July 05, 2009

湊かなえ「告白」と歌野晶午「絶望ノート」感想

湊かなえ「告白」

 先生の娘を殺したのは一体誰なのか? 一つの事件を、登場人物それぞれの視点から語る、多視点タイプの小説です。

 それぞれの人物にはそれぞれの事情があり、誰の判断が正しいのか、読めば読むほどわからなくなる・・・というよくあるパターンなのかと思ったら、違いました。ストーリーは結構二転三転するんですけど、結局はヒロインが復讐を完遂する話なんですね。こういう、自意識の肥大した中学生がごろごろいる時代なら、先生は復讐してもOK! みたいな作品を公に発表して、しかもそれを全国の本屋さんが一押ししちゃっていいんですか? 

 モンスターペアレントやケータイいじめに日頃手を焼いている学校の先生の一部は、読んでいる内に、知らぬ間に結構拍手喝采するのかもしれませんが(しませんよね)。

歌野晶午「絶望ノート」
 いじめられたという狂言ノートがもとで、次々に周囲の人間が人を殺していく話です。「神様、○○を殺してください。」狂言ノートに書かれた中学生の願望と、現実に起きた事件との間に、果たしてつながりはあるのか? 

 犯罪者の告白話という形をとっている点、語り手が複数いる多視点タイプの小説であるという点、自意識の歪んだ中学生が犯罪を犯すという点など、湊かなえの「告白」と、類似点が多々あります。しかし、後半の展開はまるで違います。おそらく「自分ならあんな話にはしない」と意識して書いたのではないでしょうか。

 ヒロインの復讐成功話ではなく、ラスト自業自得なところが、歌野流と言えるでしょう。皮肉がたっぷりきいています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 28, 2009

DVD「スカイクロラ」感想

 押井守監督の話題作、 やっと見ることができました。しかもブルーレイディスクがレンタルできたので、大画面で細部にまでこだわりまくった映像を心ゆくまで堪能。本当に大満足の一本でした。

 まず背景やメカニック関係ですが、ぼかしやハイライトを効果的に入れていて、リアルそのもの。ベスパがコーナーにさしかかると、シート下のバネがカーブの内側だけぎゅっと縮む様子まで描写するなど、徹底して細部にこだわっています。それに対して登場人物は、ほとんど輪郭のみ。色も必要最低限しか使わないというたいへん平面的な表現をしています。非現実的な描写と感じました。登場人物が、キルドレという特殊な生命であることの意味が、絵として強烈に印象づけられたような。
 しかも、静止画として見た時には非現実的なのに、動きは超リアルなキルドレたち。ほんのわずかな、何気ない仕草。それを丁寧に時間をかけて一つひとつ積み上げていくように描写していきます。
 自分たちキルドレは、戦争をするために創られた生命(キルドレ=キルとチルドレンからの造語と思われます)。ならば自分たちに生きる意味はないのか? 
 それを必死に探しあてようとしているように感じられました。

 ストーリーも強烈です。国民に平和を実感させるために、企業が代理戦争をするという世界設定からしてまず、皮肉たっぷりです。キルドレは、そのために使い捨てされる人口生命体。国際紛争はすべて話し合い(=金)で解決するという平和な社会に、生まれた時からどっぷり浸かっている日本人に、平和のために犠牲になっている者たちへの思いを馳せろと、ひりひりするような感覚で訴えているように感じます。
 老化現象のないキルドレたち。彼らは戦死した後、名前も姿も記憶も新しくなって甦り、再び戦場に戻ってくる。でも、新聞を読み終えた後、几帳面にそれを折り畳まないと気が済まないとか、煙草に火を点ける時に使ったマッチを必ず二つ折りにするとか、基本的なパーソナリティは以前と変わらない。リセットされたはずの記憶の中で、戦争という死と隣り合わせの状況の中で、彼らは自分たちが今ここに生きていることの実感を必死で探そうとする。いったい、生は死を思うことでしかリアルに感じられないのだろうか?
 風や光、毎日繰り返される穏やかで何気ない日常の中に、生を感じる一瞬。そういった繊細な描写が印象に残る作品です。

 劇中の音楽もすばらしいのですが、効果音も大変リアル。ぜひこの非現実的なのにリアルな世界を、よい環境の装置を使って体験して欲しいと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 21, 2009

中野京子「怖い絵」感想

 素人さんには、ぱっと見ただけではどこが怖いかわからない絵を、歴史的背景やら、当時の美術界では常識であったらしい謎解きやらの解説を施して、読者にその絵の怖さを思い知らせてくれる一冊です。
 最初は有名な、ドガの「踊り子」の絵から始まるんですが、どこが怖いのかさっぱりわかりませんでした。当時のバレエダンサーの社会的地位を知ると、怖さがわかってくるという仕掛け。
 「受胎告知」も、キリスト教徒ではない我々には今ひとつぴんとこないエピソードです。でも、本人の意志などお構いなく、勝手に神の子を宿さなければならない女の立場に立って絵を見なさいという助言に従うと、まったく違った世界が見えてきます。いくら神とはいえ、あまりにご無体な・・・、不条理そのものの絵です。

 こんな風に、全部で20の作品の怖さを解説してくれる美術鑑賞本です。絵も美しいカラー印刷なので、解説読みつつ何度もページをひっくり返して鑑賞しました。ただ、横長の絵は、どうしてもページをまたいだ印刷になるので、綴じ込みの部分の紙面がカーブしてしまい、原画のすごさが十分には鑑賞できないところが玉に瑕。
 また、前半は言われないと怖さがわからない絵が多いのですが、後半になるにつれ、見ただけで怖さのわかる絵ばかりになってしまい、驚きが減っていく感じがしました。ネタ尽きたんですかね?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 14, 2009

