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2013/02/17

角田光代「月と雷」感想

 二人のアラサー男女が、自分たちがこうなったのは、環境なのか遺伝なのか、それを問うために親を知ろうとする話。
 二人のアラサーのキャラクター造形がとにかくすごい。よくここまで他人をリアルに描けるものだと感動する。なにしろ、自分で自分をコントロールしないだらしなさが超一級。
 一時間後とか一週間後、あるいは一ヶ月後や一年後にこうなるだろうから、今のうちにこうしておこうという、簡単な人生設計ができない。例えば、食器を洗わない。部屋のホコリがたまっても気にならない。ゴミを出し忘れて部屋がゴミ袋だらけになっても気にしない。三食お菓子だけ、ジャンクフードばかり食べて、しかもボロボロこぼしながら食べて、吐きそうになって、それでも平気。定期的な収入源を持とうとしない。子どもができるような事をしておきながら、その後の対応をまったく考えていない。
 たしかにこんなタイプ、しばしば見かける。それも結構頭がいいのにである。先の予測ができているのに、である。彼らがどんな心理でこういう行動しているのかが、今までわからなかった。なぜ後で困ることになるのに、それを事前に回避する工夫なり努力なりをしないのだろうかと。角田光代は彼らに憑依して、彼らの心の動きを克明に描く。驚きだ。

 自分はなぜまともな生活ができないのか? 
 悟は小学生の頃から女にもててもてて、だから困ったら周りの女の子が助けてくれた。そんなわけで、自分の努力によって、より快適な人生を切り拓いていくという体験がごっそり抜け落ちている。ある時、悟は人並みに結婚しようと思い、つきあっている女の中から一番家庭的なことのできそうな女にそれを告げる。ところが「あなたは生活ができない人だから」と言って拒絶され、びっくりする。自分に普通の生活が送れない理由を知るため、男は自分の母の過去を知ろうとする。母、直子も、普通の生活が送れない人間だからだ。一カ所に定住しようとせず、猫のように、誰かに拾われるのを待っている女。
 母はいつからこんな母になったのか? 悟はそれを知ろうとする。何か劇的なドラマがあって、そのせいで母は、こんな人間になってしまったのではないかと。そしてそんな母に育てられたから、自分もこんな人間になってしまったのではないかと。つまり、育った環境と運命さえ違えば、自分たちはもっとまっとうな生活を送る能力を持つ人間になれたのではないかと。
 だが、悟は知る。母は、もとから母なのだと。違う運命や環境が用意されていても、結局母は、今の母と同じ人間になっているに違いないと。
 
 泰子は、父が浮気をしたために、母が小学生の自分を見捨てて出て行ったのだと考える。30歳を越えて、浮気相手の息子(これが悟)に再会するが、「不幸に追いつかれた」というはっきりした自覚がある癖に、そこから逃げようという努力をまったくしない。結果、ずるずると不幸にはまり込んでいく。

 人生は選択の連続だと思う。先の予測や、自分はどういう人間になりたいかといった価値基準で、毎回選択を繰り返すものだと思う。だが、悟の母、直子にとってはそうではないらしい。
「はじまったらあとはどんなふうにしてもそこを切り抜けなきゃならないってこと、そしてね、あんた、どんなふうにしたって切り抜けられるものなんだよ、なんとでもなるもんなんだよ。」
 確かに自分から積極的に人生を選択しなくても、選択するための努力をしなくても、人生はきっとなんとかなるだろう。生きていくだけならなんとでもなる。だが、そういう生き方は、自分が心からのぞむ人生なのか? だが、彼らにとってはどうやら、それこそが、自分ののぞむ人生らしい。物語の終盤で、読者はそれを知ることになるが、これはなかなか衝撃的であった。

 月の下で雷が光るのを、泰子は目撃する。タイトルは、この不思議な自然現象からきている。雷は普通、荒れた天候で発生する。月が出ている状態でなど、ありえない。泰子はこの自然現象を目撃した後、直感する。悟は帰ってこないと。天啓のように、それを感じる、そんなシーンである。だが、そんな天啓など、実際にあるわけがない。これは天啓のように見せて、実は泰子が心の中で望んでいたことなのだろう。

 物語は最後に、泰子が自分の望む人生を進んでいくシーンで終わる。世の中には、こういう道をわざわざ好んで選ぶ人もいる。それを強く納得させられる小説である。

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投稿: 藍色 | 2014/08/29 13:25

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