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2011/12/04

松下良平「道徳教育はホントに道徳的か? 生きづらさの背景を探る」感想

 著者は金沢大学の人間社会学域学校教育学類教授。

 なかなか刺激的なタイトルです。筆者が自説を説得力あるものとするために、例として取り上げるのは、小学校高学年の道徳の教科書のほとんどに採用されている「手品師」。

 孤独な少年との約束「あすもきっとここに来て、君に手品を見せてあげるよ」を守るか。それとも友人からの友情「大劇場に手品師として君を推薦しておいた。ぜひ明日来てくれ」を取るか。手品師は迷わず少年との約束を守る、というストーリーです。この資料で教える道徳的価値は「誠実に、明るい心で楽しく生活する」、つまり、約束を守る誠実さだと言っているのですね。

 自分の社会的成功よりも、少年との約束を重視する、いわゆる自己犠牲の一種です。しかし、筆者はこれに突っ込みまくります。

「ほんとうに男の子のことを考えるなら、手品を見せることが解決策ではないはずだ」「少年も劇場に連れて行けばよいのでは?」「誰かに少年への伝言を頼めばいいじゃないか」「この手品師は、みすみす自分の自己実現のチャンスを棒に振っているが、そんなことだから、いつまでたっても一流になれないのではないか?」「せっかく劇場主に推薦してくれた友人の立場はどうなるのだ?」「明日の出し物を楽しみに、劇場にやってくる観客をないがしろにしてないか?」

 いや、おもしろいです。こういう授業なら受けてみたい。でも指導書では、そういった考え方はお薦めしない。あくまでも約束を守ろうとした手品師の誠実さを褒め称えよとなっているそうで・・・。

 以下、文科省が「道徳」で自己犠牲を第一に重視してきたのは、愛国心を育てるためという説が展開されます。

 ここまでなら、今までにも似たような論の展開をする人はいました。しかし、筆者はこの後、グローバル化された社会が必要とする道徳は、市場のルールを守ることだと、話を切り替えてきます。ルールを守らない人間は、国際社会で通用しないというわけです。その結果、今の道徳教育は、ルールをきちんと守るまじめさが、ことさら重要視されるようになった。ルールばかり重視するようになると、「呼びかけ、応える関係」いわゆる、人と人とのつながりが軽視されていく、それが今の社会の「生きづらさ」の背景となっている、と言うのです。

 筆者は「なぜ人を殺してはいけないのですか」という問いかけに対し、人間が他者の痛みに「共感」できるのは、他者との距離が「呼びかけ、応える関係」にある場合だという説を論じ始めます。見知らぬ外国でたくさんの難民が死んでも、我々のほとんどは平気でいられる。それは、彼らが「呼びかけ、応える関係」になく、共感できないからだ。ルール重視道徳教育によって、他者との心の距離が大きく隔たっているらしい最近の若者は、だから「なぜ殺してはいけないのか、現にたくさん殺してるじゃないか」と思うのではないか、と言うのです。

 後半は、哲学っぽい叙述も増え、ところどころ、首をひねりたくなる部分もあります。できれば、あと二つくらい、「手品師」のような例を載せてほしかったところです。

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