有川浩「三匹のおっさん」感想

 図書館シリーズ大ヒットの有川浩が、今回はなんとメインキャストに還暦を迎えたじいさん三人組を据えました。しかも町内限定正義の味方として、自らを「三匹のおっさん」と名乗り、悪を懲らしめ善を勧める。後半に至っては、単なる勧善懲悪ではなく、今の日本が抱える問題の一つ、閉塞した社会にどう風穴を開けるかについての提案があったり。さらにそこに、おっさんたちの娘や孫の恋バナも加わって・・・というてんこ盛りの小説です。
 従って前半は、時代劇並みに三人が次々に悪者をぎゃふんと言わせてくれるものですから爽快痛快。いいぞいいぞと調子に乗ってすいすい読んでいたんです。しかし、後半になるにしたがって、テーマが重く、難しく、当然解決方法も一筋縄ではいかなくなり、読後感もずっしりと重くなってしまうという・・・。これには作者も困ったんじゃないでしょうか? その、重くなりそうなところを、娘と孫の、ほのぼの恋話で柔らかくしてみましたというところでしょうか?

 時代劇の仕置き人や、五色の戦隊ヒーローたちがやっていることは、法的にはこれは私刑(リンチ)にあたります。犯罪者に対し、裁判にかけずに勝手に判決を下し、しかも処刑までしているんですから。その点、本書のおっさんたちは、私刑すれすれのところで、最終判断は公的機関に委ねる形をとっており、さすが還暦を迎えた大人の処置だと思わせます。ただ、おっさんたちのうちの一人が使用している武器が、一部法に触れているような気が・・・いや気のせい(笑)?

 じいさんが(いや、おっさんが)孫に「この中でワシが痛くない組み合わせはどれなんだ?」などとファッション講座を聞くシーンがあります。「無地のTシャツの上にチェックのシャツを羽織れ。裾は必ず出す。チェックとチェックは厳禁。」など基本がきっちり押さえてあり、なかなか実用的です。なにを着ればいいのかわからんというおっさんな方々は、一読されてはいかがでしょう。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 07, 2009

田山朔美「霊降ろし」感想

 作家としては新人さんなのでしょうが、巻末のプロフィールでは1966年生まれとなっています。それなりに人生経験積んだ方の作品なんですね。

 ヒロインは女子高生。霊媒師のまねごとを、知り合いに無理矢理させられているという設定。最初は言われたとおり、霊が取り憑いた演技をしていたのが、ある日本当に霊が乗り移ったように感じ出します。

 こう書くと、なんだ、オカルト関係か? と思うかも知れません。しかし、こういった設定は、本作のテーマを語る上で用意されただけの物にすぎないと言えます。

 自分の見たい物だけを見て、それ以外のものは見ようとしないのが人間の本性。霊降ろしを依頼する人たちは、だから、自分たちに都合のよい物語を聞きたがろうとする。それを逆手に取っての偽霊媒師。詐欺行為。であるのに、この少女は、自分自身のそういった姿と真っ向から向き合い、それを自覚し、乗り越えようとする。

 ヒロインはどうやって束縛された世界から逃れるのか。自由を手に入れるために何を考え、実行したのか。四角いフェンスに囲まれた学校の屋上で、彼女は力強く、まっとうにこの世界へ関わっていこうとします。読後感は、つんと鼻にくるけれども、とても爽やかです。

 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 01, 2009

DVD「永遠の子どもたち」感想

 何年か前に、児童虐待をテーマにしたよく似たタイトルの小説がありましたが、本作はそれとは何の関係もありません。そもそもスペイン映画ですし。
 原題は「エル オルファント」直訳すると、孤児院。制作はギレルモ・デル・トロ。前作「パンズ・ラビリンス」では色彩の恐怖に酔いしれましたが、今作は色よりも音が怖い怖い。暗いシーンが多いんです。びびりながら見ました。
 伏線の張り方が絶妙です。
 まずオープニング。子どもたちの手が壁紙を次々にぺりぺり引っぺがすと、その下から監督やらプロデューサーやらオープニングクレジットが現れるという仕掛けになっています。これは一体どういう伏線なのかと思いながら見ていました。映画中盤で気づくと思いますので書きますが、心の奥底に隠していた、思い出したくない過去が、次々に暴かれていく・・・という意味なのですね。

 さて、本作のヒロインであるラウラは37歳。幼少期は孤児院で育てられ、途中で里親がついて、孤児院から出たという経歴が語られます。孤児院には全部で6人の子どもたちがいた。その子たちが、過去にトマスという孤児に過ちを犯したらしい。

 ラウラ本人は気がついていないらしいのですが、どうやら心の奥底に罪の意識があるようです。ラウラは、孤児である自分を育ててくれた恩返しとして、シモンという名の少年を養子とし、さらには孤児院を経営しようと考えます。でも、封印している本当の自分の心、自分では気がつかない深層心理から考えると、これは過去の過ちに対する贖罪なのではないでしょうか。   

 途中でドッペルゲンガーの話が出てきます。もう一人の自分。これはヒロインの心の状態を暗喩しています。

 シモンがピーターパンを読んでからラウラに聞きます。「ウェンディは年をとる?」「そうよ、だからネバーランドには戻れないの」「ママは何歳で死ぬの」「ずっと先よ あなたが大人になってから」「僕はならないよ大人には 友達も」「友達?」「6人いる」「なるわよ」「なれないんだ」怖い伏線です。

 シモンは行方不明になります。犯人は冷静に消去法で考えると自然にわかります(登場人物そんなに多くないですから)。ラストはこの監督らしく、キリスト教的には一見ハッピーエンド、でも実は非常に残酷な終わり方をします。

 人は見たくないものを見ようとしない。この冷たい真理を、ぐさりと観客に突きつけてくる映画です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 25, 2009

