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2012/03/17

津村記久子「まともな家の子供はいない」感想

 14歳の中学生セキコが、父親に怒りまくる話です。
 父が仕事をしない事が、プライドだけ高くて、仕事相手に対してへりくだった態度を取ることができないところが、そういう子供っぽいところが、嫌で嫌でしかたないのです。そして、仕事もせずぶらぶらしている、そんなダメダメな父を受容し、甘やかす母が、これまた許せないわけです。さらに、そんな二人の遺伝子を受け継いで産まれてしまった自分に対する失望感が、彼女に追い打ちをかけるらしいのですね。
 ちなみに「セキコ」という名前は漢字で書くと、「世規子」であるらしく、父親が「人から、変わった名前を娘につけたねと言われたい」という理由でつけたらしいのです。「ふざけやがって。そのために・・・」とセキコは怒ります。でも、最近は「黄熊」で「ぷう」とか、「今鹿」で「なうしか」とか、将来その子が苦労することがアリアリと目に見えるような名前を平気でつける親は沢山いるようですから、「セキコ」くらいなら、まだかわいいほうだと思います。

 ところで、現実の世界では、14歳の中学生女子が、ここまで明晰に親に対して怒りの理由を分析することはないと思います。もっと感覚的に「ありえない」とか「どゆこと」とか、そういう短い言葉でしか表現しないと思います。なぜいらいらするのか、自分でもよくわからない。自分の怒りの理由を、きちんと分析しようとしない。本作のように、ここまで冷徹に怒りの理由を言葉で表現できるとしたら、その中学生の国語力は相当なものです。

 作中では主人公セキコの国語の成績は、塾での会話から、まん中あたりと推察されますが、それはありえません(笑)。
 まあ、リアルに書いちゃうと小説になりませんから、黙認・・・。本作のように、思春期の中学生が主人公の話は、主人公の言語表現力が、たいてい書き手(今回の書き手である津村記久子氏は、芥川賞作家さんです)と同じハイレベルなものになってしまうようです。

 さて、タイトルにあるとおり、セキコの父母は、あまりまともではありませんが、ストーリーが進むにつれ、セキコの友人たちの父母も、みな、まともではないということが、徐々にわかってきます。離婚寸前だったり、離婚してたり、不倫してたり、通信販売にはまっていたり。主人公は「まともな家の子供はいないのか」とつぶやくわけです。でも、みんながそういう環境で生きているのだとすると、自分だけが親のせいで不幸なんだ、という理由付けが、できなくなってきます。
 こうして、セキコは「親がダメだから、自分は不幸なんだと思っていたけど、自分が不幸な理由は、なんでも他人のせいにする、自分の態度にもあるのか。自分ががんばれない理由を、家庭環境のせいにしていたのは、自分の甘えだったのか」という現実に徐々に気づいていくというストーリーになっています。

 夏くらいまでは「やさぐれた」雰囲気を濃厚に漂わせていた女子中学生が、ある時、何かをきっかけに、ひたすら勉強に励みだした例を目にしたことがあります。一体何が彼女をここまで変えたのか、どんなきっかけがあったのか、興味津々だったのですが、なかなか本人にそんなこと聞くわけにもいかず・・・。でも、本作を読んで、なるほど、こういうきっかけで、ある日突然勉強し出すこともあるのかと、ちょっと納得。

 きっと日本のあちこちにいるだろうセキコと同じ境遇の少女たちよ。環境なんかに負けるな。がんばれ!

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コメント

私も、津村氏の「まともな・・・」を、読んだ。同じ思考、感性だ。ってことは、私は、精神年齢14歳。おい!。居場所がない。
父親が、働かない。3278円のおこずかいが、全て。ぎこちなく、結局距離感?なSNSに。先生の大ファンだ。著書を制覇中。

投稿: ニ井林 知子 | 2016/04/10 16:40

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