« 初野晴「千年ジュリエット」感想 | トップページ | 貫井徳郎「新月譚」感想 »

2012/12/08

映画「のぼうの城」感想

 原作は読んだことがありません。しかし、石田三成が関東地方の小城を水攻めした際、堤が決壊して大失敗! というのは結構有名な史実なので、その程度の予備知識のみで見にいきました。
 三成が水攻めを選ぶ理由が、どうやら秀吉のような超巨大土木工事プロジェクト的いくさがしたいという、子供っぽい動機であるらしいのですね。さらに、損得を抜きに動く人間を見つけては、「ここにも義で動く人間がおった」とかおっしゃいます。つまり、一軍の将の器ではないキャラとして描かれます。
 のぼう様が、なぜか農民に圧倒的な支持を得ている事情は、ドラマとして詳しく描かれることはなく、農作業にしょっちゅう顔を出していたり、女性の立場を思いやったエピソードがちょこっと出てきたりする程度です。まあ、農民や女性にとって憎めない城代という設定であるらしいのですね。その農民たち、抗戦が決まって怒り出すのですが、「誰が戦うって決めたんだ? え? のぼう様? のぼう様がそう決めたんなら・・・まあ仕方ないよなあ」って・・・(笑)。
 さて、のぼう様が抗戦を選ぶきっかけとなった姫ですが、見た瞬間「キャスティング間違ってはおらぬか? かような野暮ったい娘では、のぼう様が戦を選ぶきっかけとしては、弱すぎるではないか(なぜか侍口調)」と思いました。あごのラインがぼってりしていて、いかにも田舎娘っぽいのです。しかし、ストーリーが進むにつれ、「なるほど、こういう理由でこの娘を選んだのか」と納得。垢抜けてなくて男っぽい、でも純粋でまっすぐな気性の娘として、榮倉奈々は実にいい配役だったと思います。
 のぼう様を演じるのは野村萬斎。一流の狂言師として、田植えの唄やら田楽シーンやら、演技指導もしたようです。その結果、これらのシーンはなかなかのものでした。なるほど、田植機のなかった時代には、こうやって唄を歌いながら作業することで、リズムを揃えてきれいな田を作っていたのか。なるほど、この時代の庶民の娯楽は、このような田楽芝居だったのか。
 堤が決壊した原因は諸説あるらしいのですが、本作のようなパターンもありえそうです。のぼう様の人徳ですね。
 そういうわけで、のぼう様、直接戦術に関わる行動は一切していないのですが、人心を掌握することで籠城線に耐え抜きます!!! 普段から周囲の人々に好かれている人物は、窮地に陥った時、必ず誰かが救いの手をさしのべてくれる・・・という本作の主題がくっきりと見えてきます。
 ラストはお互いのトップが会見し、三成は「よい戦であった」やたらと爽やかです。そんなんでいいのか三成? と思ってたら、「その後関ヶ原で敗軍の将となり斬首」とかテロップ出てきます。わかっちゃいるけど、あ! やっぱり?(笑) 
 戦のきっかけとなった姫の去就については、なかなか現実的な判断で、このフィクションにリアルさを加えています。
 さらにのぼう様、最後にやぐらの上で野の花を持つ演出がなされますが、なぜ花を持っているのか、その理由がなかなかいいです。このあたりネタバレにすると申し訳ないので秘密。
 最後のスタッフロール。歌が流れた瞬間は違和感を感じたのですが、(だって田楽ミュージックの世界からいきなり和製おらおらロックですから)次第に慣れてきました。そして慣れてきだした頃、突然スクリーンに今の映像が映し出されるのです。三成が作った堤防の一部が今も残っている。三成が本陣を構えた古墳は、今は桜の名所となり、家族連れで賑わっている。そんな映像が流れるのです。これはなかなか効果的でした。本当にこれに近いお話が、この地であったんだなあと、観る者に深く納得させてくれました。
 楽しかったです。 

|

« 初野晴「千年ジュリエット」感想 | トップページ | 貫井徳郎「新月譚」感想 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/49249/56279591

この記事へのトラックバック一覧です: 映画「のぼうの城」感想:

« 初野晴「千年ジュリエット」感想 | トップページ | 貫井徳郎「新月譚」感想 »