DVD「迷子の警察音楽隊」感想

 エジプトの警察音楽隊が異国の地イスラエルで迷子になってしまう話と聞いていたので、見る前から、きっとこんな話に違いないなどと、勝手に話を想像してました。そのうえ、DVDを借りる予約をずいぶん前からしていたのにもかかわらず、なかなか順番が回ってこなかったので、待っている間にまだ見ぬ作品へのイメージがどんどん勝手に膨らむ膨らむ(笑)。
 エジプトとイスラエルは、中東戦争のこともあり、たぶん仲が悪い国どうしなんだろうから、最初は敵対視したり、異国の文化にとまどったりしながらも、少しずつ相手も自分たちと同じ感情を持つ人間であることに気付き、お互いの文化を理解し合う話・・・みたいな。そんで、政治家同士は相手を理解しようとしなくても、警察音楽隊は両国の親善大使となりイスラエルの人たちと仲良くなっていって、いろいろ道を教えてもらったり、食事をお世話になったりしながら、お返しに演奏を聴かせて、そんで最後は目的地に着き、そのころにはメディアにこの音楽隊のことが大々的に取り上げられていて、一目見ようとイスラエルじゅうの音楽愛好家や、平和を望む人たちが集まり、大感動の演奏会でしめくくる・・・みたいな(笑)。 某日清製粉の「音楽に国境はないっ!」 みたいな?

 全然違いました。年老いた楽団団長が、過去を悔いる話でした。若くて軽率な行動をする自分の部下に、息子を重ね合わせて見る話でした。国籍に関係なく、人は所詮孤独なんだという真実を、あらためて見せつけられる話でした。そして人は、その孤独に耐えられず、愛という幻想をいつまでも見続けようとする。そんな哀しさがビシバシ伝わってくる話でした。

よかったです。

 ラストの演奏会のシーンで、この警察音楽隊の真の姿を見ることが出来ます。団長、指揮するだけじゃあなかったんですね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 17, 2009

池上永一 「テンペスト」感想

 シェークスピアの「テンペスト」とは何の関係もありません。でも、一部で絶大な人気を誇っているようなので、借りて読んでみました。
 科試(科挙試験)の解答や外交のシーンは緊迫感があります。官僚、外交官の思想の駆け引き部分にも一部納得できる部分もあり、おもしろく読みました。でも、中盤に登場する宦官のキャラクターは、マンガチックで違和感ありまくりです。陰謀を張り巡らす頭脳派人物でありながら、妙な体技を持ち、格闘技では無敵。現実の人間なら、そんなこと絶対言わないだろうというようなセリフを、臆面もなくどんどん口にします。そんな人物を小説に登場させたら、リアリティがいっぺんで消え失せてしまうから、まともな作家なら絶対しません。最初からアニメ化を頭に入れたヤング向けの文庫本ならいざ知らず、上下2巻のハードカバーで、しかも琉球王朝の盛衰を描いた歴史小説として見た場合、どうにも違和感ありまくりです。その他の人物たちのセリフも、文語やオキナワの方言を多用した難解な政治の駆け引きがあるかと思えば、一転「○○、泣いちゃう!」に代表される漫画的口語が洪水のように押し寄せるなど、統一感が全然ありません。その場の勢いで、あるいは「もっとおもしろくしてやれ」という短絡的な考えで書いているように感じます。文体に関して言えば、もっと存在感のある文章を書く人は、ライトノベルの分野にもいくらでもいます。
 つまり、よい部分もあるんですが、おかしな部分もあり、バランスがまったくとれていない作品という印象を受けました。
 琉球独特の定型詩も出てくるのですが、当方、琉球の文法がまったく分からず(特に助動詞)しかも五七五に慣れた日本人のリズム感覚では、偶数のリズムはどうしても違和感を感じるため、これら作品中に散りばめられた定型詩が価値のあるものなのかどうか、まったく判断できません。オキナワの人になら、そのよさがわかるのでしょうか? 実際に聞いてみたら、そのリズム感がわかるのかもしれませんが・・・。
 主人公は、ドラマの筋立ての都合から、運命に翻弄されなければならない立場であるらしく、主体性にやや欠ける部分があるのも、ちょっと困ります。他の登場人物たちも、ささいなことで平常心を失い、自分の立ち位置を180度反転させて、あっさりと主人公を裏切りまくります。国の中枢を任され、冷静な判断をしなければならない立場の人間が、こんな判断をするなんて、いくらなんでもありえません。話をドラマチックにするためなら何でもありですか? うがった見方をすれば、そんな人物ばかりが宮廷を支配していたから、必然的に琉球王朝は滅びたのだ。一国を導く立場にいる人間は、感情に流されて判断してはいけない。作者はそれを描きたかったのだ。という風にもとれるのですが、さて・・・。
 修飾語は、つい使ってしまったというありきたりな表現が多く、逆に言えば、わざわざ書かなくてもわかるから、いっそ書かないでほしいと思う部分が多々あります。そういう冗長な部分は、読まなくてもだいたい予想できるので、どんどん飛ばすという、いわゆる斜め読みを駆使してしまいました。全体を半分に削れば、もう少し高評価になるかと。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 10, 2009

奥田英朗「オリンピックの身代金」感想

 東京オリンピック開催で国民が皆浮かれる中、ダイナマイトを使って国家に反逆する一人の青年と、それを阻止する刑事達を描いたサスペンス巨編です。「イン・ザ・プール」で一躍有名になった奥田氏の新作。ただし、「イン・ザ・プール」の伊良部医師のような、饒舌なキャラは登場しませんし、おちゃらけたバカ騒ぎもいっさいありません。各描写も非常に抑制が利いていて、これが同じ作家なのかと思うほどです。
 特にラストシーンなど、普通の作家ならあと10ページくらいは、ごちゃごちゃと書き足しそうな雰囲気がぷんぷんする終わり方なんですが、思い切って切り落としています。結果として、読後の感想は非常にずっしりと重いものになります。この後どうなったか、よく読むと、実はあちこちにそれとなく示してあるのです。ですから、作家がわざわざ書かなくても、読者はそのあまりに重い結末の意味を勝手に頭の中でイメージしてしまい、深いため息をつくという仕掛けになっています。
 総ページ数は500ページを超すのにも関わらず、無駄を省いた文体のため、非常に密度の濃い作品となっています。犯人の視点で書かれた章と、それを追いかける刑事の視点で書かれた章とを交互に、時間差をつけて提示しており、読者は第三者的な視点から本事件を追いかけることができます。また、読んでいるうちに、どちらの側にも同じくらい感情移入してしまい、同じように肩入れしてしまいます。ラストで両者が交錯するシーンはまさに圧巻! 構成力の勝利です。

