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2013/05/19

角田光代「空の拳」感想

 以前「BOX!」という小説をここで取り上げたことがあります。爽やかな青春スポーツものだったと記憶しております。本作もそっち系かと思って読み始めました。しかし、明らかに違うのです。むしろ親父臭い。

以下ネタバレ含みますのでご注意下さい。

ネタバレ注意報・・・ネタバレ注意報・・・・

 主人公の空(くう)は、出版社勤務。新規採用後の最初の配属先がボクシング専門誌。中学高校と、体育会系の活動とは縁遠かった運動神経ほぼゼロの空は、実際に体験してみなければよい記事は書けないとばかり、ボクシングジムに入会する。とまあ、ここまでくれば当然、この空君が、めきめきと力をつけて最後にはチャンピオンと戦い、感動的な素晴らしい試合をする・・・みたいな流れを想像してしまうではないですか。タイトルがいかにもそれっぽい感じだし。
 でも違います。むしろ角田光代いやさすが角田光代と言うべきか。エンタテイメントのふりして、硬派な社会派小説なのです。
 後半のセリフがこうなのですよ。
「でも、あれだよね、みんながみんな正義の味方になっちゃったよね」「なんでこんな正義感の強い世のなかになったんだか。正義感強いのに、不思議とみんないじめっ子みたいに見えるだろ。いじめる快感を世のなかが覚えたような気がするときあるんだよね」

 ボクシングのタイトルマッチをよくテレビで観戦するのですが、高度なフェイントを駆使し、相手のほんの一瞬の隙にねじこむように殴り合っていた二人が、試合終了のゴングを聞くと同時に、泣きながら相手の肩を抱きしめるシーンをしばしば見ます。あれは一体どういう精神状態なんだろうと、常々疑問に思っていましたが、本書を読んで、その答えがわかったような気がします。
 

  「一個でかいのもらってから、朦朧として」「えっ、意識なかったの?」「なんか朦朧として、何があったか覚えてなくて」「もしかして勝ったのもわからなかった?」「それが、途中から、音がぴたりと消えたんです。すごく静かになって」「そのとき、何やってるかわかってないのに、なんか、もっのっすっごい!」「おもいっきりたのしかったんですわ」

 かように、後半になるにつれて印象に残る名台詞のオンパレード状態。いやすばらしい小説でした。親父臭いし、「あしたのジョー」の「ほんの瞬間にせよ、眩しいほど真っ赤に燃え上がるんだ。燃えカスなんか残りやしない。真っ白な灰だけだ」あたりと、多少共通する部分はあるんだけど、そこは角田光代氏が自らボクシングジムに入会して体験したことが本書のベースになっているからでしょう、きっと。
 おかしかったのは対戦相手のインタビュー。「守るものができてはじめて、強くならなあかんと思った」などなど、どこかで聞いたようなせりふばかり言います。これについての考察がおもしろい。「スポーツ選手の多くはどこかで聞いたような言葉を口にする。耳当たりのいいことを言おうとしているのではなくて、それが本心なのだ・・・彼らの多くは自分の言葉で語るよりも、見知った言葉に自身の気持ちを当てはめることを好む。言葉で動いていない人の思考回路だ」
 そうだったのか! なるほど。自分の言葉で考えるよりも、著名人の残した言葉の中から、自分の気持ちにぴったりあうものを探す方がたしかに手っ取り早いよなあ。 相田みつをや「置かれた場所で咲きなさい」が売れたりだとかも、そのパターンですかね? なんだかすごく納得してしまいました。

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