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2008/09/06

DVD「君のためなら千回でも」感想

 アメリカの映画です。でも主な舞台はアフガニスタンです。原作者もアフガン出身です。

 先日伊藤さんがタリバン勢力に拉致され殺害されました。タリバンって何? アフガニスタンってどんなところ? 

 この映画の前半は、アフガンに住む子どもたちの遊びの文化「凧揚げ大会」をたいへん立体的でスリリングなカメラワークで見事に撮影しています。そして後半はタリバンによって凧揚げを禁止されるなど、イスラム原理主義が支配する抑圧された社会が、乾いた砂のタッチで描かれます。

 ドラマとしては前半、パシュトゥン人である富裕階級の少年が、少数民族である下層階級のハザラ人を差別、虐待するシーンが描かれます。主人公はそのシーンを物陰から目撃していながら、親友であるハザラ人を助けることができなかった。人と争うのが嫌いだからです。でも、親友を見殺しにした自分の情けなさに耐えられなくなった主人公は、この後どんどんイヤな奴になっていきます。

 後半、いじめっ子であったパシュトゥン人の富裕階級少年は、成人して今度はタリバン勢力の指導者階級となり、再びハザラ人の子どもに虐待を加える。やはり大人になった主人公は、今度は身を挺してでもハザラ人を救おうと、治安悪化著しいアフガンに戻るのですが・・・。

 「確かにあんたは、目の前のたった一人を救うことができるかも知れない。だが、他の残った子どもたちは誰が面倒見るんだ?」難民キャンプの子どもたちを養うため私財を投げ打ったアフガン人がいます。彼に痛いセリフを言われて、主人公はゴニョゴニョと口ごもります。

 「何をしに戻ってきた? ソ連が侵攻してきた時、アメリカに逃げたくせに。」タリバン指導者層になったいじめっ子にそう言われて主人公は、やはり強く言い返すことができません。

 そう、つまり主人公は外部からタリバンを見ている我々と同じなのです。争って相手を傷つけるのも自分が傷つくのも嫌だ。でも、苦しんでいるアフガン人はたくさんいる。その中のたった一人を救い出し、自分はよいことをしたんだ・・・などと考えるのはものすごい偽善である・・・。

 主人公にも、これで少年時代の罪滅ぼしができるなどと考えるのは、まったくもって噴飯ものだということがわかってきます。

 でも、じゃあ、だったら何もしないのか? この作品の原作者、そして監督が伝えたいメッセージはその一点にあると思われます。

「将軍、彼をハザラ人と呼ぶのは止めてください。彼には名前があります。」

 人と争い、人に逆らうのが苦手だった主人公は、最後に静かにこう言うのです。

 非人道的な社会に住む子どもたちを救うため、力で闘うことができないのなら、言葉で訴える。ペンで訴える。そして、映画の力でもって、沢山の人たちに呼びかけていく。この作品は作者なりの解答なのだと思います。

  映画の原題は「カイト ランナー」・・・凧を追う人とでも考えればよいでしょうか? このシーン、とてもファンタジックです。

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