 少し前に、映画「東京オリンピック」を見ました。聖火ランナーの走るシーンや、自衛隊機が空中に五輪の輪を描く開会式など、美しい映像が頭の中にくっきりと残っている状態で本書を読みました。おかげでラストシーンへの思い入れが半端じゃなくすごいものになってしまいました。また、本作の主人公が爆破テロの目標とする武道館や代々木体育館、東京タワーなど、日本が誇る建築物は、最近様々なメディアで再び脚光を浴びていることもあり、NHKの美術関連のテレビ番組などで何度も目にする機会が多く、この点も思い入れが深くなる要因となっています。

 格差社会という言葉が生まれるほどに、高学歴高収入層と低学歴定収入層がくっきりと別れてしまいつつある現代の日本。以前は資本主義でありながら、終身雇用制度など、共産・社会主義的なシステムがあちこちにあり、一億総中流という言葉が生まれたほどですが、それがここに来て、アメリカ流競争社会に代表される目先の利益最優先システムを次々に導入した結果、格差がはっきり目に見えてわかるようになってしまいました。本作はだから、現代版「蟹工船」と言えばよいのでしょうか。でも時代設定は東京オリンピックですから、もう40年以上も前です。なぜ今東京オリンピックを舞台に、格差社会をテーマにした作品を提示するのか。今目に見える形で現れた格差社会は、実は40年以上前からその芽が発生しつつあったのではないか。
 お国のために、オリンピックのために我慢しろ。それはわかる。でも現実に我慢を強いられるのは低学歴低収入層ばかり。この不公平を誰かが是正しなければならない。そしてそれは平成となった現在も同じなのだ。そのように読み取れる作品です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 04, 2009

中村光児「ゴム銃オフィシャルガイドブック」感想

 表紙を見ただけでインパクトありすぎの本です。なんと、バルカン砲のように連射できるゴム銃の写真なのです。

 ゴム銃って何? いわゆる輪ゴムを飛ばす銃のことを指します。空気抵抗がなんちゃららなため、有効射程距離はほにゃららら・・・など、たかが輪ゴムの銃のはずなのに、かなりミリタリー的なマニアックさで一杯です。

 巻末にある作者の顔写真を見ると、優秀なエリート企業の重役っぽいおじさんの雰囲気が伝わってきます。会社ではきっと、たくさんの社員に指示を出しているであろう人が、オフではこんなマニアックな趣味に熱中して、しかも日本ゴム銃射撃協会会長までやって、そのうえこうして本まで出している・・・想像すると、なんだかほのぼのしてきます。

 内容は、会員たちが工夫を凝らして造ったゴム銃の紹介や、作り方必要な工具など。さらに、引き金の仕組みだけでも何ページにも渡って詳しく説明され、連射システムの図面から、照準の付け方のコツまで載っています。おまけに、コピーすればすぐ造れるようにと、板取図まであるという親切さ。

 作者は子供の頃、自作のゴム銃で魚屋の蝿をハントして遊んでいた(ちゃんと魚屋の主人の許可を得て)そうで、ゴム銃を使って蠅を撃つ際の注意点も、やたらとリアルです。いわく、「昆虫を狙うなら、直接命中させるよりも、壁や床に命中させ、その反射(跳弾)で仕留めなさい」とか「頭だけを狙える距離にまで近づいて撃て! うっかりお腹に命中させたら、あんな不都合やこんな不都合が生じて・・・」とか。このあたり、気持ち悪いので具体的には書きません(きっぱり)。

 ゴキブリも、一撃で倒せなかった場合は、これは蠅よりもっと大変なことになるのでうんぬん・・・。手負いのゴキブリが体液まきちらしながら、よたよたとこちらに向かって飛んでくる図を想像してしまえる人は、あまり読まない方がいいかも知れません(笑)。

 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 26, 2009

万城目学「プリンセス・トヨトミ」感想

 「鴨川ホルモー」の映画がまもなく封切りされることとなった、万城目学の新作です。

 「鹿男~」が奈良、「ホルモー」が京都と、古都を舞台にした作品が続いたので、次はどこかと思ったらなんと、今回は大阪。ただし、今回はしゃべる鹿が出てきたり、小さな鬼が戦ったりすることはありません。設定はかなり現実的です。あまりに現実的なため、かえってフィクションとしては嘘くさくなり、楽しめなくなっています。特にラスト近くの対決シーンは、なぜこの場面が必要なのか、首をかしげざるをえません。

 大阪側は、○億円も使ってこんなシステムを構築して人を集めたのはいいですけど、そのことに一体何の意味があるのでしょう? たくさん集まった大阪人たちが、結局何をするというのでしょう? 群集心理の恐ろしさを考えると、むしろ、危険な状態を作り上げているだけではないでしょうか? 東京側も、不正を暴くためになぜ、わざわざこんな危険な舞台が必要なのでしょうか? ほかにもっと効率的な方法があるでしょうに・・・。

 フィクションならフィクションらしく、思い切り嘘話で楽しませるのがこの人の持ち味だったと思うのですが・・・。今作はちょっとその辺り、空振りっぽいです。主役の男の子も、性同一性障害で苦しんでいるのですが、そういう設定で書くのなら、もっとこの障害が持つ本質の部分(性を決定する生命の仕組み)について、深く掘り下げて欲しかったと思います。

 タイトルが示すとおり、登場人物たちの名前は豊臣秀吉に関係のありそうなものばかりです。松平、鳥居、旭、真田、茶子、蜂須賀・・・しかし、名前見ただけで、誰がプリンセスなのか、だいたいわかっちゃいますね。

 「鹿男」や「ホルモー」のように、映像化するのは難しそうです。いえ、映像化はできるのでしょうが、いかにも絵的につまらなそうです。テンポもいまいちよろしくない。それなのになんと500ページもある! 切り詰めて300ページくらいにできませんかね? 

