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2013/08/24

森見登美彦「聖なる怠け者の冒険」感想

 長らく体調不良でファンをやきもきさせた森見氏久々の長編小説。4年ほど前、朝日新聞に連載されていたものを大幅改稿したそうである。
 フィクションではあるが、ここに書かれている世界はまさしく作者森見氏の願望そのものと思われる。なぜなら、なにしろ主人公の小和田君が究極の怠け者なのだから。彼は土日はひたすら独身寮の部屋でごろごろしていたいのだ。彼は、南国の水上コテージでフラペチーノをひとり乾杯する夢をまず見る。さらにその夢の中でうとうと寝てしまい、青春18切符でのんびり列車の旅をする夢を見る。さらに途中下車した駅舎でも寝てしまい、今度は小学校の・・・という具合だ。こういったマトリョーシカのような多層構造が今回の小説にはやたら出てくる。がま口の中にもう一回り小さながま口があり、さらにそのがま口の中に・・・とか、土曜倶楽部は実は日曜倶楽部の下働きなのだが、その日曜倶楽部は、実は月曜倶楽部の・・・とか。
 つまり、作者はエンドレスが好きらしい。それもひたすらぐうたらのエンドレスとか、ひたすら無意味なことのエンドレスとか。
 さてさて怠け者なのは主人公だけではない。浦本探偵も、依頼された事件を解くためにまったく働こうとしない。細々とした雑用は、週末アルバイトの助手玉川さんに任せ、あとは勝手に事件の方から解決されていくのをひたすら待つ。そういうスタイルで、いままでいくつもの怪事件を解決してきた。
 以前、星新一の短編小説で、絶対失敗しない殺し屋の話を読んだことがある。この殺し屋は実は看護師で、仕事柄、入院中の患者の余命がほぼ正確に把握できている。そこで、まもなく死ぬ患者の過去を調べ、患者に恨みを抱いているであろう人物を捜し出し、彼らから殺しの依頼を引き出す・・・というものだ。あとは、ほうっておいても患者は病死する。依頼コンプリート。そんな話であった。だが、本書の浦本探偵は、明らかにその上を行っている。依頼を受ける時点で、その事件が勝手に解決される性質のものかどうか見抜いている、そういう勘が働くというのだからすごいものだ。ああ、こんな能力があったら、一生のらりくらりと生きていけるのに・・・まさしく作者の願望から生み出されたキャラクターであると言えよう。
 なお、作者の願望は登場する女性にも現れている。がらくたとホコリだらけの探偵事務所をてきぱきと片付けてくれる女子大生、玉川さんの存在である。フジモトマサル氏による装画を見ると、この玉川さん、典型的なイカキョウファッションである。(イカキョウ=「いかにも京大生」の略・・・ただし京大生の名誉のために書き加えておく。私は以前京大の学園祭に行ったことがある。そしてそこには、知的でおシャレな女子大生がわんさかいて、サークルの催し物を華やかに紹介してまわっていたのだ。もちろん「イカキョウカフェ」なるものもチャンとあり、そこには確かに「いかにも」な学生が何人もいて、軽食などを販売していた。)

 「僕は断固として僕の休日を守り抜く」「僕は怠けるためならなんでもする」「アア僕はもう有意義なことは何もしないんだ」「我々は人間である前に怠け者です」
 読めば読むほどに感化されてしまい、仕事が山と机の上に積まれているのに、まったく手をつけようという気持ちになれなくなってしまった。困った小説である。
 あ、あと正義の味方、ぽんぽこ仮面の決め台詞もなかなか魅力的。
「さあ、この右手を掴むがいい。困っている人を助けることが、我が輩の仕事ではなかったか」京都の四条烏丸大交差点に集まった群衆が、みんなしてこの台詞を唱和したのならば、それはさぞすばらしい光景だったであろう。

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