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2009/01/18

DVD「ぼくの大切なともだち」感想

 フランス映画です。
 監督は「髪結いの亭主」「親密すぎるうちあけ話」のパトリス・ルコント。

  古美術商のフランソワは徹底した仕事人間。自分の誕生パーティーの席で「今日はある葬儀に顔を出したんだが、参列者は夫人も含めてたったの七人だった」と言ったところ、「お前の葬式には誰も来ないだろう」と突っ込まれます。さらに、共同経営者の女性からも「アナタには本当の友達がいない」とさげすまれ、ならば今月中に親友を連れてくると反論。落札したばかりの20万ユーロの壷を賭けると宣言してしまいます。この壺というのが、紀元前5世紀のギリシアの壺。親友の死を嘆くあまり、流れる涙をこの壺にためて故人の墓に安置したという、まさしく友人の証、その象徴として本作では扱われます。
 さて、フランソワは帰宅後さっそく親友候補リストを作成し、上から順に当たっていきます。そして彼は、ただちに自分が仕事以外では誰からも必要とされていなかったという事実を知ります。ショックを受け、あわてて友人を作ろうとしますが、作り方が分からない。仕方なく書店に入って「友達を作る方法」という本を探すのですが、見つかりません。恥ずかしいので店員に小声で聞くのですが、「友だちを作る方法ですね?」と客の前で大声で返され、穴があったら入ります状態に。このあたり、なかなか意地悪な演出です。

 さて、そんなフランソワ、偶然出会った人懐こいタクシー運転手のブリュノが、初対面の相手とすぐに仲良くなる特技を持っていることを知り、「友達作りのコツ」を教えてくれと迫ります。
 こうして友達作りのレクチャーが始まるのですが、そんなものは、コツとか技術とかでどうこうできるものではないわけで、当然のことながら失敗の連続。さらに、フランソワが一方的に親友と思い込んでいる小学校時代のクラスメートからは「俺たちは敵同士、お前はクソ野郎で、クラス中がお前を嫌っていた。ムカつくうぬぼれ屋。今も同じだな」と罵られる始末。おまけに、最後まで壺の競売を競った相手から「君にあの壺を持つ資格はない」と言われてすっかり落ち込みます。

 この後、ブリュノに誘われてサッカーの試合を見た帰り、いっしょにバカなことをするうちに、二人の間に友情らしき物が芽生えてくるのですが、では一緒にバカなことをすれば親友になれるのか? 相手のために自分が犠牲を払えば、相手は親友になってくれるのか? 映画は見る者に疑問を投げかけてきます。
「"誰とでも"友達になれるってのは、"誰とも"と同じ。人は孤独なんですよ」という台詞には深く納得。どんなにあがこうと、所詮人は孤独。それを直視するのが怖いから、人はいろいろなもの(ケータイとか)にすがろうとする。
 さらに映画の後半で、実はブリュノにも、今友達と呼べる相手などいないことが明らかになります。かつて親友に手痛く裏切られた過去を、今も引きずっているのですね。

 映画では、フランソワは友人がいないだけでなく、実の娘からも無視される毎日。ところがブリュノはあることがきっかけで、娘から尊敬され、信頼されます。親友を作るヒントがちらり。
「親友の条件は、相手を尊敬する気持ちがあるかどうかだ。相手を尊敬し、大切に思う気持ちがないと、その人のために自分の何もかもを投げだそうという気持ちにはなれない」以前何かの本で読んだ覚えがあります。
「苦楽をともにする、その積み重ねが互いの信頼を深め、友情をはぐくむ」というのも聞いた覚えが・・・。

 さて本作、ギリシア友情の壺がラスト30分で何度も重要な役を果たします。ぜひご覧あれ。

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