 何かと森美登美彦氏と比較されることの多い万城目氏。はっちゃけたドラマのおもしろさなら万城目氏は負けていないと思います。でも文体は森美氏に及びません。万城目氏の文体は、誰でも訓練次第で書けると思います。でも、森美氏の作品から、ふと立ちのぼるにおいは、誰にもまねできない、森美氏だけの文体がなせる技。

 今後もドラマティックな展開だけで勝負するなら、今のままで構わないでしょうが、森美氏のように、何でもない日常に潜む非日常を書こうと思うなら、自分だけの文体を身につけることは避けて通れない道となるでしょう。

 今後の万城目氏の進む方向やいかに。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 19, 2009

三崎亜紀「廃墟建築士」感想

 「となり町戦争」の作者の最新作です。

 四つの短編でできています。

「七階闘争」は「となり町戦争」の焼き直しです。何故こんなことで、ここまで争わなければならないのかが最後までわからない、たいへん理不尽な、でも世間にはそういうことって、よくあるでしょ・・・というメタファー(隠喩)的お話。「七階」の部分を、「地上アナログ放送中止」「ダム建設反対」などに置き換えて読みましょう。

「廃墟建築士」は設定として「廃墟」に価値がある世界ということになっています。新興の廃墟建築業者が、金儲けのために手抜き工事で廃墟を大量生産しているのを、伝統的工法を守る廃墟建築士が知り、心を痛めるお話。「廃墟」の部分を「織部焼き」「国宝級仏像」などに置き換えて読みましょう。

「図書館」は既刊「バスジャック」内の「動物園」の焼き直しです。そっくりです。

「蔵の守」は古い蔵の中にある物を、人の手に渡さないよう、蔵を守り続ける職人の話。「蔵」の部分を「石油」とか「ウラン」とかに置き換えて読みましょう。開けてはいけないパンドラの箱をメタファーしてますね。

この作者は一貫して、現実にはちょっとありえない話を、現実世界の不条理さのメタファーとして描いていますが、星新一みたいにもっと短くしてもいいのではないかと思います。

わざわざこんなにページ数かけてメタファーで語る必要あるの? 放射性物質がまき散らされるのが嫌なら「原子力発電反対」って直裁的に言えばいいんじゃない? 的な欲求不満が読後にもやもやと残ります。もっと短く(笑)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 12, 2009

森見登美彦「恋文の技術」感想

 この春からうちの娘は、京都で大学生活を送ることになりました。そのきっかけを作ったのは誰あろう、森見登美彦氏であります。娘が高校2年のころ、森見氏の本を読んで「京都に行きたい。京都で暮らしたい」とつぶやいた(いや、叫んだ?)ような記憶があります。そのすぐ後、「今日から私は京都に行くため、受験勉強に入る!」と宣言したのでした。まさか本当に行くとは思わなかった。森見登美彦氏、恐るべし。あなたの書いた本が、一人の文学少女を京都の難関大学入学へと導いたのですから。

 本書はそんな森見氏の最新刊です。主人公は京都の大学院生。でも能登半島の研究施設に、クラゲ研究の助手として送り込まれ、毎日実験しては先生に怒られる日々。本書はそんな主人公から、京都の7人の友人たちへ書き送った手紙、書簡集です。その内容は主に、恋に関する悩み事相談。友人たちからの返事は、本作には登場しません。あくまで、主人公からの手紙だけです。でも、どんな返事が返ってきたのかはだいたい見当がつくようになっています。したがって、それぞれ違う友人に書き送った別々の手紙を、日付を照らし合わせながら読むことにより、京都でどういうドラマが展開していたのかが、多層的な視点で見えてくる仕掛けになっています。さらに、主人公は能登にいるのにも関わらず、京都の魅力がいっぱいです。読むほどに、京都で暮らす娘のことがうらやましく思われます。ああ、今頃はきっと、京都の大学生活を楽しんでいることでしょう。いいなあ・・・。

 最後、主人公が手紙の極意に少しずつ開眼していき、大団円に至る(であろう)過程は、なかなかドラマチックです。よくぞここまで成長した! と拍手したくなりました。ああ、これって、恋愛小説であると同時に、主人公が成長する話でもあるんだなあ。本の帯にもあるとおり、ほろ苦くて可笑しい、森見氏の魅力あふれた一冊です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 05, 2009

菅広文「京大芸人」感想

 難関大学出身のお笑いコンビ「ロザン」の菅広文が書いた大学入試自伝である。

 菅は大阪府立大学中退、相方の宇治原は京都大学法学部卒業。確かに超高学歴コンビである。偏差値だとそれぞれ60代と70代なのだから。「芸人になった時に京大出身や言うたら、それだけで売りになるから」というのが京大に入った理由であるらしい・・・。

 読んでいると妻が「その本の作者って、どんな人なん?」と聞いてきた。「この間テレビに出とったよ」「ふーん、おもしろかったん?」「いや・・・まあ普通?」「なら読まんとこ」ドライな反応である。せっかく京大入ったのに、世間の主婦の目は厳しい!!

