーマが感じられる美しい作品です。

 ちなみにせった君の作品を聴いた主人公は、その感想をこのように語っています。

「しかしそんな技巧が凝らされていると私が知ったのは楽譜を見たあとだった。聴いているあいだは誰もそこに不自然さを感じない。ただ、わずかに胸を衝かれ、今聴いたところには何かがあったと気付くだけだ。」

 こういう感想を持つような曲こそ、本当の芸術と呼べるのだろうなと思いました。

  せっかくの才能がありながら、それが世に出ることなく、ごくわずかの者の記憶にのみ、とどまることもある。これからはクラシックの名曲を聴くたびに、世に出ることのなかった名曲の存在に思いを馳せそうな気がする、そんな小説です。

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