« 映画「レ・ミゼラブル」感想 | トップページ | DVD「苦役列車」感想 »

2013/01/19

テア・オブレヒト「タイガーズ・ワイフ」感想

 ガルシア・マルケスのように、神話が物語世界の重要な要素となる小説である。日本だと池澤夏樹の「マシアス・ギリの失脚」などもそれにあたるだろう。
 本作はキリスト教文化圏の国家とイスラム教文化圏の国家が争うバルカン半島近辺が舞台となっている。
 メインストーリーは、ヒロインであるナタリアが、イスラム文化圏の孤児院へ、国境を越えて医薬品を届けに行く話。そこには「いとこの亡骸を放置したため、家族が病にかかってしまった。だから亡骸を掘り返し、きちんと慰霊しなければならない」と信じ込んでいる男がいる。時を同じくしてナタリアのもとへ、尊敬する祖父の訃報が届く。さらにこの土地には、モウラと呼ばれる霊が、深夜墓のある十字路に出現して、供物を持って行くという言い伝えがある。
 サブストーリーは、不死身の男の話だ。ナタリアが生前の祖父から聞いた話を回想する形で語られる。不死身の男が主人公だから、当然のことながらこれは実話ではない。しかし、その神話が祖父のその後の人生に多大な影響を与えたことが徐々にわかってくる。
 さらにもう一つのサブストーリーがある。ナタリアの祖父の少年時代の話。こちらは、祖父の死後、村で生き残っている高齢者たちにナタリアが聞きだした話がもととなっている。動物園から逃げ出し野生化したトラと、トラを飼い慣らした女、そしてなんとかトラを退治しようと苦労する村人たちの話だ。だが、村人たちの思い出話には当然彼らなりの偏見が加わっており、実際はこのようなものだったのではなかろうかとヒロインは推測する。だから、ある意味、このトラの嫁の話も、神話であると言える。
 これら二つのサブストーリーが,メインストーリーと交互に語られる中で、少しずつ全体像が見えてくる。
 序盤の方で、まだ少女だったナタリアが、深夜祖父から散歩に誘われ、誰もいない通りを歩くゾウを目撃するエピソードがある。「どうしよう。こんなこと言っても学校の誰も信じてくれないわ」そう言うナタリアに祖父が言う。「これは特別な夜だ。それを一体誰に語ると言うのか? こういうことは自分の胸にしまっておくものだ。語るのなら、その相手は選ばなければならない。」やがて祖父が語る不死身の男の話も、トラの嫁の話も、いずれも誰も信じてくれないような特別なことなのだと気づかされる。
 明日は破壊されるかもしれない一流ホテルで最後の客に給仕するホテルマン。妻に暴力を振るう肉屋。クマの剥製をつくる男。村人たちを救うために立ち上がる薬屋。それぞれの人生が、実に生き生きと語られる。それらがどこかファンタジックなのに対し、現在のナタリアの日常生活はリアルに語られる。笑えるのが「極上のフェドリッツィ」のエピソードと、「何田舎くさいこと言ってんのよTシャツ」だ。爆笑もの。さらに、祖父がいかに肝の据わった医者であったかを示す「元帥の腸ぐるぐる巻いて仁王立ち」のエピソードも最高。あちこちにそういう二度と忘れられない強烈なエピソードを交えながら、それらが二つの神話と絡まり合って骨太な文章となる。
 さらにラストでナタリアはモウラの真実の姿を目にする。そして祖父がどのようにして祖父になったか、自分はこの後、祖父の死をどう受け止めればよいかを知る。すばらしい。過去の神話が、このように現在の彼女の人生に絡んでくるとは。
 圧倒される。すばらしい小説だ。
 

|

« 映画「レ・ミゼラブル」感想 | トップページ | DVD「苦役列車」感想 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/49249/56578697

この記事へのトラックバック一覧です: テア・オブレヒト「タイガーズ・ワイフ」感想:

« 映画「レ・ミゼラブル」感想 | トップページ | DVD「苦役列車」感想 »