 本の内容は、お笑いよりも、相方の宇治原がどのような勉強方法で京都大学に一発合格したか、そちらのほうがメインになっている。受験生のためにいくつか要点を箇条書きしておこう。

○3年になったら、まず京大の赤本(過去問)を買って問題のレベルや傾向を把握し、1年間の勉強計画を立てる。ちなみに宇治原はこんな計画を立てた。

○4月から6月までは暗記

○7月から9月までは基本問題

○10月から12月までは応用問題

○1月、2月は過去問題

ちなみに授業がない日のスケジュールは

7時起床 8時まで食事等 8時~12時勉強 12時~1時食事等 1時~6時勉強 6時~9時食事とテレビ 9時~11時勉強 11時~12時風呂等 12時就寝

宇治原のあだ名は「高性能勉強ロボ」1日11時間の勉強時間である。「観たいテレビが10時にあったらどうすんの?」「録画して次の日の6時から9時の間に観る」「俺が10時に電話したらどうすんの?」「でえへんよ」

○日本史

・菅のやり方

 まず「縄文時代」なら教科書の縄文時代のところを読む。そして縄文時代の問題を解く。いい点が取れたなら次の「弥生時代」に進む。

・宇治原のやり方

 教科書をずっと読む。初めから終わりまで。読み終えるともう一度初めから読み始める。ずっとその繰り返しで問題をまったく解かなかった。

「お前、問題解けへんの?」「まだその時期じゃないから」「なんで教科書を最初から最後まで読むの?普通、時代ごとに読めへん?」「奈良時代、平安時代、鎌倉時代って憶えると平安と鎌倉どっちが先やった? ってなるやろ? 歴史はひと続きのドラマやと思ったらええねん」

○数学

・菅のやり方

 ひたすら問題を解き、答え合わせをする。

・宇治原のやり方

 ひたすら暗記。公式だけじゃなく問題と解き方を全部暗記。

「問題解けへんの?」「まだその時期じゃないから」「これ全部憶えるの?」「うん」「めっちゃ多くない?」「いや、数学は問題のパターンが少ないから同じような問題がテストによく出るねん。だから問題と解き方を暗記しておいて、テストで出た時に、これはあの問題だとわかったら、あとは数字をそのテスト問題に合わせて暗記した解き方に当てはめるだけでいいねん」

○英語

・菅のやり方

 英単語帳を暗記。

・宇治原のやり方

 教科書や問題集に載っている例文をまるまる暗記。

「単語帳で憶えへんの?」「単語帳で憶えても、出ない単語のほうが多いやろ? それやったら問題集や教科書に載ってる単語のほうが出やすいし、例文で憶えたほうが長文問題やるとき使いやすいやん」「どうゆうこと?」「たとえば『私はアメリカに2回行ったことがある』いう文章を憶えたとするやろ? ほんなら『彼はテニスを3回したことがある』という文章にも対応できるから、逆に単語憶えてなくてもだいたいの意味がわかるやん」

○国語

・菅のやり方

 必死で漢字や文法を憶える。

・宇治原のやり方

 新聞を読む。「新聞読んでたら時事もわかるし、コラムも書いてあるから小論文の書き方のお手本にもなるやん」

○理科

・宇治原のやり方

 理科は暗記ではなく、初めから問題を解く。「理科の場合は特に数字が変わってるだけで、前と同じ問題やったってことが多いねん。あと数学と違って語句を憶えなあかんけど『このような状態をなんて言いますか」のように解いただけで語句を憶えていけるような問題が多いから、何回も同じ問題を解いたほうがいいねん。ほんなら自然と暗記するやん」

○宇治原は教科書にアンダーラインを引かない。理由は「教科書に載ってることなんか全部重要やん」 (ごもっとも・・・)

○宇治原の暗記スタイル・・・「書く。声に出す。歩き回る」まず憶えたい事柄をノートに書き、小さい声でぶつぶつとつぶやき、歩き出す。これを4月から6月までひたすら続ける。(確かに歩き回るのは眠くならないしいいかも)

○9月からの問題集の解き方

・国語と社会は違う問題集を何冊もやる。

・数学と理科は同じ問題集を何度もやる。

「国語や社会の文系科目は問題の種類が多いからできるだけ問題をいっぱいやって、問題の種類を見ておいたほうがいいねん。逆に数学や理科の理系科目は同じパターンで、数字だけが変わっていることが多いから、同じ問題を何回もやってやり方を憶えたほうがいいやろ?」  

 菅は1年目は不合格だったが、2年目に宇治原の言ったとおりに勉強したら無事合格したという。さあ、みんな、参考になったかな? (いや、普通の人間には、こんなに暗記できっこないって!!)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 29, 2009

藤野千夜「少女怪談」感想

 こわ~い小学生の世界です。表紙はなんだかアキバ系アニメタッチの絵ですが、中身はさすが芥川賞作家です。

 第一話「ペティの行方」では自分のぶりっこが通用しなくなり、自分の世界の今後の雲行きが怪しくなるところで終わる美少女の話。
 第二話「青いスクーター」は女の子の気持ちをいつまでも理解できない、というよりむしろ逆なでするばかりの少年が、一人だけどんどん孤独のもてない少年になっていく話。
 第三話「アキちゃんの傘」は、父親といとこのお姉さんの関係に気づ かないふりをしようとして、でももうそれも無理なんだと気づいてしまう話。
 第四話「ミミカの不満」は、大好きな母親が再婚することになり、小4のくせに、テストでクラスで1番のくせに、社会に出て行こうとせず、母親の手の中で幼児ぶりっこしている女の子が、小3の男の子と触れあい、ちょっと変化する話。

 ああ、ヒトって、こんなに小さい頃から、破滅への道が持つ吸引力から抜け出せない業を背負っているんだなあ。そっちの道に進んじゃいけないとうすうす頭ではわかっているのに、やめられないんだなあ・・・とか、かなりおおげさな感想を持ってしまったりしました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 22, 2009

新田義治「成功本はムチャを言う!?」感想

 本書はタイトルだけ見ると、たくさんの成功本を批判しまくる本のように思えます。しかし、内容はそうではなく、むしろたくさんの成功本の共通点を列挙し、分析したうえで、本を読んでも成功できない95パーセントの人たちにアドバイスを送るという形になっています。

 まずは多くの成功本の共通点を書き抜いてみましょう。

・目標を掲げろ。書け。口に出して言え。アメリカのハーバード大学の調査では、大学生の時目標を持っていた者(13パーセント)は、10年後に持っていなかった者の2倍の年収。口に出して書いていた者(3パーセント)はなんと10倍!
・プラス思考をしろ。コップに半分しか水がない→まだ半分も水がある。という風に!

・計画、スケジュールをたてろ。実行しろ。
・自分に投資しろ。
・感謝しろ。人の幸せを願え。
・人脈を作れ。これは後述のメンターを見つけるのが目的。
・好きなことをするだけでは成功しない。競争相手の少ない、成功しやすい分野でかつ、好きなことを仕事に選べ。
・メンター(お手本となる人、指導してくれる人)を見つけろ。
・負の考え方(自分にはできっこない)が潜在意識にある人は、過去のトラウマに向き合い克服しろ。

 さらに、成功した人の書くとおりにやっても、うまくいかない理由として
・成功した人と一般人とは性格が違う。特に勝利至上主義の成功者のやり方は、調和を大切にする人には受け入れられない。そもそも成功者の語る成功は、たくさんある人生の成功のうちの一つにすぎない。自分にとっての成功とは何かをまず考えろ。自分の性格は「智(考えること重視、美・興味・理解)」「勇(実行、達成すること重視)」「親(調和重視)」「愛(愛されること重視)」のどのタイプかを理解しろ。

とあり、かなり納得させられました。

 最後に「小手先のテクニックより、自分ができることを徹底しろ。それが成功の一番の秘訣だ。」と述べています。

 具体的には、「時間を守る、約束を守る。笑顔で挨拶をする。お世話になります。ありがとうございました。いただきます。ごちそうさまをつねに忘れない。人が困っていたら声をかける。ごみが落ちていたら拾う。」などなど。

 見ている人は、こういう地道な部分をちゃんと見て評価してくれるし、いつかチャンスをくれるというわけらしいです。

 本の企画としては、他の成功本からいいとこ取りをして、ちょっと刺激的なタイトルをつけて売ろうとしている出版社の姿勢がなんとなく透けて見えますが、内容そのものは、そんなに的はずれではないと思いました。

 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 16, 2009

DVD「落下の王国」感想

 世界各地で長期にわたってロケを行い、ついに完成。ほとんどCGを使っていないそうですが、その映像はまるでマジックのよう。色彩美、構成美をその目で見てください。一級品です。ぜひ大画面で!

 珊瑚礁の海をゆったりと泳ぐ象、どこまでも黄色の砂漠、くるくる回るイスラム教徒、出口のない迷宮、バリ島のケチャ、青い壁の町並、印象に残るシーンだらけです。

 現題は「The Fall」、ストーリーはまさにタイトル通り、いろいろ落ちる話です。時代は映画の黎明期、場所はアメリカ。主人公は小さな女の子アレクサンドリア。オレンジ農場でお手伝いをしていて木から落ち骨折入院。病院二階の窓から、下を歩く美人の看護師さんに手紙を落とします。ところがその手紙は、風のせいで、別の入院患者ロイの手に。彼は映画のスタントマン。落ちるシーンで下半身不随の重傷を負い、恋人にはふられ、世をはかなんで自殺を考えます。
 アレクサンドリアは、ロイが語る叙事詩(大ボラ話)の続きが聞きたくてたまりません。六人の個性豊かな(衣装も素敵な)男達は、はたして復讐を成し遂げることができるのか? ロイは、聞かせてあげるかわりに、モルヒネを薬品棚から取って来るよう少女に言います。
 普通の監督なら、この少女はまず間違いなく美少女をキャスティングするでしょう。しかし、本作は違います。前歯が抜けていて、ややぽっちゃり気味で色黒の、でも表情の豊かな愛くるしい女の子です。話が進むにつれ、この少女がどんどん魅力的に見えてきます。
 ロイの語るホラ話は、登場人物のキャラクターが、その時の彼の精神状態によって微妙に変わります。二人に関わりのある人たちも、突然役割を与えられてこのホラ話に登場したりします。例えば美人の看護師さんは、敵役のフィアンセとして登場。アレクサンドリアはハッピーエンドを期待してわくわく話を聞きます。でも期待を裏切る哀しい結末に、少女は「どうして死んじゃうの」涙を流す。ロイはハッピーエンドにできない自分の心の弱さを語る。自分の世界が絶望に満ちていると。その時少女はロイの見ている世界が、一面的なものに過ぎないことを、つたない言葉で指摘します。
 たいへんよく出来た脚本だと思います。
 オープニングとエンディングに使われる曲は、ベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章、通称「葬送行進曲」です。モノクロの落下シーンにドンぴしゃでハマっています。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 10, 2009

豊島ミホ「恋愛素描帖」感想

 ミホ・・・と聞くと、島尾敏雄の読者は、ああ、あの奥さんか。とか思うでしょうが、もちろん別人です。最近「檸檬のころ」が映画化されて、ちょっと有名になったかもしれない豊島ミホの連作短編小説です。
 雑誌「ダ・ヴィンチ」に連載されていた時には、豊島ミホのファンである娘が毎回読んでいた様子。今回加筆されて一冊の本になったので、喜んで手に取ったはいいものの、「絵が連載中と全然違う!」と怒ってました。なんでも豊島ミホ、一時は漫画家を目指していたこともあるらしく、絵のほうもなかなかの腕前のようです。連載中は豊島ミホの描く、登場人物のキャラにぴったりな雰囲気のカットが、毎回楽しみだったとのこと。「なんでわざわざ他の人の絵を使うのか、出版社の意図がよくわからん!」と吠えております。
 作品を一言で言えば、中学2年生たちの青春群像劇。あるクラスの男女20名分の恋愛ストーリーが、一人分約9ページ前後の短さで次々語られます。ドラマは毎回、その章の主人公の視点による一人称の形で、描かれます。ただ、そのドラマを男の子の視点から描いた章の後に、同じドラマを女の子の視点から描いたり、第三者的立場の生徒の視点から描いたりしてあるところが面白い。同じドラマでも男女で感じ方に違いがあったり、登場人物のキャラクターによって、ドラマの受け止め方が違ったり。読んでいると、本当にいろんな考え方をする沢山の中学2年生たちに囲まれているような感覚になります。
 基本的に豊島さんの作品は、現実の世界に馴染めない、いつもどこかしらちょっと不機嫌な主人公が、あちこちにツンツンと棘を伸ばし、結果お互い傷つけあいながら、それでもきちんと前を向いて、パキッとした態度で歩いていくような雰囲気と受け止めております。本作も、いくつかの章で、そういう雰囲気がビシバシ出ており、その辺りが娘のお気に入りの要因らしいです。
 そうそう、目次も凝っていて楽しいですよ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 03, 2009

DVD「ルオマの初恋」感想

 原題は「ルオマ的十七歳」つまり「ルオマの十七歳」となります。中国雲南省、ハニ族の美少女がヒロインです。地図で見ると中国南部に位置し、ベトナムと国境が近いようです。
 映像的には棚田の美しさがひたすら印象に残ります。それも田植え前、水を張り水牛で丁寧に耕している時期のものが画面一杯に、様々な角度、様々な時間帯で映されます。水面は鏡のように空を映すので、晴天ならば青に、夕暮れ時であれば橙色に一面が支配されます。棚田と棚田の境界線が絶妙な曲線を描き、人の作ったものでこれほど美しいものがあっただろうかと思うほど。ぜひ大画面で見るべき映像です。
 この美しい棚田をバックに、ヒロインが携帯音楽プレイヤーで聞く曲が、どうやらエンヤであるらしい。計算し尽くされた多重録音とイコライジングにより、徹底して耳あたりいい音に仕上げてあるエンヤの曲は、心を癒すBGMとして、たいへん効果的に使われています。もちろん農業従事者や現地の人が見たら、「勝手に美化するんじゃねえ。現実はこうじゃねえよ。」みたいな反論は出るでしょうが、娯楽作品として見た場合、ため息ものであることは間違いないでしょう。

 次に、ハニ族の風習、伝統文化がたいへん興味深い。二つほど紹介します。

・田植え前に、若い男女のグループが互いに泥玉を投げ合うことで豊作を祈ります。この時、自分の好きな人に泥玉を投げて意思表示する風習がある。
・結婚の前夜、祝いの席で、花嫁は本当に好きだった男と別れの杯を交わす。つまり、経済的な理由などにより、好きなんだけど結婚できなかったというケースが、この地方には(いや昔はどこでもそうかな?)多々あったということでしょう。
 いずれの風習も、映画の中ではストーリーにうまくからめてあって面白いです。

 メインのストーリーはわかりやすいもので、田舎の美少女がカメラマン志望の男と恋に落ち、都会の絵の具に染まりそうになる。という、よくあるパターンです。
ルオマの相手の男、優しいんだけど、地道に仕事をしてお金を稼ぐという事ができない性質の人です。金がないので、家賃は滞納しっぱなし。ルオマから買った焼きトウモロコシの代金が払えず、かわりに携帯音楽プレイヤーを貸し与える。家賃のほうは、つきあっている女に支払ってもらおうとしますが、男の煮え切らない態度に激怒した女から、ついに見放されるという始末。

 そんな男に、ルオマは少しずつ恋してしまいます。
 ルオマの愛らしい表情に、見ている方としては、この恋がうまく行かないで欲しいと強く願わずにはいられません。「こんな男といっしょになっても、絶対幸せにはなれないぞー。さんざん貢がされたあげく、別の若い女が見つかった途端に捨てられるのがオチだぞー」と、心の中で叫びながら見てました。

 男はルオマに、都会のビルでエレベーターに乗せてあげるよと約束します。ルオマはお祖母ちゃんに、行ってもいいでしょ? と聞きます。でも、お祖母ちゃんは何も答えない。翌日家を出て行くのはお祖母ちゃんのほう。

 セリフで多くを語らず、映像で語ろうとする作品です。ネタバレになるので書けませんが、特にラストの演出はよかったと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 21, 2009

DVD「ミラクル7号」感想

 香港映画です。カンフーなんたらとか、なんたらサッカーとか、大ヒット飛ばした人の監督作品らしいです。

 一見ハリウッド映画っぽいです。ETを最新CG使って香港風に焼き直してみました~、みたいな作品かな? と思いながら見ました。でも違いました。どこが違うか?

1 ET(本作では7号、通称ナナちゃん)は、ちっともすごい能力を発揮しません。断線した扇風機をちょこっと直すだけで体調不良に陥るというテイタラクです。

2 主人公の男の子はちっともいい子じゃありません。テストの点を偽造したり、カンニングしたりと、父親の期待裏切りまくりです。でも結構リアルな設定だと思います。

3 主人公はいじめられっ子ですが、ET(ナナちゃん)がそれを直接救うことはありません。なんと、主人公が自力で解決していきます。このシーンは結構じーんときました。いつも猫型ロボットが助けてくれるせいで、いつまでたっても自立できない○○太・・・みたいにならなくてよかったです。

4 終盤、ET(ナナちゃん)は、かなりすごいことをするんですが、主人公はそれに気づかぬままです。さらに主人公はET(ナナちゃん)が不在であることにへこんだりせず、逆に自らの成長の糧とします。この脚本、私はかなり高評価を与えたいと思います。

 ラストシーンはまあ、おまけですね(笑)。お父さんの恋がうまくいかないのもGOOD!

 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

«堀江敏幸「未見坂」感想